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浅野善一

水道ポンプ所建設、非常用自家発電「一体の設備」か 奈良の低層住居専用地域、「危険物」の燃料貯蔵で審査請求

建設中の飛鳥ポンプ所=2024年7月26日、奈良市二名3丁目

建設中の飛鳥ポンプ所=2024年7月26日、奈良市二名3丁目

 奈良市が市内の第1種低層住居専用地域に建設中の水道ポンプ所を巡り、隣地の住民が市の建築確認の取り消しを求めた審査請求は、一つの問題を顕在化させた。災害などによる停電に備えた非常用自家発電設備は、ポンプ施設と「一体のもの」として併設が認められるのか―。

 論議のもとになったのは、発電設備で使う燃料の軽油の備蓄倉庫(燃料タンク)。消防法上の「危険物」となる軽油は、同住居専用地域では単独での貯蔵が認められない。燃料タンクがポンプ所の一連の設備かどうかが争点になった。市建築審査会(会長梶哲教・大阪学院大学准教授、7人)は住民の請求を棄却したが、市の主張を全面的に認めたわけでもなかった。

 審査請求は今年1月11日付で、裁決は3月2日付。

 ポンプ所は、浄水場から送られてきた水を配水池などに送るための中継施設。審査請求の対象となった飛鳥ポンプ所は同市二名3丁目で建設が進められている。

 審査請求をしたのは上田満さんとその家族。上田さんらは、発電設備については「騒音などにより第一種低層住居専用地域で静穏に生活する権利利益を害される恐れがある」とし、燃料タンクについては「燃料漏れなどによる土壌の汚染、爆発などのリスクなど生命・身体に関する権利利益を害される恐れがある」と主張。同ポンプ所の建築確認取り消しを求めた。

 ポンプ所建設のきっかけは現施設の老朽化。市企業局水道工務課によると、建設地の北約170メートルにある王竜寺ポンプ所は建築から60年が経過しており、移転、新築することにした。王竜寺ポンプ所は西に1キロメートル余り、高台のゴルフ場の一角にある配水池に水を送っていて、蓄えられた水はゴルフ場のほか自然流下で地域の住宅30軒に配水されている。ポンプの動力源は電気で非常用発電設備は備えていない。

 建設地は同地域の住宅地のやや外れにある。以前は雑木林だった。土地は市が購入した。ポンプ所の規模は、敷地が広さ約520平方メートル、建物が鉄筋コンクリート造り2階建てで延べ床面積約140平方メートル。半地下構造の1階にポンプ設備、2階にディーゼルエンジンの非常用自家発電設備が設置される。工費は約3億円。昨年2月27日付で市の建築確認処分があり、同年12月に着工。来年3月までに完成の予定。

 発電設備が使用されるのは停電時だが、月に1~2度、10分ぐらいの試運転を行うという。また、年に1度、実際に発電設備を使って数時間、ポンプを稼働させるという。問題の燃料タンクの容量は390リットルで24時間分の量という。

 水道工務課は審査請求前の「奈良の声」の取材に対し、発電設備はポンプ所と「一体のもの」と説明していた。ただ、発電設備をポンプ施設と一体のものと位置付ける関係法令はなかった。

 建築基準法によると、第1種低層住居専用地域では低層住宅の良好な環境を守るため住宅以外の建築物が厳しく制限されている。水道のポンプ施設は「公益上必要な建築物」として認められている。給水能力について上限が設けられているが、飛鳥ポンプ所はその範囲内。

 一方で、消防法で「危険物」とみなされる軽油を貯蔵する建築物は認められていない。ただし、公益上必要な建築物に「付属するもの」と認められれば、燃料タンクも軽油については貯蔵量が5000リットルを超えないものは認められている。

 このため併設される発電設備が適法かどうかは、ポンプ施設と一体のものに該当するのか、または付属するものに該当するのかで判断されることになる。その判断は、実際に建築確認を行う自治体に委ねられている。

 国土交通省市街地建築課は「奈良の声」の取材に対し「法解釈は特定行政庁の奈良市に地方自治として委ねているので、具体的な建物についての是非は言いにくい」と話した。奈良市は、特定行政庁として建築確認事務を司る建築主事を置いている。

 また、特定行政庁が公益上やむを得ないと認めて許可する場合は、公開の場で利害関係者の意見を聞き、建築審査会の同意を得なければならないが、この件では実施されなかった。

 ポンプ所の建築確認に当たって市の判断は次のようなものだった。市建築指導課は審査請求前の取材で「発電設備は停電時にポンプの機能を維持するために必要。ポンプ所と一体のもの」と説明していた。また、予備的に「仮に『一体のもの』に該当しないとしても『付属するもの』に当たる」としていた。

 これに対し、上田さんらは審査請求で市の言う「一体のもの」「付属するもの」のいずれにも該当しないと主張した。

 建築審査会の裁決。「一体のもの」とする市の主張は否定された。裁決は「ポンプ施設は日常的には発電設備により運転されるものではなく、従前には発電設備を併設しないものが存在したことが認められる。太陽光発電や蓄電池など、より安全な予備電源を設けることも考えられ必要不可欠ということはできない」とした。

 その上で「非常時を想定するときポンプ施設に発電設備が併設されることには合理性があり、付属するものに該当すると解することができる」と結論付け、市の建築確認処分を適法とした。

 上田さんらは審査請求で、市建築指導課が当初、燃料タンクについて非常用食糧などを保管する防災備蓄倉庫に該当し、第1種低層住居専用地域での建築が可能としていたことを挙げて、「説明が変遷した」と問題視した。また、地域住民への説明会が市が工事に着手する直前だったことに対しても、建築確認の手続きに入る前に、住環境への影響について説明すべきだったと主張した。

 市企業局送配水管理センターによると、現在、市内のポンプ所は26カ所(水源が異なる月ケ瀬地区、都祁地区を除く)。このうち16カ所に非常用自家発電設備があり、うち2カ所は第1種低層住居専用地域。

 非常用発電設備の併設は阪神淡路大震災(1995年)が大きな教訓になっているという。2018年9月の台風21号の影響で関西で大規模な停電が発生したときには、現在の王竜寺ポンプ所ではポンプを動かせなくなったことで、復旧が1、2時間遅れたら配水池の水が尽きていたという。

 上田さんらは裁決を不服として、裁決の取り消しを求めて奈良地裁に提訴することも検討している。上田さんは裁決について「建築審査会は燃料タンクだけを審査対象とした。ディーゼル発電機も騒音やばい煙など十分、住環境に影響を及ぼすものなのに、その併設については適法かどうかを判断していない。発電設備が『付属するもの』に該当する理由を『合理性がある』の一言で済ませていることも納得できない」と疑問を呈した。

 市企業局水道工務課長は裁決を受け「老朽化した既存ポンプ施設の更新に当たって建築確認が適法とされたことで、地域の水道の安定化を図ることができる」と述べた。市の「一体のもの」との主張が否定されたことについては「一つの考え方として示されたものと受け止める」とした。今後の課題としては「同様の施設を整備する上では地元の皆さまへの周知に十分な対応を取る必要があると考える」と述べた。

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