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発行者/奈良市・浅野善一
浅野詠子

大阪・奈良)公共事業の範 大和川、江戸の付け替え工事が漫画に 「中甚兵衛物語」刊行

漫画「中甚兵衛物語~大和川の流れをかえた男」

漫画「中甚兵衛物語~大和川の流れをかえた男」の一場面

かやぶき屋根の川中邸

今も残る中甚兵衛の生家=2013年4月7日、大阪府東大阪市

〈視点〉江戸時代の元禄17(1704)年、洪水対策として実施された大和川の付け替え工事は、当初の治水目的を達成しただけでなく、旧河川の跡地において、綿花栽培の一大産業が展開した。公共事業の先例といえそうだ。この工事の実現に向け、50年近くにわたり、陳情運動を続けた河内国河内郡今米村(現・大阪府東大阪市)の庄屋、中甚兵衛(なか・じんべえ、1639~1730年)の生涯を描いた漫画「中甚兵衛物語~大和川の流れをかえた男」(智多とも著、A5判)がこのほど刊行された。

 奈良県の初瀬川に源を発し、大阪湾に注ぐ大和川。かつては大阪府柏原市からいくつもの枝川に分かれて北に向かって流れ、古代から洪水が頻発した。枝分かれが多い河川の宿命として、分岐点には土砂がたまりやすく、地面より高い所に川底がある天井川になる。多発する洪水により、農作物が被害を受けるだけでなく、年貢さえ払えなくなり、餓えで苦しんだ村人の苦境が描かれている。

 農民でありながら幕臣に交じり、付け替え運動に生涯をささげた甚兵衛。その勇気と行動は過去からの贈り物であるとして、河内文化に詳しい大阪商業大学教授の石上敏さん(日本文学、比較文化)を委員長に、伝記の企画編集委員会「中甚兵衛プロジェクト」ができ、昨年から活動、漫画として世に出した。

 委員には、甚兵衛の生家であるかやぶき屋根の家(登録有形文化財)を守る子孫の川中煕子さん、知子さん母子も参画。1都6府県にまたがる市民が刊行費用を寄付して協力した。NPO法人地域情報支援ネット、今米緑地保全会、河内観光局が発行した。

 物語では、運動に付きものの挫折、裏切りなどの人間模様が描かれる。幕府の計画も二転、三転して宙に浮く。甚兵衛を駆り立てたものは何だったのか、今も分からないことは多いだろう。少年時代に洪水で大の親友が犠牲になった、というフィクションを導入し、主人公が終生、失われた命と対話することで、物語の筋に弾みを付けている。

 史実として重要なポイントは、大坂町奉行所の代官、万年長十郎の理解と強力な力添えがあったこと。元禄16年、幕府は正式に付け替え工事の許可を下ろしたのだった。

 新しい河川の通り道の開削工事に動員された人は延べ25万人。川幅180メートル、長さ 14.4キロの流路を築造するのに、工期がわずか 8カ月と短期だったことは、今も語り草である。総事業費を現代の貨幣価値に換算すると、150億円ほどだという。

 新河川のために沈んだ田畑は257 ヘクタール。これに対し、旧河川にできた新しい田畑は、その5倍に当たる1063ヘクタールにもなり、収穫量の増加だけでなく、幕府の税収増につながった。川跡で栽培された河内木綿は、地域経済をけん引していく。

 しかし物語は、新しい大和川がやって来たばかりに、川底に沈んだ土地の人々の無念さにも触れている。現代版のダムに沈む村である。新大和川においても洪水の被害は何度か発生しており、付け替え工事を正義として読者に押し付けてはいない。

 甚兵衛は、英雄として祭り上げられることなく、「わしのやったことは正しかったんやろか…」と晩年になって自問する場面がある。そんなことは未来の人間に聞かなければ分からないだろうと、洪水で落命した親友の声がどこからともなく聞こえて、物語は幕となる。

 付け替え工事が300年の記念すべき年を迎えた2004年。大和川の上流に当たる奈良県側で、この記念の年はほとんど話題にならなかった。背景として考えられることは、府県境によって、大阪府民、奈良県民という行政の縦割り構造に知らず知らず、からめ捕られているからではないだろうか。大和川水系は一つである。新河川も旧河川も、上流に住む私たちの歴史という気がする。

 同漫画の問い合わせは地域情報支援ネット、電話06(6725)7808。

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