昨年9月、合掌造りで知られる岐阜県の白川郷を旅した。そこで目にした光景である。もてなしの在り方に通ずるものがあると思えた。
場所は合掌造りの集落を見渡せる人気の展望台。1人の男性が女性2人連れの観光客に「記念写真のお手伝いをします」と声を掛け、コンパクトカメラを預かった。すると、男性は「1枚目は笑顔の練習です」と言って、まず持っていた自分の一眼レフカメラで撮影。その後、預かったコンパクトカメラで撮影した。まもなく別の男性が観光客の前に現れ、台紙の表紙に「白川郷の思い出」と書いた写真らしき物を見せて、売り込んでいる。
この時点で何が行われているか分かった。カメラマンの男性は腰にアンテナの付いた送信機のような物を装着している。撮影データを瞬時に近くで控えているパソコンのプリンターに送信できるのだろう。
筆者が展望台にいる間に、2組の観光客が応じていたが、いずれも売り込みを断らなかった。観光客の側には「借り」ができたという負い目がある。非常に手際が良く、あっという間のことなので、冷静に判断する時間もない。楽しい旅の記念という気分の高揚もある。
しかし、最初に記念写真の販売目的であることを告げず、親切を装っていることを考えると、後味が悪い営業方法だ。苦情はないのだろうか。この6月17日に白川郷観光協会と白川村役場に電話で尋ねたが、「ない」ということだ。筆者の指摘が最初の苦情になった。村産業課は「業者に伝える」とも答えた。
奈良県の観光地ではどうか。県観光写真協会に尋ねた。村尾拓三理事長によると、白川郷のような「前貸し」型の営業が行われている所はないという。同協会の会員は団体の記念写真を基本にしているが、村尾理事長は「あくまでも事前に了解を得て撮影する」と言い、こうした営業方法は「観光地のイメージダウンになる」と指摘する。
問題はもてなす意識の有無に関わってくるのだろう。白川郷は1995年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録された。日本を代表する観光地の一つ。一方、奈良県も三つの世界遺産を抱える観光県。もてなしの充実に県を挙げて取り組んでいる。業者として効率良く利益を上げなければならないのはよく分かるが、もてなしの気持ちを後退させて観光客の評判を落としてしまっては元も子もない。