奈良県市町村総合事務組合が退職手当基金で保有していた仕組債を満期前に売却して巨額の元本割れが発生した問題をめぐる取材は、県内の複数の市町の情報公開制度が、住民に限定せず誰にでも開示申請を認めるものであったことが、大きな力になった。これがなかったら事実解明はかなり困難なものになっていた。
「奈良の声」は、組合が長期塩漬けの問題などが指摘されている仕組債を保有しているとの情報を得て、組合に評価損の有無などについて取材した。組合は仕組債の多くを売却したことを明らかにしたが、売却額だけでなく元本割れの有無についてさえ答えなかった。
組合が公にしている毎年度の決算書は有価証券総額の増減を記しているだけで、仕組債を保有していることを示す情報は全くなかった。加えて、組合はまだ情報公開条例を制定していないうえ、当初はそれを問い合わせに答えない理由にもした。
そこで、組合を構成する市町村に対し、組合が配布した関連文書の開示を申請することにした。情報公開制度は県内の全39市町村にあるが、多くは申請の対象者を住民か利害関係者に限定していた。一方で3分の1に当たる14市町が誰でも開示を申請できる制度にしていた。
14市町のうち、奈良市など7市町は誰にでも請求する権利を保障し、大和郡山市など残る7市町は開示努力義務の規定を設けていた。努力義務規定の場合、行政不服審査法に基づく不服申し立ての権利がない。一般に請求権に基づく申請を「開示請求」、努力義務規定に基づく申請を「開示申し出」と呼び、区別している。
「奈良の声」は14市町のうちの13市町に対し、本年4月下旬から5月にかけて開示を申請した。この他、住民などに限定している河合、広陵の2町にも、組合構成市町村の一つである奈良市の納税者として、請求権のある利害関係者の立場で申請した。
結果は、申請した計15市町のうち14市町が全部開示か一部開示かの違いはあるが、開示した。開示しなかったのは申請者を住民などに限定している広陵町。請求権がないとして申請を却下した。一方、同じように申請者を住民などに限定している河合町は請求権を認めた。請求権をめぐる2町の判断は分かれた。
また、努力義務規定のある市町に対する申請でも、斑鳩町と上牧町に対しては、開示申し出でなく、奈良市の納税者として利害関係者の立場で開示請求したが、いずれも請求権を認め開示した。この中には、利害関係者として開示請求することを勧める町さえあった。一方で、利害関係者として開示請求することを希望しても、請求権を認めるのは難しいとして開示申し出による申請を勧める市町もあった。
こうして開示された組合の内部文書のうち、2011年11月4日付の「奈良県市町村総合事務組合の退職手当に係る負担金率引き上げについて」とする文書では、売却に伴う元本割れの額が少なくとも19億円に上ることが判明。組合の2009年度決算残高証明書では、保有する仕組債の銘柄やそれぞれの利息の金利、当時の評価損の額などが分かった。これが一連の問題の第一報につながった。
県内で開示の申請ができる人を制限している市町村は、五條市・吉野郡地域と桜井市・宇陀市・宇陀郡地域が目立つ。市町村などの情報公開制度において、開示の申請ができる人を制限すべきでない。水源地の自治体が保有する水源に関わる情報を、下流の住民は知る権利がある。住民の生活環境に影響する産業廃棄物の不法投棄問題は、しばしば都道府県境を越えて発生する。また、報道に携わる者や何らかの問題告発に関心を持つ者が、所属する会社の所在地や自らの在住地に限らず開示を申請できれば、市町村などに対する行政監視の機会は増えるだろう。