ニュース「奈良の声」のロゴ

地域の身近な問題を掘り下げて取材しています

発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

最新ニュースをメールで受け取る【無料】

コラム)「維持する」が政治の基本/政治と憲法の風景・川上文雄…29

筆者のアートコレクションから宮下幸士(みやした・ゆきお、1973年生まれ)「無題」。作者は滋賀県在住、1997年より「やまなみ工房」(滋賀県甲賀市)で創作

筆者のアートコレクションから宮下幸士(みやした・ゆきお、1973年生まれ)「無題」。作者は滋賀県在住、1997年より「やまなみ工房」(滋賀県甲賀市)で創作

 保健所の統廃合をおこなった自治体がいくつもありました。財政赤字を削減する目的もあったのでしょう。いずれにしても、改革をめざしてのことでした。しかし、統廃合(=改革)が激烈だった自治体は、新型コロナウイルスによる人口あたり死亡者数がいちじるしく増加したと言われています。公衆衛生という仕事・施設に関して維持しなければならない大切なものを壊した結果ではないか。効率化を実現すれば仕事に支障はないと考えたのかもしれません。大切なものは持ち続ける、手放さない。政治の基本は維持すること、とは考えなかったようです。

 「改革の政治」を疑っています。仕事の現場・ものづくりの現場を疲弊させ、経済的格差をひろげ、社会のきずな・連帯を壊すような改革は、それこそ改めなければなりません。

 「維持する政治」の特徴・重要性について書きます。ただし、維持すると言ってなにも変えないのではない。大切なものを維持するためにこそ、普段から継続して変更を加えていく必要があります。7月10日は参議院議員選挙の投票日。政党・候補者を評価するさいの視点として読者の参考になれば幸いです。

改革でなく調整

 今ある大切なものを維持するための改革であればよい。そうかもしれません。しかし、維持が基本であるならば、改革や変革よりも調整という語が適切です。維持するために調整する。ある本に書かれています(以下に引用)。

 社会が行き詰まっているときには、「変革」という言葉が力を持ちやすくて、欲求不満のオヤジたちは「変革」という言葉に飛びつくけれど、私の言っている「社会建設」って、それとは違う……それは「社会のメンテナンス」ですね。社会というのは、毎日ちょっとずつ動いている。ちょっとずつ新しくなれば、その分だけ「古くなった」ってところが生まれて、それを変化に応じて毎日調整していくのが必要ってこと(橋本治「たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ」、集英社、134~135ページ)。

 「毎日ちょっとずつ動いている」社会の変化をしっかり把握できるのは、何といっても、現場の当事者たちです。介護福祉の現場であれば、介護スタッフ、それからサービスを受ける利用者(家族を含めて)。農業であれば、農産物の生産者とその購入者。農業の場合も、最近は両者のつながり・交流が深くなっているので「農の現場」「当事者」という語句を使ってよいでしょう。そのほかの現場でも、それぞれに応じた当事者がいます。

 そして「毎日ちょっとずつ動いている」社会の変化の内実は、現場の人たちに新たに生じたニーズにほかなりません。そのように考えれば、調整の基本は、このニーズに対応した調整ということになる。「改革の政治」で追求される規制緩和・自由化(たとえば、農産物輸入自由化)が、現場のニーズに反していないか、慎重な検討が必要です。

 組織の運営・業務の執行における効率性の追求も、調整を基本とすべきです。現場に聞け。現場の人たちの声を聞きながら調整することで、たしかな成果が得られる。長い目でみるとそうなる。

予算はしっかり付ける

 今ある良質の設備・資源の維持(メンテナンス)を基本としながら現場の声・地域の特性に応じて調整していくべき問題・課題はいくつもあります。それらにていねいに対応して予算をしっかりつければ、雇用も維持され人々の生活も豊かになる。健全・確実な経済成長はそれ以外になさそうです。オリンピックなどの巨大イベント、リニア新幹線などの巨大プロジェクトで健全・確実な経済成長が可能か、疑わしい。

 「いちいち現場の声に対応していたら非効率で財源もない」という反論は疑わしい。ていねいにやればやるほど、本気でやればやるほど、よい方向に向かうものです。そうしないのは、手抜きです。楽に仕事をしたいだけ。何もしないで現状維持。表面的に「やっている感」を出せれば、それでよしとする。

【追記】

 維持の「維」という漢字を国語辞典で調べたら「①細いすじ。つな。②つなぎとめる。ささえる。」とありました。①の用例として「繊維」が、②はまさに「維持」が挙げられています。現場の当事者たちが細い繊維でつくった布・織物。「維持する政治」はそれをていねいに取り扱う。あるいは大切なものを綱でつなぎとめる役割を担う。維持・調整を無視した改革は、大切な布・織物(=繊維で織りあげたもの)の劣化を気にしない。綱でつなぎとめる役割も果たさない。

 辞典の説明には、さらに「③発話のことば。これ。」があります。用例は「明治維新」。維新とは「これあらたなり」の意。ひたすら変革・改革を追求してすっかり新しくする。だから「維持する」の要素はなし。「西洋に追いつけ」の意識での改革・変革ということになる。

(おおむね月1回更新予定)

川上文雄

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、元奈良教育大学教員

読者との対話