ニュース「奈良の声」
2014年8月27日 浅野詠子

奈良県)明治の奈良・三条通り、古写真見つかる 熊本の医師、市に寄贈

↑見つかった明治時代中ごろとみられる奈良市三条通りの写真(彩色が施してある)。右に興福寺南円堂前の石灯籠や石段、奥に生駒山の山並みが見える。

現在の三条通り。右に興福寺南円堂前の石灯籠や石段が見える。生駒山は一部しか見えない=2014年8月27日、奈良市登大路町

 奈良市の目抜き通り、三条通りの明治時代中ごろとみられる風景を撮影した古写真を熊本市の医師が見つけ、市に寄贈を申し出た。専門家の間で「価値が高い」と評価されており、同市脇戸町の市史料保存館が保存する見通しだ。

 写真はA4判大。当時、国内にカラー写真はまだなく、彩色が施してある。東西に伸びる三条通りの、猿沢池近くの「すべり坂」と呼ばれる辺りから西方の風景をとらえている。生駒山が遠望できる通りを人々が行き交う。撮影からおよそ100年が経過し、コンクリートのビルが林立する現在の姿からは想像もつかないのどかな光景だ。写真に写る興福寺南円堂前の石灯籠は、今も当時と変わらない位置にある。

 古い写真に関心を寄せる熊本市の整形外科医、岡山洋二さん(64)=九州記念病院理事長=が今春、インターネットのオークションで入手した。

 奈良市を拠点に活動した写真家入江泰吉さん(1905〜92年)の特別展「古都の暮らし・人」などを企画し、写真芸術に詳しい市美術館学芸員の説田晃大さんは「大変価値の高い写真だ」と話す。説田さんによると、撮影時期は明治時代の中ごろである可能性があるといい、蛇腹のついた暗箱式のカメラで写したらしい。作者が分かる記載などはない。

 三条通りは平城京の三条大路や暗越奈良街道と重なり、春日大社への参道としても知られる。写真は、市のこれからの景観形成や建物の高さ規制などを考える上でも、温故知新につながる貴重な資料として注目されそうだ。

寄贈の岡山さん「不思議な写真」

 岡山さんから30日までに入った談話は次の通り。

 「これまでに大判の古写真を約5000枚収集し、英国の写真家フェリーチェ・ベアトが幕末の日本で撮影した作品も数十枚持っています。古写真は場所を特定することが楽しみの一つ。この三条通りの写真は英国のオークションで入手しました。奈良県内の公共施設で所有しているところはないと知り、(奈良市の学芸員に)速やかに場所を特定していただいたお礼も兼ねて寄贈することにしました。何の目的で撮影したのか、不思議な殺風景な写真だと感じていました」 (2014年8月30日追加)

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