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拠点・奈良県奈良市 運営者・浅野善一

緑地、木簡は? 平城宮跡中心部で舗装進む

国営公園化に伴う整備の是非、市民に関与の機会なく

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2012年10月6日 浅野善一
朝堂院跡広場の舗装後の予想写真。奥は大極殿(国営飛鳥歴史公園事務所の記者発表資料から)
草地の状態の朝堂院跡広場。奥は大極殿=2012年9月26日、奈良市佐紀町
上空から見た平城宮跡の舗装場所(国営平城宮跡歴史公園事業概要掲載の写真をもとに作成)
国営平城宮跡歴史公園事業概要で紹介されている事業の青写真(一部、文字を拡大する修正を加えています)
工事中止を求める緊急声明を国営飛鳥歴史公園事務所平城分室に提出する寮美千子さん(中央)=2012年10月3日、奈良市佐紀町

 草原の遺跡として親しまれてきた奈良市佐紀町の平城宮跡(特別史跡)の中心部で舗装化が進んでいる。国営公園化に伴う国土交通省による整備などの一環。復元された大極殿の前の広場がこれまでに舗装され、新たに、隣接する朝堂院跡の広場で舗装工事が始まった。

 平城遷都1300年祭を機に設けられた県の駐車場も含めると、合わせて10万平方メートル以上が舗装面に代わる。全122万平方メートルの10分の1を占めることになり、緑地の減少や木簡など地中の遺物への影響を懸念する声が市民らの間で上がり始めた。

 国営公園化やそれに伴う整備は観光利用の促進が狙いで、市民・国民の財産である歴史遺産のあり方に関わる変更となるにもかかわらず、その是非について市民が関与する機会はなかった。

 市民が声を上げることになった発端は、9月20日の国交省近畿地方整備局国営飛鳥歴史公園事務所の記者発表。草地となっている第一次朝堂院跡の広場を舗装するという内容で、新聞記事で計画を知った市在住の作家、寮美千子さん(56)ら市民約20人が同27日、同市佐紀町の同事務所平城分室に工事の中止を求めた。

 同分室によると、舗装は広場約4万5000平方メートルを埋め立て造成した上で、表面を真砂土に重量比で4%のセメントを混ぜた材料でつき固めるというもの。学校の運動場や復元された朱雀大路に似たものという。透水性はあるとされているが、程度は分からないという。事業費は3億円前後が見込まれている。

 目的は、広場を自由に行き来できるようにするため。国営平城宮跡歴史公園事業の柱の一つとして、朱雀門(1998年復元)から朝堂院跡を経て、第一次大極殿(2010年復元)に至る平城宮の中心部を、当時の姿に近づけるという基本方針があり、これの一環として行われる。現在は湿地に草が生えた状態で、歩行は困難。ただ、広場を迂回(うかい)する歩道はある。

 舗装以外の方法として芝生も検討されたが、発掘調査をしている奈良文化財研究所が「当時も芝生であったかのような誤解を与える」として難色を示したという。

 寮さんらの懸念に対し、同分室は、地中の木簡を守っている地下水の主要な流れへの影響はないと判断しているとし、文化庁の許可も得ていると答えた。しかし、舗装による地下水への影響の調査は実施していないともした。

 平城宮跡での大規模な舗装はこれが初めてではない。2010年の平城遷都1300年祭を前に大極殿正面の広場が舗装されている。面積は朝堂院跡の広場とほぼ同規模で、アスファルト舗装の路盤の上に砂利を敷いた。

 また、県が同じく1300年祭のため朱雀門近くに設けた仮設駐車場など約2万7000平方メートルも、アスファルト舗装が施されている。県平城宮跡事業推進室によると、駐車場に対する文化庁の許可は16年3月まであるが、平城宮跡が「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産に登録されていることから、世界遺産委員会からは撤去を求められている。

荒井知事、公園整備に強い思い入れ

 平城宮跡を国営公園として整備することが閣議決定されたのは2008年。関係者によると、同公園の整備には荒井正吾・奈良県知事の強い思い入れがあるといわれる。07年、知事選に初めて出馬したときのマニフェストでも「明日香、藤原京、平城京を世界遺産の上にある貴重な文化財と位置付け、三者一体となった国営公園化も視野に入れ、文化財の保護を図りつつ、その活用と奈良の観光振興との調和のある発展計画を至急作成する」と公約していた。

 同公園事業は基本理念に「奈良時代を今に感じる空間を創出する」を掲げ、第一次大極殿院を公園の中心的施設と位置付け、復元する。正殿(大極殿)はすでに完成しており、これを囲む築地回廊と回廊の正面に付随する南門と東楼、西楼を新たに復元する整備計画が昨年、決まった。同分室によると、回廊などの復元にはさらに数百億円の事業費が見込まれるという。

 復元が進む第一次大極殿院と隣接する第二次大極殿院の遺構の左右に広がる緑地については、基本計画では緑地ゾーンと位置付けられ、広場とされているが、同分室は、現段階で具体的な計画は決まっていないとする。

 一方で、平城宮跡は市街地の中の自然空間としても親しまれてきた。平城宮跡はかつて水田だったこともあり、ほぼ全域が緑地。草地の広場や湿地、原野が広がっている。散策やジョギングを楽しむ市民、訪れた観光客もそうした草原の遺跡の風情を味わってきた。しかし、近年は整備が進んで自然環境は変化した。生駒市在住の野鳥写真家、与名正三(60)さんは「朱雀門や大極殿が復元される以前は、数多くの種類の野鳥が観察される野鳥の宝庫でもあった。観察できる野鳥は当時に比べ大きく減少した」と指摘している。

 国営公園化やそれに伴う整備は平城宮跡のあり方に関わる問題でありながら、その是非について市民が関与する機会はなかった。公園事業の基本計画は、国交省が策定した素案に対し、国交省が選任した有識者と関係行政機関で構成される基本計画検討委員会が意見を述べ、閣議決定の年にまとめられた。委員会による検討の段階で、計画に対する国民の意見を聞くパブリックコメントは実施されたが、国営公園化や計画の是非を問うものではない。意見には計画に期待する声がある一方で、「今のままが良い」「テーマパーク化し、レベルダウンすることを恐れる」といった反対意見や懸念もあった。

 市民らが問題にしている朝堂院跡の広場の舗装に関しては、基本計画に記載自体がなく、検討委員会にも示していなかった。「委員会で細かいことまで決めるのは大変。事業の柱の一つである宮の中心軸線の確保という基本方針に沿った整備の一環として、事務所で検討して決めた」(同事務所平城分室)といい、着工は記者発表した9月20日から5日後の25日だった。分室によると「草刈りをするくらいの認識だった」という。

工事中止求め、市民ら緊急声明

 寮さんや「高速道路から世界遺産平城京を守る会」の小井修一事務局長ら8人は10月3日、同分室を訪れ、国土交通大臣と文化庁長官あての工事中止を求める緊急声明を提出した。声明は、舗装工事について国民に説明がないままの性急な着工であるとし、舗装により平城宮跡全体として一体化していた生態系が大きく乱され、さらに地下水の枯渇により1300年間守られてきた木簡などの遺物が酸化・腐敗の危険にさらされると指摘。自然と歴史の双方を生かした公園構想を広く国民から募り、時間をかけて検討することを求めるとした。声明に賛同する全国の有識者ら122人の名簿も併せて提出した。

 対応した伊勢達男副所長は「分室だけでは判断できない。上層部に報告し、相談しているところ。今の時点では中止できる状態ではない。問答無用でやるつもりはない」と答えた。

 寮さんら緊急声明の発起人や賛同者は10月6日、奈良市の近鉄奈良駅前で、舗装工事中止を求める署名活動を行った。署名した市内の主婦(43)は「舗装を伝える新聞記事を見てびっくり。平城宮跡は草原だからいい。父とツクシを採った思い出があり、見たことのない鳥がいて、自然がいっぱい。そのど真ん中を舗装するのは意味がない」と話した。

発掘、3割が終了

 平城宮跡は都が移った後、長く耕作地や居住地だった。明治から大正初期に民間人による保存活動が起き、1922(大正11)年に国史跡に指定された。52年、国特別史跡に指定され、現在、8割以上が国有地。98年、「古都奈良の文化財」の8資産の一つとして世界遺産に登録された。当時の宮殿や役所などの木造建築の遺構が地下に良好に保存されている。

 発掘調査は55年に始まり、これまでに全面積の3割が終了した。奈良文化財研究所連携推進室によると、当初、平城宮跡の遺構は左右対称と考えられ、基本的に半分を発掘のめどにしていた。しかし、発掘が進むにれ、左右対称でないことが分かってきたため、発掘する割合や要する期間は手探りの状態で見えていないという。【続報へ】

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