生活保護・通院交通費の遡及支給 奈良市の申請却下に対し、取り消し求め男性提訴
通院交通費の申請却下取り消しを求める訴え起こし、記者会見する橋本重之さん(左)と代理人の弁護士=2015年10月28日、奈良市の奈良弁護士会
奈良市が市内の生活保護利用者の男性に対し、通院交通費を5年前にさかのぼって支給すると通知しながら、その後一転して申請を却下した問題で、男性は28日、市を相手取り、却下処分の取り消しや交通費支給の義務付け、国家賠償法に基づく119万円の損害賠償を求める訴えを奈良地裁に起こした。
男性は同市の橋本重之さん(81)。橋本さんはことし5月20日付で、却下処分の取り消しを求める審査請求を、審査庁である県知事に対し行ったが、この日まで裁決はなかった。生活保護法では、期限の50日以内に裁決がなかった場合、棄却とみなすことができるため、提訴に踏み切った。
訴状などによると、橋本さんは2006年から最近まで生活保護を利用していた。当初から、病気治療で定期的に通院をしていたため、当時の市のケースワーカーに交通費の支給を受けられないか相談した。通院交通費は最小限度の実費が支給されるにもかかわらず、ケースワーカーはそうした制度があることを伝えず、「出せない」との返答を繰り返した。
橋本さんが13年10月、市民団体「奈良県生活と健康を守る会」の支援を得て、あらためて交通費の支給を求めると、市は前月にさかのぼり同年9月以降の交通費を支給した。さらに、それ以前についても、通院回数を確認できるレセプト(診療報酬請求明細書)の保存期間(5年)の範囲で支給すると、14年7月、文書で橋本さんに伝えた。橋本さんは、08年9月から13年8月までの交通費9万9730円の支給を申請した。
ところが、市はことし3月27日付で申請を却下した。市が支給に当たって厚生労働省に照会したところ、生活保護制度において、交通費の支給は事前申請が原則で、事後申請による保護費の遡及(そきゅう)支給が認められるのは当月と前月までとの回答だったためと、橋本さんに説明した。
訴状は、橋本さんはケースワーカーの虚偽の説明で交通費申請の機会を失っていたものであり、本人に何ら過失はないとする。また、橋本さんには交通費の支給を受けられる可能性があり、ケースワーカーは積極的にこれを教示し、申請を促す援助をすべきだったが、そのような義務が果たされなかったため損害を被ったとし、国家賠償法上、市は職員の違法行為による賠償責任を負うと訴えている。
損害賠償の119万円は、支給を受けられなかった交通費や精神的苦痛に対する慰謝料。代理人の一人、古川雅朗弁護士は提訴後の記者会見で、「自治体ではいまだに通院交通費制度の周知義務が果たされていない。提訴は経済的に取り返したいというよりも、同じように困っている生活保護受給者のために、態度を改めてもらいたいという意図」と橋本さんの思いを紹介した。
奈良市の塚本昭・保護第一課長は「提訴の内容を確認できていないので、今の段階ではコメントできない」と話した。