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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)選挙権、拡大と除外の歴史/政治と憲法の風景・川上文雄…4

筆者のアートコレクションから木村昭江(きむら・あきえ、1979年生まれ)「フラメンコドレス」

筆者のアートコレクションから木村昭江(きむら・あきえ、1979年生まれ)「フラメンコドレス」

 公職選挙法には「選挙権及び被選挙権を有しない者」を規定した条文があります。第11条1項がそれで、1号から5号まで「欠格者」を列挙しています。1項1号は、2013年3月東京地方裁判所の判決で憲法違反とされ、控訴もなくこれが確定。その後の法律改正により削除されました。以前、そこにあったのは「成年被後見人」の語句でした。

 認知症の人、あるいは知的障害・精神障害の人について、財産管理上の心配から成年の後見人をつけてよいという制度があります。「成年被後見人→財産管理能力なし→選挙権を行使する能力なし→選挙権なし」という論理だったのです。

 選挙権の歴史は、拡大と同時に除外が残りつづけた歴史でした。障害のある人だけではありません。男にも女にも、除外されてきた歴史がある。

イギリスでは制限選挙権で始まった

 「女性の選挙権、拡大の歴史」について「比較ジェンダー史研究会」(http://ch-gender.jp/wp/?page_id=161)に依拠して紹介します。

 女性で世界初はニュージーランドで1893年。2番目はオーストラリアで1902年(先住民のことは別の機会に)。意外に遅いヨーロッパの国があって、スイスは1993年。

 イギリス連邦に属するニュージーランドとオーストラリアの本家であるイギリスはどうだったのか。1918年、女性は30歳以上で戸主または戸主の妻であることを条件に選挙権が認められます。戸主としての財産所有による制限があるので、これは制限選挙権。この年に男性は財産制限のない普通選挙権を獲得しました。女性が普通選挙権を認められるのは1928年。10年待たなければならなかった。

 日本で女性が選挙権を獲得したのは新憲法公布の1946年。アジアで初の国は、日本でなくタイ王国。ヨーロッパ列強の植民地にならなかったこの国で1932年に。日本に続いて1947年に台湾(当時は中華民国)、1948年に韓国、1949年に中華人民共和国。

被選挙権だけ納税額制限を撤廃

 興味深い出来事が日本で起こります。納税額による制限が撤廃されて、男子に普通選挙権が認められるのは1925年のことですが、実はそれ以前の1900年、この制限が被選挙権にかぎって撤廃されたのです。経済的能力(=納税額)は国会議員としての能力があるかどうかに関係がない、ということなのでしょう。同様のことが他の国にあったのかどうか。身分の枠を超えて能力のあるものを重用するというのは、明治以前からの慣行でした。

 しかし選挙制度に関しては問題ありです。被選挙権だけでなく選挙権を含んで参政権だから、1900年当時もそれまでとおなじ「制限参政権」でしかなかった。イギリス、カナダ、ドイツの女性と変わりなかった。つまり、はじめは制限つきで認められ、あとでその制限が撤廃される。1925年の法律改正まで待たなければならなかったのです。

 被選挙権は大幅に拡大したけれど、選挙権の拡大は、2回にわたる納税額引き下げにもかかわらず取るに足りないものでした。1900年、直接国税15円が10円に、1919年には3円に引き下げられます。それでも1919年当時、全人口に占める有権者の割合はわずか4.6%。全人口でなく、25歳以上の男子の人口に占める割合で見たとしても、約25%。有権者は結局、一部の「比較的高額」な納税者だけ。選挙権というより選挙特権でした。

みんな除外されてきた

 参政権の歴史は「拡大の歴史」のように見えて、実は「除外が終わらなかった歴史」でもある。1900年の被選挙権の拡大もしかり。選挙権には手をつけなかった。1925年に男子普通選挙法が成立するけれど、女性は除外され続ける。この年に成立した治安維持法は「無産者」を含む新しい有権者層への警戒心の現れだった。新憲法のもとで男女成年による普通選挙制度が成立しても、成年被後見人制度を利用した障害者の除外は残り続けた。

 納税額の少ない男性であれ、女性であれ、障害者であれ、「真に対等な存在」として認めたくない人たちについて、なんらかの能力で劣っているなどと、理屈をつけて制限を加える、あるいは残そうとする。そのような意識で法律・制度が作られ維持されてきたのです。

 除外される人たちが次第に少なくなっていったとしても、除外が残るかぎり、除外されなくなった人たちの選挙権は選挙特権のままです。拡大された選挙特権のなかに入れてもらえただけのことです。しかし、除外される人が少数になると、特権を持つ人が「自分の権利は特権である」と意識するのは難しくなる。特権は少数者のものと考えてしまうので。

 どうすればいいか。成年被後見人のなかには重度の知的障害を持つ人もいる。その人たちと成年男女に共通する「参政権を認める根拠」を考え出すことです。当然の前提は「生まれてこの世に存在している」というすべての人に共通の事実。その先を具体的に深めてこそ「除外の歴史」の克服です。拡大された選挙特権のなかに入れてもらえただけの歴史の終わりです。障害のある人のためだけではありません。

 以上の観点から、公職選挙法第11条1項1号を憲法違反とした判決も精査する必要があります。この問題は、いずれコラムで取り上げる予定です。(おおむね月2回更新予定)

川上文雄

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、元奈良教育大学教員

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