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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)水野さんのたこ焼きと福祉の基本/政治と憲法の風景・川上文雄…9

筆者のアートコレクションから荒井陸(あらい・りく、1995年生まれ)「緑の葉っぱ」

筆者のアートコレクションから荒井陸(あらい・りく、1995年生まれ)「緑の葉っぱ」

 水野晃男(みずの・あきお)さんのことを知ったのは約2年前。50歳代前半の男性で、仕事は滋賀県栗東市にある「道の駅」の駅長。母子家庭で育ったこともあり、経済的に苦しい家庭の子どものために、たこ焼きを作っている。開店は週に1度、2~3時間。1皿7個の値段はとても安くて、小学生10円、中学生30円、高校生50円(その後、中学生20円、高校生30円に値下げ)。大人は買えない。

 代金を払う経済的余裕のない子どもへの配慮がこまやかだ。代金は「拳骨箱(げんこつばこ)」と書かれた箱の中に入れる。硬貨を握りしめて、くりぬかれた丸い穴から拳骨を入れる。硬貨の落ちる音がしないようにと、タオルが敷かれている。払えなければ、だまって拳骨を入れるだけでいい。

 福祉政策とは「共同の拳骨箱」をつくること。水野さんの拳骨箱を手がかりに、福祉の基本を考えます。

プライバシーを守って分断を防ぐ

 「(代金は)静かに静かに入れる」という指示書きが、拳骨箱のそばにある。つまり、代金を払っても音がしない。だれが払ったのか、だれが払わなかったのか、だれにも分からない。払った人は、そのことをその場にいる人に示すことができない。だから、「みんな払った」あるいは「みんな払わなかった」のいずれの推察も可能だ。

 水野さんの思いは明らかだ。払わなかった人のプライバシーを守りたい。払うのが負担になる人は払わなくていい。払わなかったとしても、水野さんを含めて他人に知られない。これなら食べに来やすい。

 払った人と払わない人の区別がみんなの前で明らかになったら、払わなかった人が目立ってしまう。過剰な恩恵を受けた人がいると分かって、分断が生じてしまう。払う余裕のなかった人は「自分の境遇は払った人たちと違っている」という思いが募るかもしれない。しかし、プライバシーが守られることで、だれもが対等な人間でいられる。

 払った人は自分を「払わなかった人」に見立てることができる。拳骨箱の指示にしたがって、「静かに静かに入れる」。そっとこぶしを開く。そっとタオルの上に置く。払ったことを分からせようとしない。誇示しない。「自分はただ食いする人とは違う」などと考えない。払わなかった人との静かな連帯感。どちらもみな、たこ焼きを食べて幸せになるという共通の体験をする。拳骨箱のおかげで、その場が分断のない共同の場であり続けられる。

 子どもたちのこの連帯は、もっと広げることができる。私が小学生や中学生の親だったら、年に1度、食べに行くようにと言って500円玉を2枚渡すだろう。現場の様子を直に知ってもらいたい。取り組みへの応援だけなら、まとまった額を水野さんのもとに送り届けることも考えられるけれど。

弱くて自由な個人が連帯する

 福祉政策の受益者でない人はいない。その意味で私たちのだれもが、大人も子どもも、1人では生きられない・自立できない。みな支えを必要とする弱者だ。たこ焼きを食べにくる子どもを特別な弱者と見ないほうがいい。

 そして、だれもが自由な個人。自分の意思に従って自由に生きる個人。食べたかったから来た。食べて、拳骨箱に握りこぶしを入れた。帰っていった。自分の力で人生という大地のうえを歩いている。

 自分の足で自由に歩くには、地球からの重力という支えが必要である。私たちの生活では福祉政策の支えが「地球からの重力」である。そのように自助(=自分の足で歩く)と公助(=福祉政策が重力のように支える)がつながっている。これは「自分だけで歩け。だめだったら助けてやる」という自助・公助ではない。

 福祉とは、弱いけれど自由な個人が連帯してつくる公共の拳骨箱。もちろん、この個人は納税者としての私たちである。つまり、福祉とは納税を通じた連帯。「たくさん納税したのに、受益が少ない」なんて言わない。「能力に応じて納税し、必要に応じて給付を受ける」がこの箱の基本原則。だから、ゆとりのある人は多く払う。

恩着せがましくない

 おいしいたこ焼きを食べたあとは「ごちそうさま」の感謝のことば。払った人も払わなかった人も、同じことばでいい。「払わないで食べさせてもらいました。ありがとうございます」なんて特別な感謝の言葉を、水野さんは聞きたいとも思わないだろう。拳骨箱に込めた水野さんの思いが台無しになってしまうから。

 払わなかった人は、難病や重度障害の医療費のように、税金からの補助が通常のレベルを超えて高額になった人に近い。そのような人(あるいはその親)に対して、「税を負担している国民に感謝しろ」と言う人がいる(第8回コラム「納税は権利である」を参照)。水野さんには、そういう思いはすこしもないだろう。

 水野さんの拳骨箱も共同の拳骨箱も、恩着せがましくない。地球の重力と同じ。しずかに、しっかり支える。(おおむね月1回更新予定)

川上文雄

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、元奈良教育大学教員

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