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地域の身近な問題を掘り下げて取材しています

発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一
奈良教育大学非常勤講師(政治学)川上文雄

奈良県)障害のある人たちの新しい働き方 福祉施設のイメージを変える「Good Job!センター香芝」の試み

大学生による調査活動 市民メディアと授業をつなぐ

 

春日大社の杉を使った商品の開発から生まれた時計(左)と表札

春日大社の杉を使った商品の開発から生まれた時計(左)と表札

「Good Job! センター香芝」の内部と、カフェで働くセンター利用者=2017年10月14日、香芝市下田西2丁目(写真はいずれも川上文雄撮影)

「Good Job!センター香芝」の内部と、カフェで働くセンター利用者=2017年10月14日、香芝市下田西2丁目(撮影はいずれも川上文雄)

 【提携企画「大学生による調査活動 市民メディアと授業をつなぐ」記事】

 2016年7月、奈良県香芝市下田西2丁目にオープンした「Good Job!センター香芝(グッドジョブセンターかしば)」。身体、知的、精神、発達障害のある人たちが働いている。センターの業務は、障害のある人の個性豊かな表現(アート)と、それを生かしたいと考えるデザイナーや企業・団体をつなぎ、魅力的な商品を開発・製造することだ。運営母体は、奈良市六条西3丁目の社会福祉法人わたぼうしの会(運営施設としてほかに社会就労センターたんぽぽの家)。「福祉のアート化」「アートの社会化」など福祉とアートの新しいつながりを提案してきた。

 春日大社(奈良市)の境内で安全上の理由から伐採される杉材を使った商品開発が進行中だ。障害者の就労支援団体「あたらしい・はたらくを・つくる福祉型事業協同組合(あたつく組合)」(奈良市)も参画している。時計、表札、看板、名刺入れなどに伊藤樹里さんの書の作品と中村真由美さんのイラスト作品がデザイン化されて使われている。2人とも、たんぽぽの家のアートセンターHANA(はな)で創作活動をしている(作品はエイブル・アート・カンパニーのホームページで閲覧できる)。

 「同じくアートにかかわりながら二つのセンターには違いがある」と「Good Job!」センター長の森下静香さんは言う。「HANAの場合、メンバー(HANAを利用する障害者)はアーティストとして作品をつくっていればいい。商品化・流通はスタッフがやってくれる。香芝では、デザイン化・商品化できるほど質の高いオリジナル作品を生み出せるアーティストは、今のところほとんどいない」。しかし、香芝のセンターを利用する障害者たちは、ビジネスのいろいろな側面―商品づくり、在庫管理、流通・販売、情報発信―におのおのの接点で仕事をしているとのこと。例えば、「国内外の約70の福祉施設や企業などでつくられている、障害のある人が関わる商品約1000種類の入荷から出荷までの作業がある。

所得の再分配から可能性の再分配へ 福祉におけるビジネスの可能性

 ウェブショップでの販売もセンターの業務の一つであり、香芝らしさが出ている。商品の写真を撮影し、それを編集・加工し、ウェブ上にアップする作業は、障害者が担う。時には商品を着てモデルになることもある。商品説明文の作成も障害者の仕事である。説明文の作成は、近隣の百貨店でのポップアップショップ(短期・期間限定の店舗)での接客にも生かされている。福祉施設での作業は単調な繰り返しの作業というイメージは、香芝のセンターには当てはまらないだろう。

 香芝のメンバーの月収額が依然として低いという現実はある。全国平均からみて飛びぬけて高いとは言えない。とはいえ、福祉におけるビジネスは所得の視点だけでとらえることはできない。センターにとってビジネスは、障害者が福祉施設の外にある世界とつながり、人々との関係を広げ深めていくための絶好の手段でもある。それは「障害のある人が社会サービスを受ける存在にとどまるのではなく、個々の可能性を生かし、主体的な役割を果たすことができる仕組みを創出する」ことである。

 これまで、障害のある人たちは「所得の再分配」政策の対象として、障害者年金や補助金など公的サービスを受けとる存在にとどまっていた。この現状を変えたい。以上のことをセンターでは「所得の再分配から可能性の再分配へ」という理念で表現している。

気持ちよく過ごせるたくさんの居場所 建物の設計に込められた思い

 今年の3月、センターは奈良県建築士会主催の「奈良県景観デザイン賞」で建築賞と知事賞を獲得した。福祉分野にとどまらず建築分野の人たちも見学に訪れる全国注目の場である。

 建物は篤志家が寄贈した土地の上に、北館(平屋、建築面積220平方メートル)と南館(2階建て、建築面積311平方メートル、延べ床面積471平方メートル)に分かれて立っている。近鉄下田駅とJR香芝駅から徒歩でほぼ5分、目抜き通りに面した場所にある。最寄り駅から遠いという福祉施設にありがちなアクセス上の問題がない。

 建物の入り口右手にはカフェの空間。近くの銀行で用事を済ませた帰りに立ち寄る人がいるという。カフェの窓ガラスを隔てて、建物の外部には長いベンチが置いてあって、休憩する人やコミュニティー・バスの利用者を待っている。

 建物の設計を担当した大西麻貴さんと百田有希さんは「それぞれの人が気持ちよく過ごせるたくさんの居場所がある建築を造りたい」と考えたという。南館の内部を見ると、各部分を壁で完全に仕切って孤立させることのないようになっている。そのように、どの場所も「隠れている」と「見えている」が適度なバランスを保っていて、それで「気持ちよく過ごせる」のである。カフェに立ち寄った人なら、メンバーのつくったチョコレートケーキを紅茶でいただいきながら、障害のある人たちとスタッフの働く様子、休憩する様子が見えることだろう。

 建物の開放的なたたずまいから「交流と出会いの中で、新しい仕事をつくる」「障害者福祉施設のイメージを変える」という強い思いを感じとることができる。

 以下は、奈良教育大学の教員志望学生(社会科教育専攻)のセンター訪問記である。

【訪問記】開かれた雰囲気に魅力 大学生が見たある日のセンター

奈良教育大学3年(社会科教育専攻)西山厚人

 教員免許状を取得するために、大学のカリキュラムには介護等体験といって、社会福祉施設に5日間、特別支援学校に2日間、介助や交流を行うプログラムがある。私は昨年、これに参加した。高齢者施設での体験、それも利用者が楽しむ活動の手伝いだったので、障害のある人たちが働くという場面に出合わなかった。

 障害者施設・作業所で5日間体験を行った友人の話では、「部品を組み立てるような作業を閉じこもってやっていた」ということだった。また、私の大学の生協では障害のある方々が作られたパンなどが販売されていることもあるが、めったに働いておられる方との交流を見たことがない。このような体験から、私は障害のある方々が勤めていらっしゃる場は、社会に対して閉鎖的であるというイメージを持っていた。多くの方が私と同じようなイメージを抱いているのではないかと思っていた。

 センターを訪問したのは今年8月25日金曜日(午前10時30分~午後4時30分)であった。森下さんのご厚意により、作業の一部などさまざまなことを体験することができた。突然見学に訪れたのにもかかわらず親切に接していただき大変ありがたかった。

【午前10時30分】センター到着。北館、南館ともに外から中の様子が見える上、道路沿いで車も人もよく通るので、「開かれている」という印象が強かった。

【午前10時45分】カフェに電話があり、障害のある利用者の方が対応される。電話対応も任されているのだ、と少し驚いた。

【午前10時50分】森下さんと今年養護学校を卒業された利用者の方に南館を案内していただく(愛知県常滑市から見学に来られていた方に同行)。この利用者の方は緊張からか案内の声が小さくなったり、黙ってしまったりされていた。3Dプリンターやレーザーカッターなど、高度な機器がそろっていた。

 無印良品に出品する物を生産されていると聞いて、販路をさらに拡大されているのだな、と思った。在庫管理、発送の準備など、仕事は多岐にわたるけど、いろいろなことをこなせる人の特性を生かせていて、「障害者は単純作業をするべき」といったような決め付けは良くないと思った。関連して、月曜日から金曜日まで曜日によって全く違う仕事をされている人もいると聞き、驚いた。

【午前11時20分】引き続き北館を案内していただく。皆さん集中されている。アトリエで働いている人たちを見て、スタッフなのか、障害のある人なのか区別がつかなかった。

【正午】カフェでホットドッグをいただく。丁寧に接客していただいた。センターのスタッフが障害のある人、2人に接客の仕方などを丁寧に指導されていた。センター全体が休憩に入って、落ち着いた雰囲気だった。

【午後1時】北館で張り子に塗る塗料を作る作業をさせていただく。張り子はカフェのホットドッグそっくりの形をした犬の張り子である。皆さん集中されていた。張り子を大量生産しなくてはならないようで、多くの人が作業に関わっていた。中には絵を描く人や、ミシンで帽子を作っている人もいた。1時間ごとに休憩があり、集中しすぎないように配慮がなされていた。「仕事が楽しい」という言葉が印象的だった。「また来てくださいね」と言われてうれしかった。

【午後4時】南館2階のショップを見る。色鮮やかな作品が多かった。午後4時に仕事を終えられ、カフェで皆さん雑談されていた。ショップのある2階からは1階の様子がよく見えて、開放的ですがすがしかった。

 実際センターに行ってみて、「社会に開かれている」「落ち着ける空間」という印象を持った。センターは駅から近く、人通りも多い所に立地していて、外から障害のある方が生き生きと働いておられる様子が見られた。働いておられる方は仕事を楽しむことはもちろん、周りの人たちと関わることを楽しんでおられると思った。

 また、落ち着ける雰囲気が魅力的であった。センターの建築が開放的な構造であること、障害のあるアーティストの絵画作品が多く壁に掛けられていることが大きな要因だと思う。さらに、センター長の森下さんをはじめ、スタッフの皆さんが私に対して気を遣い過ぎないというか、場に解け込ませていただいた。立ち寄っただけの人も、この落ち着いた、誰もが許されるような雰囲気に魅力を感じると思う。

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