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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一
ジャーナリスト浅野詠子

奈良県)大滝ダム建設中のパンフ、「74万人が洪水からまぬがれる」に疑問 昨秋の台風21号で下流域に甚大な浸水被害

治水効果について「74万人が洪水からまぬがれる」と説明=旧建設省近畿地方建設局大滝ダム工事事務所発行の「日本一の多雨地帯 大台ケ原の雨を受けとめる大滝ダム」から

治水効果について「74万人が洪水からまぬがれる」と説明=旧建設省近畿地方建設局大滝ダム工事事務所発行の「日本一の多雨地帯 大台ケ原の雨を受けとめる大滝ダム」から

 昨年10月に発生した大型の台風21号の豪雨により、奈良・和歌山両県を流れる紀の川流域(奈良県内の名称は吉野川)では、347世帯が床上浸水の被害に見舞われ、国土交通省近畿地方整備局は関係自治体と浸水対策検討会を開くなど対応に追われている。国は上流の奈良県川上村に大滝ダムを築造し、本体のコンクリートを打設する前、一般向けの解説パンフレットで「伊勢湾台風がまたやってきたとしても約74万人が洪水からまぬがれるようにするため建設する」と治水効果を宣伝していた。

 大滝ダムは、半世紀の歳月と3640億円の公費をかけ2013年に完成した。パンフレットは旧建設省大滝ダム工事事務所(吉野町河原屋、当時)の発行。発行年は書いていないが、85年に完成した川上村の貯水池横断橋・北塩谷橋の写真を掲載し、また、未完成だった同村の白屋橋の完成予想フォトモンタージュを使用していることから、配布されたのは、85年以降、白屋橋完成の91年までの間と推測できる。

 紀の川の流域人口は現在、約67万人。昨秋の台風21号で、紀の川源流にある奈良県の大台ケ原観測所が示した時間最大雨量は52ミリ。下流の和歌山県のかつらぎ雨量観測所では、観測史上最大の日雨量219ミリを記録した。このとき大滝ダムは約1500万立方メートルの雨水を貯留し、奈良県五條市新町付近の紀の川の水位は0.9メートル低下し、下流のかつらぎ町三谷付近は0.5メートル低下したと、近畿地方整備局は効果推定を公表している。

 しかし支流に当たる和歌山県の貴志川や七瀬川、大谷川などの各地で浸水被害が相次いだ。その大本には、紀の川の水位上昇があり、たとえ上流で大容量の貯留が行われても、支流の堆砂対策や河川整備が遅れ、本川における狭窄(きょうさく)部の未解消、流域全体の内水の排水対策の遅れなどが絡んで、被害が拡大したとみられる。紀の川市那賀西脇地区では斜面が崩落して1人が死亡、家屋倒壊により1人が重傷を負った。

 これら被害事実を総合すると、大滝ダムの防災効果が万能であるかのようなパンフレットの説明には疑問があり、当時の建設推進の根拠が揺らぐことになる。

支流ごとの対策、後回しに

 大滝ダムの巨額な工事予算は年々、青天井のごとく上昇したのに対し、支流ごとに急がれる個別の細かな対策の予算は、後回しになってしまった。大滝ダム建設についても環境面などでのデメリットはあり、水没や地滑りで移転したコミュティーを分断し、独特な林隙(りんげき)集落や河川文化の消失に伴う損害について、公共機関が検証したことはない。

 大滝ダムが完成後間もない半年後には、台風18号による大雨で、下流の五條市川端地区や上野公園の一部が浸水したことを県議の秋本登志嗣さん(自民)が議会定例会で取り上げている。紀伊半島大水害により堆積した土砂で河床が上昇した地点があり、また支流、丹生川からの流入量が想定外だったことが一因とみられる。再び、昨秋の台風21号の発生により、上野公園付近が浸水し、阪合部地区2カ所の市道が冠水し一時、通行止めになった。

 近畿地方整備局は今年1月、台風21号による浸水対策検討会を開き、流域の2県7市町と会議の場を持った。これに先立ち、同局は流域自治体に対し、内水対策に関するアンケートを行っており、記者は情報公開制度を利用して、その内容を閲覧した。

 それによると、「雨水幹線の整備や雨水ポンプ場の建設には多額な費用と長い期間が必要で、市民ニーズに対し整備が追いついていない」(和歌山市)、「市町村レベルでは限界がある。紀の川の抜本対策として、水位を下げる堆砂除去や樹木伐採、狭窄部対策を図ってほしい」(和歌山県橋本市)、「国で、内水対策の交付金の要綱を緩和していただきたい」(同県かつらぎ町)などの声が出された。

 紀の川水系で計画が凍結された紀伊丹生川ダム(和歌山県橋本市・九度山町)、入之波ダム(川上村)の復活を求める意見はなかった。近畿地方整備局は「紀の川流域の浸水対策検討会は近く第2回目の会合を開く」と話している。【関連記事へ】

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