奈良県)ため池、水位低下させ洪水対策 30年で事例が3倍に 大和川水系の流域治水
市街地のオアシスのような表情を見せる佐保田第二池。洪水吐きのスリット(写真下方のコンクリートが切れている部分)が水位を下げる=2020年3月5日、奈良市法蓮町
奈良盆地の原風景ともいえる農業用ため池を生かし、水位を下げて洪水に備える治水の取り組みが、奈良県内の大和川水系流域で少しずつ広がり、市町村の実践例はこの約30年間で3倍近くまで増えた。取り組みを実施している池は20カ所に上る。
ため池を利用した流域の総合治水は1982年の大和川大水害などを契機に、県河川課と市町村が80年代後半から実施、117カ所の池を利用し(県河川課調べ、前年度末現在)、流域の累計で170万トンの洪水対策量を目指している。
その手法は主に、池底を掘り下げる工事が採用されてきた。国土交通省の補助金は付くが、コストは大きい。奈良市佐紀町の歴史的風土特別保存地区にある吉堂池は、県奈良土木事務所が98年、2トンの洪水対策量を確保するため5億円の工費を掛けたが、池底を掘り過ぎて水辺の景観が損われてしまった。
これに対し、水位を低下させる方式は、地元の水利組合などの協力を得て行い、大掛かりな工事を必要としない。農地の減少により、かんがいに必要な水が減ってきた土地が選定の条件になる。田畑の減少そのものは治水環境にマイナスと言えるが、ため池という古来の地域資源が洪水対策に生かされる。
一昨年の西日本豪雨、昨秋の大型台風では全国で満水に近付いた数カ所のダムが緊急放流を行い、下流住民の脅威が社会問題になった。国は昨年末、ダムの事前放流を推奨する方針を公表している。一方、県内では早くも80年代、小規模ながら治水を目的とした貯水池の低水位管理が行われている。三郷町勢野の大池は1メートルの水位を下げ、他にも同じ町内6カ所のため池が同年代、1メートルから50センチほど水位を下げていたことが県河川課保存の文書から分かる。
奈良市は17世紀築造の池を水位低下
奈良市は前年度、水利組合の協力を得て、法蓮町の佐保田第二池の水位を約40センチ下げた。市河川耕地課によると、池の放流施設にあたる洪水吐きに「切り欠き」と呼ばれる約30センチ四方のスリットを施工することにより水位が下がり、新たな治水容量ができた。雨水はスリットから少しずつ放流され、約9メートルの溝を伝って水路に流れていく。
市農政課によると、佐保田第二池の築造は1655(承応4)年。日照り続きの気候に備え、谷水をせき止めて造られた。地元水利組合が管理し、地域の共同財産にあたる。記者は5日午前、現地を観察した。池の下流は市街化が著しい。坂道を登って池のほとりまで来ると、うっそうと樹木が生い茂り、水鳥がいた。折しも雨が降り出し、池の水はスリットに誘導され、ちょろちょろと流れ出てきた。
生駒市は今年から俵口町の馬池、小平尾町の新池の水位を常時50センチ下げている。「耕作地の減少により、水利組合の協力が得られた」と市農林課は話す。
大和郡山市建設課治水係は2016年度、土地改良区の管理する同市代官町の鴫池において、池の北西角にある洪水吐きにオリフィスと呼ばれる放流孔を設けて水位低下を試み、堤体も補強整備して新たに5500トンの洪水対策量を確保した。
ため池は記紀にも登場する。県農林部は「水田かんがいの歴史をたどる貴重な遺産」として、ため池を巡る散策マップを15年ほど前に発行した。生物多様性にも貢献する。その数は県内に6000個といわれるが、近年、開発用地となり減り続けている。吉野川分水によって農業用水を奈良盆地に送水する川上村の大迫ダム、吉野町の津風呂ダムの築造(旧農林省)も、ため池の減少につながった。
県河川課によると「大和川水系流域のため池治水は目標洪水対策量の80%まで到達した」。奈良市河川耕地課は「大和川水系最上流に位置する自治体として、一歩一歩進めていきたい。より低コストの治水を目指す」と話している。