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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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ジャーナリスト浅野詠子

講演録)知事からの〈重症警報〉を跳ね返す~奈良市一般会計借金の深層

奈良市なら100年会館。建設費は30年償還、まだ返済途中=同市三条宮前町、2022年3月8日

奈良市なら100年会館。建設費は30年償還、まだ返済途中=同市三条宮前町、2022年3月8日

 (本稿は、浅野詠子が「奈良の声」や著書などで伝えてきた奈良市一般会計の課題を踏まえ、2022年2月27日、奈良市西部公民館で開かれた、県域水道一体化問題などを学ぶ市民の学習グループで講演した内容を修正し再構成したものです)

 本年は奈良市の直営水道が開業100年を迎えます。世代間の負担の公平を貫かんとした1世紀でありましょう。本日は、水道料金などをもとにした公営企業会計の世界ではなく、税と地方債などで構成する市役所本体の一般会計に分け入り、財政の課題を探ります。

 まず、重症という人体の傷病に使う言葉をもって自治体の財政課題を警告する県のやり方に異議を申し上げたい。奈良市のブランドに傷が付き兼ねません。跳ね返す言葉を皆さんと共に探りたいです。

 同時に、いまだ知られざる不良資産にまつわる借金について解剖していきます。何代も前の市長の時代から引き継いできたものではあるが、自治体とは、地域共同体という側面がありますから、そういうものも首長は両肩に乗せて行政を運営していくことになります。

 しかし、何の責任もない若い世代に本当のことを知らせずに負担を押し付けることは許されません。さらに、奈良市は財政力がなかなか良好で、不交付団体の時代もあった。県内では生駒市に財政力指数の王座を明け渡してから久しいが、それでも良好であり、交付税をもらう比率は低い。自主財源という自前の税収によって市政を運営できる力があるのに、奈良市民が市役所に納税するその一部が、訳の分からない借金に消えていくのは悲劇だと思います。

 知事が重症と非難しているのは、「将来負担比率」という数値の悪化です。財政の指標が良好かどうかは、まず人口規模や産業構造の似通った団体と比較するのが原則です。奈良市は中核市なので、この全国62市との競争になります。近隣を見ても、東大阪、姫路、豊中、高槻など、実力者ぞろいの都市群と財政の数値を比べ合うのです。

 奈良市が中核市入りして本当に良かったと思います。もう20年になるのですね。30万都市にも政令市並みの権限を…という運動は、全国市長会の要望からスタートしました。すなわち霞が関の官僚の作文から始まったのではなくて、公選の長の団体の着想から生まれた制度です。

 この制度が始まった1996年、厳しい要件がありました。昼夜間人口比率です。昼間の勤労人口や学生人口が少ない都市は、中核市になれなかった。奈良市はこれがなかなか克服できない。ご存じのように、大阪に勤務して寝に返ってくる夜間の人口比率が高いということです。戦後、市西部の第1種低層住居専用地域の良好な住宅地群が拡大を続け、これこそ奈良市の人口増、財政力の源泉を成したのですけれど。

 昼夜間人口比率の要件を突破して、堂々、中核市入りした近隣の自治体は和歌山市です。職住近接ということで、仰ぎ見ました。北陸の金沢市、中部の岐阜市なども見事、中核市入りを果たします。でも、こんな厳しい条件では、中核市はなかなか増えません。そこで国は昼夜間人口比率の要件を廃止し、奈良市をはじめ各地の30万市が続々と名乗りを上げていきます。

 奈良市は将来負担比率が悪い。これは財政規模に対する借金の重さを表し、一般会計はもとより、特別会計、公営企業会計、公社、三セクすべての借金の合計の比率をもって類似団体と比べます。

 新しい財政指標です。北海道夕張市の破たんをきっかけに2008年に新法・財政健全化法ができ、これに基づくものです。かつて夕張市は粉飾決算が明るみに出て、特別会計間の違法な貸し借りなどが問われ、闇の債務が膨張しました。旧産炭地ですね。1981年、93人が犠牲になったメタンガス突出・ガス爆発事故によって北炭夕張が倒産し、取り残されてしまった炭鉱会社の社員住宅とか炭鉱会社系列の病院などを市が市民の生活を守るために引き継いだそうです。そして地域の基幹産業がなくなってしまったから、観光開発をぐんぐん進め、重い借金が残されました。

 だから夕張の財政破たんの理由は、当の市民が一番よく知っていると思います。しかし奈良市民は、自分のまちの将来負担比率がなぜ高いのか、よく知りません。そこが問題です。特に土地は目につきません。

「交付税措置」売り物に県が誘導した市町村公共事業

 本日の主要なテーマである奈良市の不良資産のお話に入る前に、公共事業の箱モノについて少し触れます。市の代表的な文化ホールとしてJR奈良駅前に100年会館がありますね。当初は300億円の総事業費構想で出発し、建物だけで228億円。1995年度に事業着手して借金が始まり、返済は30年間。ですから今も市は建設事業費の借金を返しています。大川市政に始まり、鍵田、藤原、現在の仲川市政に至るまで市長4代にわたっています。

 着工当時、「ああいう大型の文化ホールは竹中工務店が落札するだろう」という見方が市議会筋でなされていました。しかし実際には大林組が勝利します。「天の声だ…」と市議たちが口にしていました。入札は不調で、応札した各社がいずれも予定価格を上回る札を入れたため、不落随契といって、各社中最低の札を入れた社が工事を取りました。このようにスタート時点から競争性が乏しい発注でした。

 奈良市の幹部は「このホールの建設費のうち、なんぼかは地方交付税で戻ってくるんや」と宣伝しています。中には「半分くらい戻ってくる」と期待する職員もいました。

 このメニュー、県庁が市町村に対し、盛んに勧めていた「地域総合整備事業債」です。国の公共投資基本計画と連動したものでした。その結果、2000年前後には、奈良盆地にデラックスな市町村文化ホールの建設ラッシュを迎えます。特に市町村合併の最短距離といわれ、残念ながら挫折した王寺町周辺では、わずか半径2キロの圏内に4つの町が個々に事業化した4つのぜいたくな文化ホールが相次いで着工しました。

 奈良市の100年会館はひときわ豪勢で、大ホール1476席、中ホール434席などを備えた施設ですね。でも目と鼻の先に県立の立派な大ホールがある。県と市が調整して建設していれば、互いの施設の経営成績はもっと良くなったのではないですか。

 交付税が戻ってくるという話でしたが、一体どれだけ有利だったのか、奈良市の情報公開条例に基づき、100年会館建設に伴う交付税優遇措置の金額、実績を知りたいと先日、開示請求しました。

 回答は「文書不存在」です。つまり、県が有利だと勧めた大型箱モノのメニューは、どういう軌道をたどってきたのか、具体的な実像を納税者が知ろうとしても、公文書としては残っていません。しかし、そこで門前払いしないのが、奈良市役所の親切なところです。本日、皆さんにお配りした資料のうち5枚目をめくってください。これは財政課が参考までに作成してくれた資料で、100年会館建設に伴い交付税算定の基礎の一つとなった「基準財政需要額」と起債との関係などが書かれています。

 公文書は見つからなかったが、「知る権利」に応えようということで、情報提供の一環として作成されたのです。庁内にはそういう努力もあるわけで、間違っても「重症」みたいな言葉で非難してはならないと思います。

 せっかく作成してくれたのですが、100年会館建設に伴う交付税の具体的な金額は判明していません。高校の現代社会の時間みたいになってしまいますが、ご存じのように交付税は、標準的な行政の仕事(基準財政需要額)と税収の差額ですよね。この資料によると、100年会館建設に伴う起債額に対し、68億円ほどが「基準財政需要額」に加算されてはいる。しかし交付税なのだから、その年度に地域経済が好調だったりして税収が増えたら、相殺されてしまいます。それに「交付税で戻ってくる」という殺し文句、同じ中核市の中でも、不交付団体の企業城下町、豊田市とか岡崎市、豊橋市などに対して、この箱モノのメニューって、どう説明されていたのでしょうか。

 奈良市の年間の「基準財政需要額」は560億円くらい。堂々たるものです。100年会館の借金を返済する30年間での合計では1兆5000億円は超えるし、そのうちの交付税額を案分したところで、豆粒、ケシ粒のような額に思えてきます。何か方便のような箱モノ誘導があったのか、そんな気がしてきます。

 しかし皆さん、100年会館も着工して27年。ここで生まれ育った子どもたちはすでに成人して社会人です。駅前の身近な文化ホールですね。ふるさとの原風景のはずです。大切に育ててほしいものです。

 この「地域総合整備事業債」を活用した好例の一つとして、川西町の文化ホールがあります。町は客席を500席に抑制しました。築地小劇場のサイズですね。完工と同時に地域住民による町民劇団が発足しています。特に開館当時の直営の時代、演劇のプロが見れば、照明の技術者が優れていることがすぐに分かり評判になりました。この技術者は、尼崎のJR福知山線の脱線事故で不帰の客となったが、箱モノに魂を入れた。公務の本旨を成した人であります。

 同じ人口規模でも近隣の上牧町は、当時の町政が客席を1000席と膨張させてしまい、それが裏目に出て、財政の悪化に拍車をかけていきます。奈良市と似て、昔の町政が無駄な土地買いに狂奔していた時代もあって、とうとう、あの夕張破たん後の新法、財政健全化の指導団体に転落してしまいます。

 指導する官庁は日ごろ地方自治法を司っていて、「重症」みたいながきっぽい言葉は使いません。上牧町は実質公債費比率が引っ掛かり「早期健全化団体」に指定されます。言葉は優しいけれど、指導はなかなか厳しい。一定期間、起債の制限をかけられます。行政が一日も借金と無縁で運営するなんて考えられません。このとき水道料金も値上げ…これはまあ穏当で、適正な利潤が生み出されれば内部留保となって、やがては市民の水道管を強くしていく。しばらくの間、固定資産税の税率も少し上がり、住民は協力して頑張ったそうです。再生の町ですね。同じ西大和ニュータウンの河合町の識者が言っていました。「遠くの先進地を視察するのも良いが、隣の上牧町の財政健全化の取り組みを聞くにつけ、実に学びがいがあった」と。

 何代か前の上牧町政は、過去の奈良市政の不良資産増大と似た放漫さがあったけれど、上牧町は分母の財政規模が小さいので、いったん財政が悪くなると、たちどころに健全化法の指導に引っ掛かってしまいました。

 何より、巨費で着工した上牧町の文化ホールの起債は県が許可しています。小さな町の無謀な計画が止められないのであれば、何のための許可制だったのですか。県はチェック機能を果たしたのですか。

 このたび、奈良市を筆頭に複数の市町村に対し「重症」という烙印(らくいん)を押し、報道発表までして得意になっているが、この際、県庁は自画像を描かれてはいかがでしょう。

 「重症」というこの言葉は、県議会が議決した用語なのですか? 市町村と都道府県は対等・協力の関係であることが閣議決定され、分権一括法が施行されてから20年余りがたちます。事務区分の違いはあっても、どちらが上でも下でもないと思います。技術的な助言を県に求めることはあるでしょう。しかし市町村職員によっては、いまだに県庁のことを上級官庁と信じている人がいます。

知られざる不良資産

 では、このたび、財政悪化の要因として県から指摘を受けた奈良市の「土地開発公社解散」(借金返済額173億5000万円)について解説していきます。

 解散そのものに悪化の原因があるのではありません。何代も前にさかのぼる西田市政の時代、特に大川市政の時代に市の外郭団体である市土地開発公社を迂回(うかい)させて大量の無駄な土地を買っています。ほとんど何の利用もされず、このままいつまでも遊休地を公社に持たせていると借入金の金利がかさみ、どうしようもない浪費になるので、公社を解散させ、特別の起債によって市の一般会計から毎年、借入金を返済しているのです。

 この借金、まだ110億円ほど残っていて、返済は2032年まで続きます。その中身を市民は知らない。特に、何の責任もない若い世代に対し、市は詳しく説明する努力が大事だと思います。

 市民の目に付かないところで購入され、何の利用もされていない山林は市内に複数あります。

 背景には1972年に施行された公有地拡大推進法という法律があります。田中角栄内閣がスタートした年で、法案はその前の佐藤内閣のあたりから練られていたかもしれません。法律は、公共事業用地を円滑に取得することを目的とし、市町村、都道府県が設置した用地の買収機関たる土地開発公社は、地方議会の議決なしに土地を取得でき、当時は、情報公開の対象にもなりませんでした。

 一方、地価が上昇しているときに、この仕組みを適正に活用すると、用地費を節約できます。しかし奈良市は地価が下落してからも大量の土地を公社に買わせ続け、取得の必要性も怪しい訳ですから損失は拡大していきます。

 それにしても、地方議会の審議をすっ飛ばし、情報公開を免れることができる制度なんて、現代の価値からは随分、乖離(かいり)していますよね。

 ですが、議会改革のトップランナーといわれた三重県議会などは、わざわざ議決事件を拡大して議員さんたちの仕事を増やし、土地開発公社の土地取引を監視しようと努めたと聞きます。

 奈良市議会はどうでしょうか。歴代議長が調査を先送りしてきたのではないですか。

 奈良市の土地開発公社は、ひどいときは、簿価の合計で400億円ほどの債務を計上した年もあります。無駄な公有地は市内全域に点在し、その面積の合計は40数ヘクタールにも及び、若草山の表面積と同じくらいの広さになります。

 土地買収の名目は道路建設、駅前整備、観光振興、文化振興、人権政策、スポーツ振興など、これまた多岐にわたりました。有数の観光地である奈良町においても塩漬け土地が発生しました。私はこれまで市役所の複数の部署に対して関連文書の開示請求をしており、財政課などが作成した起案書、各課が保存する不動産鑑定書などを入手していますが、取得当時の詳しい状況や必要性を十分に検討した資料を得ることは難しくなっています。

 とりわけ、不毛土地がたくさん集まってきた部署に公園緑地課という課があります。こんな話ばかりをしていると市役所巡りみたいな時間になってしまうので、そろそろ論点を変えていきたいのですが、公園という本来の理想的な空間が、かくも恐ろしい無駄を生むのかと考えさせられます。

大川市政時代、市の外郭団体・市土地開発公社に高額で買収させ、今も用途が定まらない山林=2013年3月24日、奈良市二名7丁目

大川市政時代、市の外郭団体・市土地開発公社に高額で買収させ、今も用途が定まらない山林=2013年3月24日、奈良市二名7丁目

 それにしても、用地買収の機関である土地開発公社という名称、いかにもかったるい長々とした名です。市役所の一つの係と思ってください。

 くだんの公園緑地課が持たされた遊休地の中に奈良市二名7丁目の山林があります。端緒は、猫の額ほどの、それは小さな土地をある地権者が市に寄付し、それがもとで「西ふれあい広場」という、いかにもやる気のない名称の事業を市は計画し、同じ地権者の周辺土地を次々と公社に買収させ、最終的には4.8ヘクタール、計18億円もの異常な高値で取得されています。何の利用もされていません。

 錬金術みたいです。ふつうの市民はこんな手法、考えつくものでしょうか。

議員が関与していた

 私は2009年「土地開発公社が自治体を侵食する」(自治体研究社)という本を書きました。奈良新聞の記者時代に取り組んだ連載「土地開発公社 闇の自治体財政」などの記事が編集者の目に止まったのだと思います。8年後の2017年、天理市の元議長、吉井勇さんから「ぜひ続編を書いてほしい」と言われ、奈良県地方自治研究センター刊行の「自治研なら119号」に「疑惑を棚上げし土地開発公社が解散~自治体の用地先行取得制度を濫用した者たち」という原稿を書きました。

 2冊の本には、不当な土地取引に関与した2名の議員が実名で登場します。いずれも市議会の有力者といわれた元議長、浅川清一氏と酒井隆氏です。皆さん、土地開発公社は伏魔殿みたいな所ではないですよ。私たちの身近な地方議員とつながりの深いところであり、私たちの生活と地続きであると思ってください。

 ですから財政の健全化は議会改革と一体のものだ、という視点を本日の集いでお伝えしたいと思います。

 知事からの「重症警報」を跳ね返す言葉は何がよいでしょう。実に不毛な土地が買われ、莫大な借財を市民みんなの財政で負担しています。この不条理…民主主義を確かなものにするための授業料と考えるのはどうでしょう。

 浅川氏は奈良市の大会派を率いて大御所と呼ばれた人物です。90年代、わずか70坪のJR奈良駅前の保有地を、市営住宅の駐車場名目で5億5500万円で公社に買わせ、その後、何十年も放置され、大きな損害を出しました。特に問題なのは、市役所の命を受けて土地開発公社が買収をする直前に、当初に起案された金額より1億円の上乗せがされており、市財政課には上乗せしたことについての起案書さえ残っていません。

 私腹を肥やしたという疑いよりも、大会派を維持したり、議長選に勝利したりするのに金が要ったのだろうかと推察もできます。まさに地方版の「政治と金」です。

 酒井氏は生駒市の元議長です。生駒市そのものは健全な財政ですが、土地開発公社を介した闇の取引によって、酒井氏はあっせん収賄罪の実刑が確定しています。判決文は大阪地検で書き写しました。「自治研なら119号」で事件について書きました。

 話が前後しますが、先ほど触れた奈良市の西ふれあい広場を巡っては、「生駒市で事件になるのなら、西ふれあい広場が事件にならないのはおかしい」という当時の奈良市職員の声をニュース「奈良の声」編集人の浅野善一が聞いています。

 公判の記録は、市役所の中の生々しい場面を再現しています。2003年、2人の課長が当時の中本幸一市長のところに来て「酒井先生がこんな土地を買えと言ってきています。事業計画も決まっていないのにどうしましょうか」と相談するのです。

 当時のことを、たぶんありのままに中本さんは供述しているでしょう。「市役所の有力者である酒井とは対立したくないと考えていた。酒井とうまくやって行かなければ行政をスムーズに進められないと危機感を感じていた」。酒井氏は議案の否決をちらつかせ、市政と市議会の二元代表制を巧妙に悪用したのです。

「公社で抱かせなしゃあないな」(検察官調書から) 

 中本さんは背任で起訴され、公判中に他界します。本当のことを言い残してくれたように思います。問題の土地取引で利益を得た不動産業者から受け取った800万円はすべて競馬に使ったと供述しています。孤独なリーダーの影が浮かぶ。「悪銭身につかず」と中本さんは公判中の調べでもらしています。

 酒井氏は土地開発公社の事件以外にも、足湯建設の公共事業を強引に市に働きかけて受注業者から現金を受け取り、こちらも有罪になりました。市に工事を強要する際に酒井氏がちらつかせたのは「決算の不認定」でした。当該の年度に行った市の仕事を認定しないということは、市長の不信任に匹敵する重要なことに当たります。

 この切り札を差し向けた相手は、市の助役でした。県から出向していた優秀な職員でした。当時、庁内に酒井氏に逆らう者はいなかったのでしょう。今となっては、元助役を責める人は誰もいません。ですが、こういう緊迫した場面が繰り返された中で、県庁の権力が防波堤になってくれたという話は聞いたことがない。だから、市町村に対して「重症警報」なんて言葉で非難するのはやめておけと言いたいです。

 思えば、土地開発公社問題を取り上げた私の著作は、いずれも編集担当者から「書いてくれ」と提案されたものです。そりゃあ、依頼されれば実績になるので一生懸命取材して執筆しました。でも本になったのは私の直接の意志ではない。いずれの著作とも、版元は公務の労働者や自治体の労働組合などとゆかりが深いです。見えざる何かから背中を押されたような気もします。

 財政健全化は議会改革と両輪だと申しました。でも、このところずっと議員削減ブームですね。奈良市は一般会計だけで1300億円ですよ。これに特別会計、公営企業会計などを加えると一体いくらになりますか。日本は租税国家を採用しているのだから、誰から、どのくらいの税を徴収し、いかに使うのか、この論議が政治の生命です。予算、決算の数字は、すべて検証されていますか。

 議員が重要な数字を見落としていた事例を二つほど挙げてみます。藤原市長の時代に、新しい保健所を建設することになり、立地の周辺住民から犬猫の殺処分施設を設けることに厳しい反対意見が出ていました。当局は大変困りまして、とうとう道路を移動する車輌の中で炭酸ガスを使って犬猫を処分する方法を、移転前の旧保健所(奈良市西木辻町)のときに導入、新施設に引き継ぎます。この予算、議員が見落としているんですよ。何か論議されましたか。仲川市政はこの残酷なやり方を廃止し、犬猫の譲渡に努め、殺処分ゼロを達成しました。保健所の権限は、市が中核市に名乗りを上げたから獲得できたものです。

 この保健所が入った箱モノがJR奈良駅前の「はぐくみセンター」ですね。県が発令した「重症警報」によると、この施設の建設に143億5000万円かかったことを指摘し、財政悪化の一要因であると指摘しています。

 私はこういう書き方にも異議を申し立てたい。だってこの用地、元はと言えば、奈良市の土地開発公社が保有していたものですよ。ずっと塩漬けだったら、どうなるのですか。市が買い戻さなかったら、もっと財政に悪影響を与えていたと思います。

 周辺には、西田市政の当時、市の公社が国鉄清算事業団から割高な値段で買った土地があり、用途が定まらずに遊休地になり、おまけに土地の下には旧国鉄時代の産廃まで入っていた。なぜか奈良市の負の遺産は、重たい歴史がのしかかっています。

 もう一つ、議員が見落としていた予算案を紹介します。財政が厳しい中で奈良市は省線最後の社寺ふう駅舎といわれたJR奈良駅舎を大切に保存しています。これは県庁が取り壊そうとしたところ、大川市政が手を挙げ、引き受けました。昭和初年の近代化遺産です。しかし2014年、駅舎と同じ時代に建てられた市内最後の木造旧村庁舎、旧都跡村役場については何の論議もなく、市は簡単に取り壊してしまいしました。建物は、近代和風と呼ばれ、建物の近代化と古都の景観保全という二つの命題に挑んだ作であり、建築史的には、旧県立物産陳列所(現・奈良国立博物館仏教美術センター)、東向商店街の奈良基督教会堂などと共に一連の流れの中に位置します。

 旧都跡村役場は、県教育委員会の近代化遺産悉皆(しっかい)調査において、調査の委嘱を受けた国立奈良文化財研究所の専門官は「最少規模の庁舎と議事堂がそろって残っている」と高く評価していました。それなのに取り壊しのときは、産廃扱いです。私は、奈良市教育委員会文化財課の建築担当、山口係長に掛け合い、棟札だけは取り出してもらいました。

 公民館、連絡所として使われていましたから、予算書には、単に再整備に関する説明しかなかったと思います。議員の目に付かなかったのではないでしょうか。予算、決算の一つ一つの数字を綿密に検証していくとしたら、議員の定数は決して多くない。こんな議員ばかりだったら、議員報酬だって決して高くありません。

 一見、無味乾燥のように映る予算、決算の数字の世界。いつも政治は動いているし、財政の情報には霧がかかっているように感じます。しかし、天与のもの、天職であると使命感をもって近づこうとする者には、霧が晴れるときもあり、常に職人のような経験と勘を積んで情報を分析していくしかないと、西吉野村長だった堀栄三(旧陸軍大本営情報参謀)は著作の中で語りかけます。

第三者委員会の報告より後退した市の広報

 奈良市の財政課題などを巡り「もう犯人捜しはやめましょう」と言った識者がおります。数年前、市役所6階の正庁で行われた職員養成塾で講義をした高名な財政学者、小西砂千夫氏がそう述べていました。

 私は思いました。ホシを挙げるために奈良市の財政を分析しているんじゃない。自治体の財政と向き合うことで、敗戦から歴史浅い日本の民主主義や地域のこれからを考えたいと思っています。私の著作において問題の議員が実名で出てくるのは、正確を期すためです。たとえ言いにくくても、言わなければならないことがあるのです。

 その小西氏が講義した当時は、奈良市が財政悪化の元凶・土地開発公社を解散させ、残された負債を20年間で返すことが決まっていました。「市長はしんがりだ」と氏は高く評価しました。

 違うなと思いました。しんがりというのは、会社の廃業が決まり、しかし株主や従業員に説明責任を果たすため、元役員らの違法行為に対し徹底調査をした山一證券の嘉本常務のような人のことを言うのではないですか。破たん原因を究明し尽くしたても、明日には、30年勤務した会社はなくなるというのに。

 奈良市の公社解散に際し、市が発行した地方債は、国のお膳立てによるものです。皆さん、自治体が借金できるのは、建設工事や土木工事、水道事業などに限られますよね。なぜ不良外郭団体の清算で生じた債務を市役所が20年返済できるのか。これは政府が時限立法を講じて、特例の借金として認めたからです。すなわち、全国各地に土地開発公社を迂回して自治体が買わせた遊休地が山のように残されたのでした。そのつけを若い世代に肩代わりさせる。それなのに「改革債」なんて名前を付けた。それがしんがりなんでしょうか。いつまでも公社が塩漬け土地抱えていたら、金利負担が膨張し、最終的には市役所本体の損害は拡大していくのは事実で「損切り債」といったところでしょうか。

 正式には第三セクター等改革推進債といいます。発行に際し、奈良市が弁護士、公認会計士らでつくる第三者委員会に調査をさせ、2011年、ある土地について、次のような報告がなされています。

 「取得の必要のない土地であり、土地開発公社が高額な取得価格をもって、特定の個人の便宜を図る趣旨で取得したのではないか。買収ありきで進められ、土地の必要性の検討が十分に行われなかった可能性がある」

 氷山の一角にすぎません。この土地は体育施設を整備する目的が掲げられ、3.8ヘクタールの山林を市の公社は3億6000万円で買収しています。ずっと塩漬けのままです。もともと進入路などはありません。

 出水順弁護士を委員長に熱心な調査が行われました。ところがこれを受け、奈良市が作成し、市民だよりで広報した報告書は、内容が著しく後退しています。不良資産の発生を日本経済、世界経済のせいにして、不毛土地の必要があったのかなかったのか煮え切らない表現があります。行政の無謬(むびゅう)神話が復活したのですか。

 やり直してほしいと思います。現時点で不明な点は不明であると書いたらいいのです。問題土地の返済はまだ2032年まで続きます。あと100億円くらい返すのですが、何も責任のない若い世代に真実を知らせなくてよいはずがありません。

 そして公刊を勧めます。奈良市には輝かしい市史十数巻があります。建築編などは観光ガイドのバイブルと言われます。この何十年の間、財政を苦しめ続けた負の遺産の正体を洗い直し、誰でも図書館で閲覧できるようにしたらどうでしょう。

 教訓を残すことが主たる目的ではありません。刊行するということは、常に新しい事実が掘り起こされることが期待できます。誰かの沈黙が破られるかもしれない。そのつど書き直して行くこと、改訂に改訂を重ねることが奈良市財政健全化に向けた使命のように思います。

 公有地拡大推進法のもと、全国各地におびただしい土地開発公社が存在しました。このうち長期の保有地を持たず、計画的に自治体が買い戻し、健全な経営をしてきた公社はどのくらいあると思いますか?

 およそ2割です。決して少ない数字とは思えない。むしろ何だか救われる感じがします。1割じゃなくて良かった。敗戦後に出発した民主主義を確かなものにしていくのは、これからだと思います。

 一度、解散しても、土地開発公社は再び、設置することができます。最近では広陵町で復活しました。工業団地の造成などに伴うものだそうです。行政にしてみたら公社はやはり使い勝手が良いでしょうか。

市民が作った財政白書に学ぶ

 市民が自治体の財政に親しむ先進例として、大阪府守口市民が2016年に取り組んだ市役所の財政白書作りを紹介いたします。ここは戦後間もないころ、井植歳男(松下幸之助義弟)が三洋電機を創業した土地であり、企業城下町と呼ぶにふさわしい都市でした。しかしリーマンショックで同社が失速すると、市の財政は直ちに影響を受けることになります。市民たちは、市が基金などを取り崩し、かろうじて黒字を計上する様を追跡し、これからの財政健全化の道筋を探ります。

 産業構造も財政課題も、奈良市とは異なる自治体ですが、人々の取り組みは大いに学ぶべきところがあります。市の財政の主要な数値を時系列で何十年にもわたって追い掛け、グラフを描いて分析するなどして、わがまち財政の実像をつかもうと奮闘しました。

 人口15万人にして法人市民税が年間約72億5000万円という時代があったそうです。すごいですね。しかし2015年度は約14億5000万円まで落ち込んだといいます。

 皆さんのお手元にお配りした「決算カード」。これはすべての市町村、都道府県が作成しています。少なくとも20年くらいさかのぼって集め、主要な数値を取り出して眺めていくと、財政の入門になります。市民版の財政白書作りの活動は、大和田一紘さんという研究者が考案しました。東京の西部で始まり、次第に各地に広がっていきます。

 本日の冒頭に申し上げたように、夕張市の破たんをきっかけに財政健全化法が施行され、2008年9月、総務省はすべての自治体の財政健全化判断比率の速報値を発表しました。「第二の夕張はどこか」と、関係者は固唾を飲んで発表を待っていたのです。このとき、「早期健全化団体」に転落してしまったのはお話した上牧町。御所市も該当しました。くだんの守口市は実質赤字比率が引っ掛かるのではないか、との予想が出ていました。

 市民が作った財政白書は、このあたりのところをドラマチックに取り上げています。市はどうしても「早期健全化団体」の烙印を押されたくないと、原則として取り崩しをしないことになっている新庁舎の建設基金など、いくつかの特定目的基金を取り崩していきます。さらに赤字を埋めるため、本来の目的と異なる退職手当債をひっそり発行していたそうです。ついに市は健全化法の指導を免れました。

 守口市民の財政白書が教えることは、数値史上主義に陥ってはならない、ということでしょう。

 奈良県庁が県都・奈良市などに発令した「重症警報」に伴い、経常収支比率を何年かかけて5ポイント下げれば、金利が高めの債務を借り換えする資金の一部を貸してやると言っています。でもね、先般、厳しい批判を受けた生駒市による、50代生活困窮1人暮らし女性の生活保護申請却下みたいな、もし、あんなことばっかりやってたら、扶助費は下がって経常収支比率も下がるかもしれないが、それでいいはずはないですね。

 この数値を下げるには人件費を抑制するやり方もあります。では全員非正規ならいいのでしょうか。それと借金をかなり抑制したらこの数値は下がるでしょう。でも公共事業をしないなんてことは考えられませんし、赤字の仕事を民間に請け負わせてよいはずもありません。何のための、どういう社会にしたいための5ポイント低下なのか、そこを県にお尋ねしたいです。

 それに借り換えがどうのという前に、信用力が著しく低下していた不良外郭団体、奈良市土地開発公社に対し、巨額の融資をしてきた金融機関の貸し手責任はまったく問われないのでしょうか。銀行側にしてみれば、公社がどんなひどい経営状況に陥っていたとしても、最終的には市本体が債務を保証することをよくご存じだったのでしょう。

 ついでに申しますと、かつて平城宮跡で操業していた積水化学工業に立ち退いてもらうため、県、奈良市、企業の三者は、工場が市内の中ノ川町に移転する覚書を交わしていました。しかし計画は宙に浮き、奈良市の土地開発公社は用地を先行取得して80億円ほど損をしています。県も分担してください。

 県の「重症警報」は奈良市に対し、民生と衛生の職員が多いと指摘し、技労職の給与水準が高いと非難しています。そこで、本日の勉強会に向け、「部門別配置状況」の中核市比較に関するデータを奈良市の人事課に出してもらい、皆さんにお配りしました。いかがでしょう。市の肩を持つわけではないですが、すでに人員の適正化計画を実践していると聞きます。一夕一朝に人間を減らすなんてことはできないのではないですか。

 この一覧を見て、むしろ、奈良市の税務の職員は中核市比較でこんなに少ないのかと驚きました。国税のマルサみたいのを増やせと言っているのではないのです。その逆です。税務は社会の矛盾が集まってくるところではないでしょうか。

 市税の柱、固定資産税は収入に反映せず、公示地価、すなわち土地の売買実例などをもとに課税額が決まります。マイホームを取得した若いときは順風であっても、リストラなんかに遭うと、ローンの返済も納税も厳しく、逆進性のある税目ともいえます。本当に困窮者なのか、悪質の滞納なのか、公平を見極める厳しい資質が税務の担当者に要求されると思います。

 県の「重症警報」は、所得を反映する個人住民税、所得は反映されない固定資産税を一緒に並べて、奈良市の徴収率と全国平均とを比べ、グラフにしています。さらに改善例として、県は真っ先に差し押さえを勧めています。コロナ渦で経済が困窮する人々はこれを読んだら、さぞ嫌な気がするでしょう。こんな時期にこういう発表をして、県は数値至上主義に陥っているのではないですか。

 国保料の収納率となれば、全国平均も低迷しています。国保料が払えなければ、医療は10割負担になってしまいます。大阪府堺市は前市長の時代、2008年ごろ、「国民健康保険セーフティネット」という取り組みを試行し、国保制度の適正な運営と信頼性確保のため、真にやむを得ない事情で保険料の納付が困難な人々に対し、必要な医療を確保するなどの支援をしていました。滞納世帯を訪問し、滞納保険料の徴収や生活実態の調査を行った上で、被保険者証などの交付による医療の確保を行っていました。人間らしい業務だと思います。

 さて、守口市民の財政白書作りと関連して、ある町議会が住民と一緒に作った財政白書のことをレジュメの最終ページに載せておきました。岩手県の西和賀町議会というところです。

 すごいと思ったのは、公募の住民と共に町議会が町の財政白書作りに挑戦したのです。公募なんて、保守王国の奈良県では考えにくい話です。誰が来るか分からない…文句いいの…うるさ型の住民が来るだろうかと、行政も議会も嫌がるんじゃないでしょうかね。

 白書を読むと、衛生費の増加を巡って、住民の側もリサイクルにもっと努力することが必要だと指摘するくだりもあります。こんなこと書いたら票が減るんじゃないですか。こういう仕事を若い議員たちにさせる議長さんというのは、政治家というより教育者のように思えます。ところで皆さん、この東北の町の道路予算において、トップの項目は何だと思いますか? それは雪かき、除雪の費用でした。気候、風土、歴史…財政白書は土地の匂いまで運んできますね。

 終わりに、奈良市財政悪化の元凶を見に行こうと、私は2013年、元銀行員の加門進二郎さんと共に「塩漬け土地ツアー」を企画し、市民30人が参加したお話をします。書を捨て町へ出ようという訳です。予算も限られましたので、奈良交通の貸し切りバスも路線バスのタイプの車輌が来るだろうと思っていました。ところが当日、集合地点の近鉄富雄駅前に、立派な観光バス、若い運転者さんの登場となり、感激しました。ここから西部の塩漬け山林、JR奈良駅西口の元議長疑惑土地、東部の無駄遣い山林などを案内しまして、市の財政に、いかに悪影響を及ぼしているかを解説しました。

塩漬け土地ツアーに参加した人々=2013年1月20日、奈良市鳥見町4丁目と二名7丁目の塩漬け山林の境界付近

塩漬け土地ツアーに参加した人々=2013年1月20日、奈良市鳥見町4丁目と二名7丁目の塩漬け山林の境界付近

 あきれて「生駒に引っ越したくなった…」と漏らす参加者が現れてしまいました。ちょっと待ってくださいよ、奈良市をもっと良くしようというツアーですから。交流会場は餅飯殿商店街すぐの居酒屋「蔵」の2階を貸り切って盛り上がり、その人に気を取り直してもらいました。

 お配りした1枚目に、奈良市と生駒市の境界の写真を添えました。外環状線の「ならやま大通り」ですね。奈良市側は松陽台、生駒市側は真弓南2丁目の辺りです。それぞれ公選の長がおりますから、街路樹の樹種もせん定の仕方も違います。生駒市側はナンキンハゼでしょうか。樹木が生き生きとしています。奈良市側はユリの木ですか。強せん定をして電柱みたい。この差も財政状況の違いによるものでしょうか。

奈良市と生駒市の境界。街路樹の樹種やせん定の違いがよく分かる=生駒市真弓南2丁目の付近

奈良市と生駒市の境界。街路樹の樹種やせん定の違いがよく分かる=生駒市真弓南2丁目の付近

 ツアーから早9年。くだんの彼は生駒市に転居することなく、元気で市民活動に励んでおられます。奈良市の財政を巡って、嫌な気分になってしまったと思いますが、知らないよりは知って良かったのではないでしょうか。私も、書かないよりは書いて良かったと思います。ご静聴ありがとうございました。

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