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拠点・奈良県奈良市 運営者・浅野善一

〈視点〉水の自治、村の自治

奈良市の水道水源、山添村・布目ダム

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2010年7月25日 浅野詠子
カヌーを楽しむ行事の参加者=2010年7月25日、山添村の布目ダム
 奈良市の水道水源である山添村の布目ダムで25日、マリンスポーツやいかだ下りを楽しむ行事があり、約300人が真夏の水辺を満喫した。平城京の都づくりに大切な役割を果たした村の建築材と河川輸送の往時を知ってもらい、緑あふれる魅力をPRしようと村が企画した。
 布目ダムは、37万都市の飲料水を支える安定した水資源である。周辺の市町村が県営水道に頼らざるを得ない状況と比べると、奈良市の「水の自治」の度合いは格段に高いものと思われる。日ごろ市民は、当たり前のように蛇口をひねり、コップ1杯の水にも、大和高原というふるさとがあることを忘れがちだ。
 しかしこの猛暑に満々として湖面を光らせる水際に立ってみれば、市民なら誰しも感謝の念がこみ上げて来るのではないか。水没した家屋や田畑が湖底で静かに眠っている。
 水資源開発公団が木津川水系の布目川に着工したのは1986年のこと。夜間断水など不安定な水事情を抱えていた奈良市が国に強く働きかけ、91年に完成した。もとは国の治水ダムとして計画が浮上したが、上水道の水利権を切望していた市としては「渡りに船」というところか。今日、環境への負荷や水没地域の犠牲から問題視されることが多い治水ダムであるが、中核市という自治体の経営規模で見れば、一定の効果を見た水資源開発であった。
 山添村の方もたくましく、ダムを生かした海洋センターを創設し、ヨットやカヌーなどのマリンスポーツに親しむ拠点として、村おこしにつなげてきた。1730万dという、ほどほどの貯水量も、村にとっては容認できる開発規模だったのだろう。これから市民が恩返しをするとしたら、やはり水源の森づくりに協力を惜しまず、こんどは緑のダムの推進を応援するときではないか。
 村の林業の歴史は古代にさかのぼり、北野杣(そま)などの伐出で知られたが、このところ、農産物の生産・直売組合に参加する村民が増えてきたといい、とても喜ばしいことだ。村づくりもいよいよ正念場である。
 2年前、ある研究団体のメンバーと一緒に記者が村を訪問したとき、窪田剛久村長は「都市の消費者にとっては、市や町の農産物より、村の農産物の方がはるかにイメージがいい」と話していた。「むら」という優しい語感につきまとう郷愁のようなもの、そして「むら」という言葉から連想される素朴な景観や人情。何より作物への安心感こそ、村ブランドの強みであろう。
 平成の大合併のうねりのもとでは住民投票が実施され、村民は奈良市への編入合併を潔く拒み、単独村として歩んでいくことを決めている。よって村の行革は並大抵のものでは済まされず、借金の利率ひとつでも村長自らが銀行側と交渉して、少しでも有利な借り換えができるよう努めているそうだ。
 大和高原はこれから秋にかけて、いっそう美しい姿を見せる。その田畑も森も、人がそこに住んでいるからこそ守られる。本日、にぎわいを見せた布目ダムのほとりで、下流の「水の自治」と水源地の「村の自治」を考えた。
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