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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一
浅野善一

奈良県)大和郡山、元遊郭の伝統的木造建物の町並み消える 4軒取り壊し始まる

取り壊しが始まった元遊郭の建物=2020年3月12日、大和郡山市洞泉寺町

取り壊しが始まった元遊郭の建物=2020年3月12日、大和郡山市洞泉寺町

取り壊される建物のすぐ近くには、大和郡山市が買収し、公開されている元遊郭の旧川本家住宅(左奥)がある=同

取り壊される建物のすぐ近くには、大和郡山市が買収し、公開されている元遊郭の旧川本家住宅(左奥)がある=同

取り壊しが始まる前の元遊郭建物の町並み=2016年12月22日

取り壊しが始まる前の元遊郭建物の町並み=2016年12月22日

 城下町の風情を残す奈良県大和郡山市から、元遊郭の伝統的木造建物の町並みが消える。同市洞泉寺町で、老朽化のため建物4軒の取り壊しが始まった。【取り壊しの動きを伝える初報は2016年12月29日】

 土地の所有者で隣接地にある浄慶寺の関係者によると、建物はいずれも1901(明治34)年の建築で、100年以上の歴史がある。4軒のうち2軒は2階建て、もう2軒は木造では珍しい3階建て。寺が土地を所有する同じ一角には全部で5軒の元遊郭建物があり、小さな町並みを形成しているが、現在も居住者がいる1軒を除いてすべて取り壊されることになる。

 建物は老朽化が進んでいた。正面からは分かりにくいが、空き家となっていた3軒は雨漏りや壁の傷みがひどく、建物の一部が朽ちているものもあった。昨年の台風では瓦の一部が道路に落ちたという。残る1軒は昨年まで居住者がいて、雨漏りなどはないが、木造3階建てのため使い続けるためには補強が必要という。

 関係者の話では、保存に向けた提案もあった。例えば、保存状態の良い建物を、市の補助金を利用して修復し、内部を区切って喫茶店などの事業を営む複数の若者などに賃借するなどの案が示されたが、耐震補強などで高額になる費用負担などの問題もあり、寺側の理解は得られなかった。

 建物を実測調査した記録は残された。寺が建物を取り壊す意向であることを知った県建築士会郡山支部は、2016年から2019年にかけて自前で調査を行い、間取りが分かる平面図などを作成、市に提供した。

 寺は今月1、2日、2日間の期間限定で、取り壊し予定の建物の一部を一般に公開した。市都市計画課によると、先月、取り壊しを伝える記事が新聞に掲載され、市などに見学を希望する問い合わせが多数寄せられた。そのことを寺側に伝えたという。

 関係者は次のように語った。

 市都市計画課文化財保存活用係の山川均主任は「市の補助金を利用してリノベーションし、若者の活動の場として利用できないか提案したが、傷みが激しく予算的に厳しいとの返事だった」と話した。

 県建築士会郡山支部の徳本雅代支部長は「日本の3階建て木造建築は貴重。生かせたらと、スペースをシェアしながら借りることを提案したのだが。旧川本家住宅は残ったが、1軒だけでは町並みにならない。郡山の町並みが壊れていくのが残念」と話した。

 浄慶寺檀家総代の男性(67)は「建物の価値は分かっている。しかし、寺には改修するだけの財源はない。解体にも相当な費用が掛かる。残せたらとの思いは多々あったが、建物の老朽化と歩行者の安全などを考えたら解体せざるを得ない」と話した。建物の跡地は、墓地と寺を訪れる信徒らの駐車場にする予定という。

 洞泉寺町の遊郭の歴史は江戸初期にさかのぼる。県発行の「ならの女性生活史 花ひらく」によると、明治の奈良県には、奈良町と郡山町に合わせて4カ所の公認された遊郭があり、洞泉寺町はその一つ。1957(昭和32)年の売春防止法施行に伴い、遊郭は閉鎖された。同書に収められた、当時の洞泉寺町を知る人の証言によると、14、15軒が営業していたという。

 同じ洞泉寺町にある元遊郭「旧川本家住宅」は、市が保存を目的に買収し、2014年、国の登録有形文化財に登録された。耐震工事が行われ、町家物語館として公開されている。一方、市内の昭和初期までの建物は、県建築士会郡山支部の調査では、この40年近くの間に半減しているといい、同支部は歴史的建造物の保存・活用策を早急に講じる必要があると市に要望している。

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