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発行者/奈良市・浅野善一
フリージャーナリスト浅野詠子

奈良県)奈良市、昭和初めの旧都跡村役場解体 設計者分かる棟札見つかる 洋風トラス構造も確認

解体工事中に発見された旧都跡村役場の棟札

解体工事中に発見された旧都跡村役場の棟札。設計者や大工の棟梁らの氏名が墨書されていた=奈良市教育委員会文化財課提供

取り壊された奈良市の旧都跡村役場

取り壊された奈良市の旧都跡村役場。右が庁舎、左が議事堂=2014年2月5日、同市四条大路5丁目

 集会施設への建て替えのため、惜しむ声もある中で取り壊された昭和初めの公共建築、奈良市四条大路5丁目の旧都跡村役場(市所有)の解体工事中に、往年の間取りが分かる平面図や設計者らの氏名を墨書した棟札などが発見されたことが、市への取材で分かった。屋根を支える構造の一部で洋風のトラスを採用していたことも分かり、旧村の執務を担った近代和風建物の素顔が浮き彫りになった。

 棟札は昨年12月3日、市教育委員会文化財課の職員が屋根裏を調査し確認した。高さ2 メートル、最大幅20センチ、厚さ 1センチのヒノキ板に、設計者の寺尾重吉、村長の水原政治郎らの氏名が墨書してあった。日付は、上棟式が執り行われた1932(昭和7)年12月15日。建物の骨組みが組み上がってきたころで、他に大工の棟梁(とうりょう)や左官など職種別の責任者らの氏名も書いてある。

 解体工事中の屋根裏からは、建物の平面図も見つかった。旧都跡村は1940(昭和15)年、奈良市に編入されたが、庁舎の設計書は公文書として保存されなかったとみられ、この平面図から間取りが判明した。

 平面図によると、正面玄関のあった建物西側の部分が事務室で、東側に村長室、小使い室、トイレなどがあった。事務室の床面積は、全体の約2分の1を占め、中央に柱を据える必要のない洋風のトラス構造であることも分かった。村長室などのある東側の屋根構造(小屋組み)は和風の造りだった。

 この平面図を記した板絵図には、屋根を支える天井裏の構造についての組み立て図(番付図)も書かれていた。

 建物は伝統的な意匠を巧みに取り込んでいた。奈良ホテルや奈良基督教会堂、旧奈良県立図書館(大和郡山市城址会館)、旧JR奈良駅舎などとともに県内に残る近代和風建築の一つだった。県教育委員会は、旧都跡村役場の価値について、最小規模の庁舎と議事堂がほぼ当初のままセットで残されているのは貴重と評価していた。

 取り壊しの引き金になったのは、地元の自治連合会による集会所新築の請願だった。市教委文化財課の建造物担当職員は「文化財保護の立場から反省しなければならない。啓発に課題を残した」と感想を話した。

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