県立奈良病院移転予定地に動植物1231種 里山の自然豊か 県が環境影響調査

2012年12月1日 浅野善一
県立奈良病院移転予定地の山林(手前の新築池の対岸。池は予定地に含まれない)=2012年11月29日、奈良市七条西町1、2丁目付近
県が環境影響調査を行った範囲を示した地図(黄色の線で囲まれた部分。黒色の太い実線は県立奈良病院移転予定地)=県新奈良病院建設室提供

 奈良市六条山地区の山林をほぼ丸ごと敷地とする県立奈良病院移転予定地に対する県の環境影響調査で、1231種に上る動植物が確認されたことが、県新奈良病院建設室への取材で分かった。予定地は、周辺の宅地開発が進む中で残っていた緑地。市内の専門家らは調査結果から「かつてはどこにでもあった里山の自然がみられる」と分析、病院建設に当たっては「今ある自然をできるだけ残して」と注文する。

 予定地は、富雄川沿いの田園地帯と新興住宅地に挟まれた丘陵地で、広さ約12ヘクタール。県住宅供給公社が所有する塩漬け土地がほとんどで、過去に戸建て住宅団地の開発が計画されていた。

 調査は2010年度から12年度にかけ、予定地とその周辺の山林やため池、川を対象に動植物、景観、文化財など7項目について行われた。

県立奈良病院移転予定地とその周辺で確認された動植物の数
と貴重種(県の2010―12年度環境影響調査の結果から作成)
分類 確認
種数
うち貴重種 代表的な評価区分
(RLはレッドリスト、
RDBはレッドデータブック)
哺乳類 5
鳥類 66 チュウサギ 奈良県版RDB情報不足
オシドリ 奈良県版RDB注目種
マガモ 近畿地区・鳥類RDB準絶滅危惧種
コチドリ 近畿地区・鳥類RDB準絶滅危惧種
クサシギ 奈良県版RDB希少種
オオヨシキリ 近畿地区・鳥類RDB準絶滅危惧種
セッカ 奈良県版RDB希少種
カワセミ 近畿地区・鳥類RDB準絶滅危惧種
ルリビタキ 近畿地区・鳥類RDB準絶滅危惧種
トラツグミ 奈良県版RDB希少種
アオジ 奈良県版RDB絶滅危惧種
キビタキ 奈良県版RDB希少種
オオタカ 種の保存法国内希少野生動植物種
ハチクマ 奈良県版RDB絶滅危惧種
ミサゴ 奈良県版RDB絶滅危惧種
ハイタカ 奈良県版RDB希少種
ノスリ 奈良県版RDB希少種
サシバ 奈良県版RDB絶滅危惧種
ハイイロチュウヒ 近畿地区・鳥類RDB絶滅危惧種
ハヤブサ 種の保存法国内希少野生動植物種
両生類 4
爬虫類 6 ニホンマムシ 奈良県版RDB希少種
昆虫類 778 ナニワトンボ 奈良県版RDB絶滅危惧種
ヤマトタマムシ 奈良県版RDB郷土種
ユミアシゴミムシダマシ 奈良県版RDB希少種
魚類 12 ギギ 奈良県版RDB希少種
メダカ 奈良県版RDB希少種
タウナギ 環境省RL絶滅危惧ⅠB類
植物 360 イヌマキ 奈良県版RDB希少種
コブシ 奈良県版RDB情報不足
センリョウ 奈良県版RDB希少種
イチヤクソウ 奈良県版RDB希少種
カラタチバナ 奈良県版RDB希少種
キンラン 奈良県版RDB希少種
シュンラン 奈良県版RDB絶滅危惧種
コクラン 奈良県版RDB希少種
オオバノトンボソウ 奈良県版RDB希少種
合計 1231

 確認された動植物の内訳は、哺乳類がタヌキやイタチなど5種、鳥類がウグイスやシジュウカラなど66種、両生類がニホンアマガエルやトノサマガエルなど4種、爬虫(はちゅう)類がニホントカゲやシマヘビなど6種、昆虫類がカブトムシやクマゼミなど778種、魚類がコイ、ドジョウなど12種、植物がクリやクヌギなど360種。植物は竹林も目立つ。

 このうち、環境省のレッドリストや奈良県版レッドデータブックなどで絶滅の恐れがあるとして選定されている貴重種は、鳥類で20種、爬虫類で1種、昆虫類で3種、魚類で3種、植物で9種あった。

 特に鳥類のオオタカとハヤブサは種の保存法で国内希少野生動植物種に指定され、捕獲や殺傷が禁じられており、「開発地に営巣地があると保全が必要になることもある」(環境省野生生物課)。

 奈良県版レッドデータブックで絶滅危惧種や希少種に選定されている種も、県希少野生動植物保護条例により、事業者には開発に当たって「保護について適正に配慮しなければならない」との努力義務がある。

 調査では貴重種への影響を予測。鳥類のオオタカなどについては、予定地が高利用域に含まれていないことなどから影響は小さいとした。昆虫類のナニワトンボなどについては、環境の復元などで影響は低減されるとした。植物のシュンランなどについては、移植できるとした。爬虫類のニホンマムシや魚類のギギなどについては、生息環境が予定地以外に残るなどとした。

 環境影響評価は、開発事業が自然環境や生活環境などに与える影響を予測して、影響をできる限り小さくするよう事業に反映させるのが目的。病院建設は、環境影響評価法や県環境影響評価条例の対象事業ではないが、県は住民への説明の必要性などを考え、任意で実施した。

 予定地の山林は一定規模を残すことが義務づけられている。森林法に基づく地域森林計画の対象民有林になっているためで、1ヘクタールを超えて工場・事業場の設置を行う場合、森林率を25%以上とすることが求められる。計画では、南側の登弥神社の山林に隣接する部分を中心に保全する方針。県はこうした自然を生かし、「緑に包まれた病院」を目指すとしてる。

 県新奈良病院建設室は「環境影響調査で予測された影響を小さくするように病院の実施設計を進めている」と話している。

 新病院は鉄筋コンクリート造り、地下1階、地上7階で、事業費は340億円が見込まれている。開業は2016年度の予定。

 専門家2人に聞いた。

残す森、分散せずまとめて

猛禽類の生態に詳しい生駒市在住の野鳥写真家、与名正三さん(61)の話

 六条山は富雄川や田んぼが隣接しており、調査で確認されたオオタカなど猛禽(もうきん)類の狩り場としての重要度は高い。なぜなら、川や田んぼには標的となる鳥が集まり、広葉樹の多い六条山は標的を狙って身を潜めるのに最適だからだ。また、広葉樹の多い森は木の実が豊富で、他の野鳥も多く集まる。

六条山には西側の矢田丘陵などとともに森の回廊としての役割もある。渡りなど長距離を移動する鳥の休息場所になる。分散して生息できる場所があれば伝染病などで全滅する危険も避けられる。

 病院建設に伴いこうした森が減少することは避けられないが、少なくとも25%の森を残すとのことなので、まとまった形で残すのが望ましい。分散させると、道路の街路樹と変わらず、意味がなくなってしまう。

貴重種の維持、底辺の身近な動植物が大切

県内の自然に詳しい奈良市在住の生物学者、谷幸三さん(69)の話

 奈良県民にとって県立奈良病院も必要と思うので、この山林の開発をするなとは言えないが、今ある自然をできるだけ残して多種多様な生き物が周辺に生息できる環境を保全してほしい。

 このような環境影響評価の動植物の調査報告のときは、貴重種(絶滅危惧種、珍しい種)だけが、クローズアップされるが、本当は身近な動植物がどれだけ生息しているかが大切で、建設工事をするときに身近な動植物にも配慮して、環境に影響のない計画を示してほしい。また、建設後もこれらの身近な動植物が維持されて生息しているかを示す計画が必要。貴重種は身近な動植物が底辺で多く生息していて維持される。

 当局が環境影響評価をしても、実際の工事になれば業者任せになり、計画とは異なる工事が行われているのが現状なので、常に当局が監督する必要がある。また、U字溝でも最近は小動物が自力ではい上がれるエコ側溝が使われている。自然の多い丘陵などを開発すると自然が破壊されることは否めないが、できるだけ元の自然が復活する努力をしてほしいと願う。

◇谷さんの分類別見解

  1. 哺乳類・両性類は貴重種としてはないが、普通種の存在が重要。
  2. 爬虫類もニホンマムシだけでなく、他のヘビ類、トカゲ類、カメ類の存在が重要。
  3. 昆虫のナニワトンボは絶滅危惧種だが、秋から冬にかけてため池の水がほとんどない状態でなければ、生息できない。東側の新築池は調整池で常時満水であると思われるので、この池には生息できない。北側の小さな池に生息していると思われる。貴重種3種だけでは本当の昆虫相が分からない。全778種の昆虫を分析して、環境保全の計画案が提示できる。
  4. 魚類は、ギギ・タウナギ・メダカの3種だけでは富雄川に流れる支流の川の維持がどのようにされるのか分からない。タウナギは貴重種にされているが、水田に穴を空ける害魚にもなっている。メダカは絶滅危惧種なっているが、大和川水系では最近かなり復活してきている。
  5. 鳥類は周辺の自然環境が良いと多く見られるが、開発されて餌の昆虫などが減少すると減少する。鳥は飛んで移動するので、一時減少しても自然環境が戻ってくると増えると思う。
  6. 植物は移植することが可能な種が多いが、貴重種だけでなく身近な種にも配慮してほしい。植樹のときも、周辺の自生種を選ぶということなので、これを必ず実行してほしい。

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