地域の身近な問題を掘り下げて取材しています
拠点・奈良県大和郡山市 運営者・浅野善一

ツイッターが〝スクープ〟 景観論議に火

つぶやき300件超える

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2010年7月27日
県に要望書の内容を説明する左から寮さん、大八木さんら=2010年7月23日、県庁
 古都・奈良の玄関口となる近鉄奈良駅前行基広場に、県が大屋根を計画している問題。未発表の計画の情報をつかんで世間に知らせたのはツイッターのユーザー(投稿者)だった。これを機にツイッター上で景観論議が起き、事前に計画を明らかにしなかった県の事業の進め方を批判するつぶやき(投稿)が多数寄せられた。いわばツイッターがスクープし、論議に火を付けたといえる。設計の入札は中止になり、意見をつぶやいたユーザーらが県に対し計画の再検討を求める要望書を提出する具体的な動きに発展した。新しいインターネットメディアであるツイッターが市民運動の舞台になった。
 「近鉄奈良駅前、行基広場に大屋根ができるみたいね。設計業務委託の入札が公示されてる。地下の駅から階段上がってきて、ぱっとひらける感じが好きだったんだけどな~。待ち合わせには便利になるだろうけど。明るい感じになればいいな~」
 今月9日、ツイッター上の多くのつぶやきの中にこんな一文があった。投稿したのは県在住の工務店経営の男性(34)(ユーザー名sin_soba_eater)。県のホームページの入札情報(http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-4285.htm)を閲覧していて、大屋根設計の一般競争入札の公告を発見した。駅利用者らの雨よけを目的に、行基広場全体を覆うガラス張りの大屋根を設置するというものだ。県がこの計画を外部に出したのはこれが初めてだった。
 男性の大屋根に関するつぶやきに奈良市在住の作家寮美千子さん(54)(ryomichico)がまず反応した。12日、「いつのまにこんなことが決まったの? ひどい。こんなのいらない」と最初の問題提起となるのつぶやきをした。14日には大屋根に関するつぶやきであることを示すハッシュタグ「#narar」(つぶやきの文末に付けると、このテーマだけの検索ができる)も作った。
 ユーザーそれぞれの思い思いのつぶやきが始まった。
 「あったらあったで便利やけど、なくてもいいかな。近代的なデザインも謎やけど、どういう観光地にしたいのかがさっぱりだ。しかしまた突然やなぁ」「賛成だけど、いきなりはまずい」「センチメンタルなところで言うと、行基様には雨風がよく似合う」「せっかく遷都1300年で注目されてんだから、催し物でアイデアコンペでもやれば楽しいのに」「反対、賛成、いろいろな視点での議論があると思いますが、まずどうしたいのか? 一旦(いったん)工事は差し止めたいのか、それとも説明を県にもとめるのか、思いがばらばらでは、誰にも伝えにくいのでは」
 反対意見のほか、賛成であってもデザインや事前に計画を明らかにしていなかった県の事業の進め方に対する批判や提案など、さまざまなつぶやきがツイッター上をにぎわした。
 こうして寄せられた大屋根に関するつぶやきの数は307件、つぶやいたユーザーの数は62人(7月26日現在、ハッシュタグのサイトhashtagsjp(http://hashtagsjp.appspot.com/)で#nararを検索した結果)に上る。ハッシュタグ設定以前のつぶやきなどもあり、実際はさらに多いとみられる。
 論議の広がりを受け、大屋根をめぐる動きは次の段階に移った。奈良市在住の画家大八木恵子さん(47)(V_SEASON)はこれらの声を集約して県に届けようと、17日、ブログ「LOVE! NARA!」(http://bit.ly/lovenara)を開設した。ブログに意見を寄せてくれるようツイッターなどで協力を呼びかけた。
 一つの転機は、計画を〝スクープ〟した男性がツイッターに参加している県選出の国会議員や県議や仲川元庸・奈良市長、奈良市議らにツイッター上で大屋根計画に対する意見を求めたことで訪れた。
 ツイッターに登録している政治家はまだ少なく、意見を求めることができたのは10人ほど。それでも半分ほどから返事が返ってきた。この中に浅川清仁県議(山辺郡・奈良市選挙区、自民)(asakawakiyohito)や井岡正徳県議(磯城郡選挙区、自民)(ioka_masanori)がいた。両県議は県民の批判の声を受けて県に経緯をただした。その中で浅川県議は入札の一時中止を求め、井岡県議は「事前に住民にもお知らせする必要があった」と指摘した。
 県はこの直後の21日、入札を中止した。ホームページの入札情報コーナーで告知した。その知らせは両県議のツイッターでのつぶやきによってもたらされた。県民からの問いかけがツイッターなら、県議からの回答もツイッターとなった。両者の間に従来のような人的交流はない。あるのはツイッター上での問題意識の共有。ツイッターは有権者一人一人と議員を容易に結び付ける。そうしたことをうかがわせるやりとりになった。
 計画が明らかになってからわずか10日余り、27日の開札を直前に控えた突然の入札中止は関係者を驚かせた。県は中止の理由を「電気、ガス、水道、地下駅舎など敷地内の埋設物についての精査を行う必要が生じた」としているが、ツイッターで渦巻いた批判の声を受けた両県議の動きが影響したのではとの見方が広まった。
 大八木さんらは、県に計画の再検討などを求める要望書の提出に向け、ブログと同名の有志グループをつくることにした。再びツイッターなどで発起人に加わってくれる人を募った。大八木さんを含め県内外の18人が集まった。集めていた県民らの声も80件に達した。グループは23日、県と奈良市にこの声を添えて要望書を提出した。要望書提出を機に大屋根の問題が新聞3紙に取り上げられた。インターネットやツイッターのユーザーに限られていた情報発信の対象が新聞読者にも拡大した。
 キーマンは工務店経営の男性、寮さん、大八木さんの3人だ。
 計画を〝スクープ〟した工務店経営の男性は当初、自分で運動を起こす気もなく、問題提起も考えていなかった。「最初は入札情報を見て思ったことを書いただけ。すると思った以上に問題意識を持つ人がたくさんいた。目立つ場所だからコンペを開いたらいいのにと思っていたが、それがかなうかもしれないと気付き、政治家への質問など積極的につぶやきを続けた」という。
 寮さんは、ツイッターを舞台にした今回の運動の展開をサッカーのチームプレーにたとえる。「ツイッターには声なき声を声にする力がある。互いに遠く離れていても仲間がいるということを知ることができるツール。情報のパスを受け、回す中で、入札情報の仕様書を解説してくれる人、私のように騒ぐ人、声を集約するブログを立ち上げる人など、それぞれが自分の得意分野を生かし、自分のできることをやった」。
 その上で「これは新しい動きだ。ツイッターはスピード感が違う。だからこんなに短い時間でここまでこぎ着けることができた。ネット社会として違うステージに来た」と評価する。
 大八木さんは県民の声の集約や要望書提出の取り組みを進める中で痛感したことがいくつかある。
ツイッターというツールの魅力は即時性といえる。今をリアルに共有することができる。ただ、ツイッターは情報発信がユーザーに限られる。ハードを持っている人に限られる」ということ。県のツイッター人口は7360人(UserLocalまちツイ調べ(http://machi.userlocal.jp/nara/)、7月26日現在)。何万という単位の新聞購読者に比べれば圧倒的に少ない。「けれども今回のように急ぐ場合にはツイッターを含むネットは速さの点で優れている」。
 そして強調するのは 「インターネットにしてもツイッターにしても便利な道具であって、それをやっていれば何とかなるという魔法の道具ではなく、それをどう使って、現実社会でどう動くかがとても大切」ということである。
 ツイッター上では、日常生活で接点のない分野、地域の人たちの情報発信に触れ、またその人たちと意見を交換できる。大屋根の問題でキーマンとなった人たちでいえば工務店経営者、作家、画家、議員などである。そして、そこから連携が生まれ、運動に発展した。注目すべき点はそれが地域の身近な問題であったことだ。ツイッターの一つの可能性を感じる取材になった。(浅野善一)
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