奈良県大和郡山市の観察法病棟 開設3年、忘れられた司法精神医療の課題

2013年6月2日 浅野詠子
大和郡山市の国立病院機構やまと精神医療センターに完成した医療観察法病棟の内覧会で取材を拒否され、抗議するフリー記者の浅野詠子(右)=2010年7月15日(奈良県精神保健福祉ジャーナル「マインドなら」から転載)

◇視点 市民2万8000人から出された反対署名を押し切り、国が大和郡山市小泉町の国立病院機構やまと精神医療センターに建設した医療観察法の特別病棟が間もなく開設3年を迎える。心神耗弱などで善悪の判断、行動のコントロールが困難な状況で他害行為に及び、不起訴または無罪になった人を強制的に入院させ治療する施設だ。社会防衛の色彩が濃い重装備の病棟で、33床のベッドは満床で稼働している。

 法案は2003年、科学的に予測が不可能に近い「再犯のおそれ」という文言を原案から削除し、自民・公明などの与党が強硬採決して成立した。当時の民主、共産、社民が反対。その理由として、制度そのものが精神障害者の偏見を助長し、検察官が任意の捜査段階で行う簡易鑑定に精度の差があり、刑務所内の精神医療も不十分であるなど、問題点が多数指摘された。

 しかし、民主党が政権を奪取した後も、この特別病棟の数は増え、現在、全国28カ所の国立病院機構と府県立病院で計約700床が稼働。入院患者1人当たり年間約2200万円をかけ、医師や看護師らの配置基準を3倍にした病棟が運営されている。公立病院を舞台に行政の仕事と経済活動が増えるなど、新しい既得権ができて、「反対」の声もほとんど聞こえてこない。忘れられた問題になりつつある。

 法務省・奈良保護観察所は本年2月、医療観察制度の運営連絡協議会を開いたが、対象になった人たちの素顔が少し分かる資料を記者は入手することができた。17人のサンプルであるが、このうち13人までが他害行為に及ぶまでに福祉サービスを一度も利用したことがなかった。また7人は精神科の治療を中断していたときに事件を起こした。

 この数字から、地域で孤立しがちな精神障害者の存在が浮かんでくる。国と自治体が福祉と医療の連携に重点的に予算を投じれば、医療観察法のような社会防衛的な制度に偏らずとも、地域で暮らせる障害者が増えるという仮説が成り立つのではないか。

 前年、同観察所が作成した協議会の資料によると、医療観察法の審判に付された13人のうち8人までが被害者である家族と同居していた。心神耗弱などの下で起きた事件の犠牲者の多くは肉親だった。法案は、池田小の児童無差別殺害事件を引き金にし、急ピッチで整備されただけに、あたかも通り魔のような人が入院する施設ではないのかと地域の住民は大きく誤解していた。そうではなく、強制入院する人の多くが社会復帰できる可能性の高い統合失調症であり、重装備の隔離病棟が必要なのかという矛盾が浮上する。近隣には県立医科大学付属病院が拡充した精神科救急病棟もある。

 法が対象とする傷害事件のうち、加療日数が数日という微罪で強制的な治療を受けている人もいる。「手厚い医療」が標榜(ひょうぼう)されているが、全国的には強制通院の命令を受けた人の自殺の件数が十数件に上り、一般の精神科にかかっている人より高い頻度であることが国庫補助研究(厚生労働科学研究)で判明している。また、治療効果の乏しい人の入院が長期化しているという。

 制度は同省と厚生労働省の共管であるが、運用の詳しい実態は公表されてない。そこで記者は独立行政法人の情報公開法などに基づき、特別病棟の外部評価会議などの開示請求を行っているが、国立病院機構は1件の開示の手続きを1年以上放置していた。障害者の身柄を拘束している以上は、国民からの「知る権利」の要請に対し、もっと機敏に動く必要がありそうだ。

 大和郡山市をはじめ特別病棟は、英国の司法精神医療がモデルといわれる。だが世界は広く、精神病院そのものを廃止したイタリア、特別養護老人ホームを廃止したデンマークなど、地域の暮らしを重点にしたモデルはさまざまだ。せめて地元の市議、県議は、大和郡山市の施設で強制的な治療を受ける人たちの人権について点検してほしい。

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