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拠点・奈良県奈良市 運営者・浅野善一

JR奈良駅のニケ残っていた

新駅舎建設で姿消した女神像

市内の一条高校が譲り受け大切に

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2010年6月30日
一条高校に移された「サモトラケのニケ」と見守る川井義信教頭=奈良市法華寺町
 かつて奈良市のJR奈良駅でシンボルのように据えられていたギリシアの女神像「サモトラケのニケ」。2003年、線路の高架に伴う新駅舎建設で姿を消した後、どこへ行ったのか―。世間からは忘れられてしまったが、同市法華寺町の市立一条高校に残っていた。
 ニケは勝利の女神で、「サモトラケのニケ」は紀元前190年ごろに作られた高さ3.28メートルの大理石の彫像。19世紀にギリシアのサモトラケ島で出土した。ギリシア彫刻の名作とされ、パリのルーブル美術館に展示されている。
 奈良駅にあったニケ像は、奈良県が1988年4〜10月に開催したなら・シルクロード博のために制作された実物大の複製で合成樹脂でできている。テーマ館の中の東洋と西洋の融合を示すコーナーに展示された。博覧会終了後、ニケ像の展示に協賛したJR西日本が譲り受け、同駅に設置した。
 当時の駅舎の中央に据えられた3メートルを超える像は存在感があった。駅舎内は天井が高く洋館のような内装で、ギリシア彫刻は似合った。目立つことから待ち合わせの場所にも利用されるなど、寺院風の駅舎とともに親しまれた。
 しかし、2003年9月、新駅舎の建設で当時の駅舎は現役の役目を終えることになった。建物は市民運動によって取り壊しを逃れ、寄贈を受けた奈良市が保存することになった。ニケ像は行き場を失った。
 一条高校が譲り受けるきっかけをつくったのは、当時、三重県の四日市市立博物館の主幹学芸員だった赤川一博さん(58)=現・奈良県立美術館学芸課長=。奈良市出身で仏像彫刻が専門の赤川さんは奈良市を訪れることが多く、ニケ像の前で知人と待ち合わせをすることもあった。
 2007年1〜3月に同博物館で「正倉院その源流を訪ねて―シルクロードを旅した美術」を開催することになったとき、このニケ像の展示を考えた。しかし、すでに旧駅舎は閉鎖され、ニケ像は姿を消していた。まず奈良市に所在を尋ねたが不明。旧知の県職員を頼り、そこから関係者をたどっていった結果、その後も旧駅舎内で段ボールにこん包され保管されていることが分かった。所有者のJR西日本に借用の許可を得た。その際、同社が「要らないので博物館で引き取ってもらえないか」と打診してきた。
 博物館では美術品は展示の機会がない。母校の京都市立芸術大学にも申し入れてみたが、場所がないとのこと。そこで浮上したのが一条高校。赤川さんの母校であり、直前の2006年12月に同校で講演した縁もあって、同校に声をかけた。
 一条高校にニケ像が来たのは博物館での展示が終わった2007年3月。図書館に上がる階段の横に設置した。説明のプレートも添えた。
 川井義信教頭はニケ像について「貴重なものと思って大切にしている」と話す。川井教頭や教員がときどき行う掃除では、布でふくだけでなく、入り組んだ所はブラシをかけ、翼の上の見えない部分も手を抜かないという。
 赤川さんは「複製の価値は千差万別だが、このニケ像はかなり質が高い」と評価。「本物ではないが、天下の名作と寸分違わずできている。生徒の目の奥に染み込むことで、将来、美術に興味を持ってもらえれば。いずれ本物を見て味わってほしい」と期待を寄せる。
 同校はニケ像を一般には公開していない。 旧駅舎は昨年7月、市総合観光案内所としてオープンした。(浅野善一)
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