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拠点・奈良県大和郡山市 運営者・浅野善一

共存へ、人間の側が歩み寄りを

話題の本「奈良の鹿」の編集者

永野春樹さんに聞く

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2010年5月21日 浅野善一
ながの・はるき 1953年生まれ。奈良市在住。季刊誌「乱声」代表。2001年、同誌を仲間と共に創刊。奈良をテーマにした随筆などを中心に取材・編集に当たっている。問い合わせは電話0742(23)5291。

 奈良の観光の顔として全国に知られる奈良公園の鹿。1000年にわたって人と共存してきた。しかし、その歴史をたどると平和な関係のときばかりではなかった。市民は奈良の鹿とどう付き合っていけば良いのか―。このほど出版された「奈良の鹿」が話題を集めている。本を編集した永野春樹さん(57)に話を聞いた。永野さんは「鹿は百パーセント野生。人間の側から歩み寄ってやることが大事」と提案する。

 ――本を編集するに当たり奈良の鹿についてどんな問題意識を持っていましたか。

 「私が代表を務める季刊誌『乱声(らんじょう)』で以前、奈良の鹿の特集をした。『奈良の鹿愛護会』に取材、都市の中で人と野生の鹿が共存することの難しさを知った。『庭の花を食べられた』『畑を荒らされた』『子供が鹿を触りにいったらけられた』など愛護会に寄せられる苦情を聞き、奈良では千年来、人と鹿が一緒に暮らしてきたのに鹿に対する理解が得られないのだと思った。人間の側の一方的な主張だけでしか、鹿を見ていない。都市で人と鹿が共存するというのは世界でもまれ。これを守っていかなければ」

 ――本にはこれまでにどんな反響が寄せられていますか。

 「多かったのは、奈良公園の鹿のふんを餌にしているふん虫の話や生駒などへ遠出した鹿の話など、身近にいながら知らなかったという声。いろんな角度から奈良の鹿を取り上げているのが良かったという声もあった。また、実在した白い鹿の話をもとに創作した童話に感動したという声もあった」

奈良の鹿―「鹿の国」からの初めての本 京阪奈情報教育出版、1470円

 奈良の鹿をいろんな角度から紹介。とりわけ、現状や歴史の記述が詳しい。知っているようで知らなかったことをあらためて学べる一冊。

 最初の章では「奈良の鹿愛護会」の活動を取り上げた。愛らしい鹿は市民や観光客に野生動物との触れ合いの機会を提供してくれる。しかし、一方で都市での人と鹿の共存には多くの困難も伴うことを浮き彫りにする。追いかけたり、奈良公園の外で餌を与えたりと、人間の接し方次第で鹿を不幸にしてしまうこともあるのだ。

 歴史にかかわる章では、古代・神鹿伝説の時代から近代までの変遷をたどる。とはいえ記されているのは、鹿殺しが大罪とされた時代の背景、角切りが奈良の都市化の過程で始められたこと、田畑を荒らされる農家からの不満など、奈良の人が鹿とどうかかわってきたのかという人間の側の歴史。共存の道はこうした歴史をたどる所から始まるのだろう。

 少し視点を変えた奈良公園のふん虫の話も興味深い。鹿のふんを餌にして掃除をしてくれているコガネムシの存在である。こんな共存関係もあるということだ。

 ほかに鹿せんべいの製造現場も取材している。実在した白い鹿をもとにした童話も織り込んだ。奈良の鹿への関心の幅を広げてくれる本といえる。

 取材・執筆には編集者の永野春樹さんのほか、春日大社権宮司の岡本彰夫さんや天理大学おやさと研究所研究員の幡鎌一弘さん、奈良市在住の生物の研究者・谷幸三さんらが当たった。

 問い合わせは京阪奈情報教育出版、電話0742(94)4567。

 ――そうした反響を聞いて感じたことは。

 「これだけ長く鹿と共に暮らしながら、奈良市民は相手の鹿について知らないということが分かった。反響ではないが、早朝、職場からの夜勤明けの帰りに、近所の奥さん同士3人が『ひどいことするわね』と本当に腹立たしそうに立ち話をしているのに出くわした。花壇の花を全部食べられてしまったようだ。この本を出した直後だったので、複雑な心境になった。読者だけでなく、自分の中でも今までと違う見方をするようになったり、新しい発見をしたりした」

 ――市民が今後、鹿とどう付き合っていけば良いのか、本の編集を通してヒントのようなものは得られましたか。

 「取りあえず鹿は百パーセント野生。これを理解してやらないと駄目。それが人間の側には欠けている。人間の側から歩み寄ってやることが大事だと痛感した。私も鹿の歴史的なことは全然知らなかった。奈良の鹿を理解するには歴史的な背景を知ることが絶対に必要だ。野生動物という理解だけでなく、奈良の鹿が『神鹿』とされるようになった伝説にまでさかのぼらないと理解できない。なぜ奈良の鹿は特別なのか、そうした伝説を背負って奈良にいるのだということを理解してやらないと。そうした優しさが必要だ」

 ――鹿にまつわる自身の思い出やエピソードはありますか。

 「本を編集してから鹿と密接にかかわるようになった。それまでは知らなさ過ぎた。鹿の前を素通りしていた」

 ――奈良の鹿をテーマに何か次の構想は。

 「今回の本では、前半部分は中学生が見ても分かるが、後半部分は専門的で付いていけない所もある。小学生が見ても理解できるようさらにかみ砕いた、例えば絵本に文字を増やしたようなものを作ってみたい」

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