夏の暑さが和らぎ始める9月中旬、黄金色に染まった田んぼで、稲穂に止まりせわしく体を動かしている茶褐色の地味な野鳥を目にすることがある。ノビタキだ。
ノビタキは北海道から本州中部に飛来する夏鳥で、北海道では平地の草原に多く、本州では栃木県戦場ケ原や長野県霧ケ峰など高地の草原で繁殖している。体長は約13センチ。スズメより、やや小さい。くちばしおよび頭部から背面、尾にかけては黒色。腹部と首筋、翼の一部が白く、のどが鮮やかなオレンジ色の美しい鳥だ。
巣は草原の地表近くにササや小枝を使って作り、3―4個の卵を産みつける。卵がふ化するまで約15日間かかり、巣立ちまではさらに約20日間かかる。繁殖地ではレンゲツツジやニッコウキスゲに止まるノビタキの姿をよく見かけるが、巣立ったばかりの幼鳥に親鳥がホバリングしながら餌を与える、ほほ笑ましい光景を目にすることもある。
奈良県内でノビタキを観察できるのは春と秋の移動の時期だけだ。特に9月から10 月半ばにかけ奈良市の平城宮跡や橿原市の藤原宮跡などの平地のほか、里山近くの田んぼや畑などで、たわわに実った稲穂やあぜのススキ、休耕田のセイタカアワダチソウなどの先端に止まり体をせわしく動かしている様子を見かける。そして時折、空中で飛翔するチョウの仲間や地表にいるクモなどを捕まえたりしている。しかし、この時期のノビタキは繁殖地での派手な色彩ではなく、全身換羽を行い、スズメやホオジロのような茶褐色の地味な色になっている。
食事と休息を取りながら徐々に県内を南下していき、はるか東南アジアまで渡っていくのだ。近年、宅地開発や道路工事などの影響で、ノビタキの中継地である平地や草原、田んぼなどが減少しつつある。こういった場所で繁殖する野鳥たちのための環境を保全することはとても大切であるが、渡り鳥にとって越冬地や移動ルートにある平地や休耕田などは重要な場所である。私たちは将来にわたって身近にある平地や草原、田んぼなどの自然を守っていかなければ、単に野鳥が減少するだけではなく、生物多様性が損なわれ、そのうち人間にも悪影響が及びかねないと認識しなければいけないのではないだろうか。
(よな・しょうぞう=野鳥写真家、生駒市在住)=毎月第2、4月曜に更新
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