奈良県)奈良市、生活保護の通院交通費5年さかのぼり支給 過去に拒否、誤り認め
奈良市が、過去に生活保護費受給者の男性(80)から相談があった通院交通費の給付について、申請に応じなかったのは誤りだったと認め、5年前にさかのぼって、交通費を支給することが関係者の話で3日までに分かった。
生活保護には生活、住宅、教育、医療など8種類の扶助があるが、他に臨時的な支出に応じるための一時扶助などがあり、通院に掛かった交通費も支給が原則とされている。
男性によると、会社を経営していた2007年ごろ、車を運転中に低血糖で意識を失って事故を起こし、入院中に不渡りを出して会社と財産を失った。このとき、市に生活保護を申請した。以降、毎月、年金収入を差し引いた額を保護費として受給している。
通院は現在、定期的なものだけで3つあり、市内の病院の泌尿器科と診療所の内科にそれぞれ月1度、また天理市内の病院に半年に1度行っている。月1度の通院はいずれも鉄道を利用し、交通費は計720円。半年に1度の方は鉄道とタクシーを利用し、交通費は鉄道が700円、タクシーが1500円で計2200円。タクシーは駅と病院の間で使う。足が痛くて思うように歩けないためという。男性は要介護2の認定を受けている。
初めて交通費の相談をしたのは生活保護を受け始めたころ。市保護課のケースワーカー(相談担当職員)に何度か尋ねたが、返事は「出せない」だった。昨年秋、通院している病院の職員に勧められ、あらためて交通費の申請書の送付を依頼すると、「交通費は出せないので送れない」と拒否され、「1回1000円以上、または同じ病院に月4回以上でないと支給できない」などと説明された。
このため、同年10月、市民団体「奈良生活と健康を守る会」(堀内栄三郎会長)の関係者らとともに同課に出向いた。1時間以上のやりとりの末、申請書が交付された。交通費は前月9月分から支給されるようになった。男性と「守る会」はさらに、8月以前の分についてもさかのぼって支給するよう求めた。同課はことし7月、男性に対し、5年前にさかのぼって支給すると伝えた。5年というのは、通院回数を確認できるレセプト(診療報酬請求明細書)の保存期間という。
通院交通費をめぐっては07年、北海道で巨額の不正受給事件が発覚。厚労省はこれを受け、「移送に必要な最小限度の額」としか規定されていなかった支給基準に「へき地」や「高額」の条件を設けるなどし、08年4月、都道府県などに通知した。とろこが、認められるべき交通費が支給されなくなったと批判が出た。同省はあらためて、基準からこうした条件をなくすなどし、10年3月、都道府県などに通知した。
同通知は併せて、通院交通費が支給の対象であることを、生活保護のしおりなどの文書で受給者に周知するよう求めた。その上で、交通費は事前申請が原則だが、08年4月の最初の通知から文書による周知が行われるまでの間に生じた交通費については、事後申請による支給を認めても差し支えないとした。奈良市はことし10月下旬ごろまで文書による周知を行っておらず、「守る会」はこれを理由に男性の過去の交通費を支給するよう求めていた。
「守る会」は「1回1000円以上」などの条件についても、内規などの根拠があるのか尋ねていたが、そうしたものはないとの回答があったという。
男性の住宅費(家賃)を除いた生活費は月6万円余り。100円、500円の交通費でも影響を受けると訴える。市の対応について不信感が消えず、「初めはあかんと言いながら、突っ込んでいくと出すのか。法(生活保護法)に基づいたものなのにおかしい。私一人の問題ではない」とする。
森本則彦・市保護第一課長は男性の交通費について、「以前は断っていたが、その判断はおかしいということになった。交通費は支給しなければならないが、徹底されていなかった。職員への指導不足があったかもしれない。ほとんどのケースでは交通費を支給している。ごくまれに出していなかったケースもある。そのときの担当者、係長、課長に何らかの意図はあったのだろう。推測だが、月に数百円の交通費なら生活費の中から工面を、という対応もあったかもしれない」とした。
「守る会」によると、交通費をめぐっては「出せない」という対応が奈良市に限らず他の自治体でもあるという。「交通費の条件を厳しくして、申請書を渡さないようにしている。水際で生活保護の支出を抑制しようとしている。しかし、最低限の生活費の中から交通費を払ったら生活に必要な額を切ってしまう」と指摘する。