「公文書不存在」の医療観察法自殺件数 厚労省に関連文書
◇視点 他害行為を行い、刑事責任の問えない精神障害者を隔離し、強制的な治療を行う心神喪失者等医療観察法のもとでの入通院患者の自殺件数について、記者は情報公開法に基づく開示請求を昨年から行い、これに対し法務省、厚生労働省は一貫して「文書不存在」と回答しているが、関連する行政文書が厚労省内に存在することが16日までに分かった。
同法が施行された2005年から昨年12月末までの、同法に基づく入通院中の患者のうち、少なくとも37人が自殺。主管庁の法務省、厚労省は「処遇中の自殺に関する文書はない」として、法務省管轄の通院処遇中の自殺患者は29人、厚労省管轄の入院処遇中の自殺患者は8人であると、両省の担当者が口頭で記者に回答した。
一方、法務、厚労の両省が2011年6月に実施した、医療観察法の施行状況に関するヒアリングにおいて、厚労省の医療観察法担当者は、入院処遇中の自殺について報告していた。
ヒアリングの概要をまとめた同年作成の厚労省文書(保存年限5年)によると、当時、退院した対象者は608人いた。うち強制通院の処遇に切り替わった人は475人。通院も入院も命じられず、完全に釈放された人は「医療終了」と呼ばれ、119人が該当した。ところがこのほかに、「自殺終了」が3人、「病死終了」が1人いたことが同文書に記載されていた。
ヒアリングの会場には、厚労省の福田佑典精神・障害保健課長、針田哲医療観察法医療体制整備推進室長、法務省の和田雅樹刑事課長らがいた。 この時点で、厚労省は「自殺終了」という独自の用語を使って入院患者3人の末路を把握していた。さらにその後の2年余りの間に、入院処遇中の患者5人が自殺したにもかかわらず、関連する公文書が何もないというのは不可解だ。
これまでに自殺した37人のうち、通院中に自殺した29人については、強制入院を経て、通院命令を言い渡された人が相当数、含まれる。また、表向きは通院処遇中であっても、実際は、市中の精神科病院に入院していた人も含まれる。
入院中に自殺した8人について厚労省は、東北や九州などの地方厚生局から報告を受け、把握していた。通院中に自殺した29人について法務所は、保護観察所からの報告で把握していた。しかし記録は残していない。
記録をしなければ、問題がなかったことと同じではないだろうか。 同法が、対象者の社会復帰を目的にしている以上、処遇中の患者が多数自殺したことは、何らかの施策の失敗に当たらないのか。
医療観察法と自殺をテーマに、医師らが論考をまとめたレポートは数件あるとみられるが、全容は不明な点が極めて多い。自殺の一因として、病棟内における内省プログラムの強制があるのではないか、と分析する識者もいる。ある弁護士の話では、幼児と無理心中しようとした女性患者に対し、病棟のスタッフが犯行現場に連れて行き内省を深めさせようとしたが、無理な認知行動療法は患者を追い詰めるとして弁護士が抗議し、中止になったという。
厚労省医療観察法医療体制整備推進室の佐野宏記室長補佐に対し、文書を作成していない理由を尋ねたが、明確な答えはなかった。
医療観察法の持つ保安処分的な性格の源流にあるのは、50年代後半の改正・刑法準備草案といわれる。その流れは99年、精神保健福祉法改正に伴う付帯決議に引き継がれ、法務、厚労両省は具体的な検討を始めた。2001年の大阪教育大学付属池田小事件発生により、加害者(鑑定結果は反社会性人格障害)の精神科治療歴が不正確、センセーショナルに報道された。事件を引き金に、司法精神医療の研究者、精神病院協会の協力などを得て、小泉純一郎首相のリーダーシップで医療観察法が成立した。
施行後は、地域で暮らしていた統合失調症の精神障害者が、数カ月以上も前の他害行為に対する検察官の申し立てで、裁判官と医師の合議により、制度の網に入ることもあった。
法案は、重大な人権侵害があるとして民主党などが激しく反対したが、同党が政権奪取後も医療観察法の専用病棟は拡大した。自治体病院も積極的に受け入れる傾向にある。