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ジャーナリスト浅野詠子

記者余話)浅野孟府作か 赤い馬 関りあった演出家の親族が保有

小山さんが保有する陶製の赤い馬=本人撮影

小山さんが保有する陶製の赤い馬=本人撮影

「浅野孟府 彫刻作品集」にある「馬―赤」(テラコッタ)

「浅野孟府 彫刻作品集」にある「馬―赤」(テラコッタ)

 大阪府大東市ゆかりの彫刻家浅野孟府(1900~1984年)と演劇活動で関りのあった演出家、俳優の岩田直二(1914~2006年)の親族から、直二の遺品の中に孟府の作品と思われる陶製の赤い馬があると、孟府の評伝を執筆した記者に連絡があった。

 親族は、直二の長男で映像ジャーナリストの小山帥人さん(78)=大阪市城東区=。小山さんによると、馬の作品は赤い色を付けた焼き物で、像高、幅ともに27センチ。記者の手元にある写真集「浅野孟府 彫刻作品集」(1986年発行)に、馬をモチーフにした作品として「馬―赤」(テラコッタ、制作年不詳)があり、この写真(白黒)を小山さんに見てもらった。

 小山さんは「馬の口から首のラインとか、質感が似ている。孟府さんの作品とみて間違いないでしょう」と感想を述べた。

 孟府は1940年前後、焼き物に没頭し、彫刻作品を陶像に仕立てる技に挑んだが、太平洋戦争でまきの配給が止まり中断している。

 孟府の作品については、散逸してしまったものが数多くある。この馬をモチーフにした作品もその一つではないか。彫刻作品集は孟府の没後2年を経て刊行された。

 孟府は多様な芸術分野に関わってきたが、直二と共通のジャンルは演劇だった。昭和の初め、孟府は心座や前進座の舞台装置を担当し、直二は1935年に設立された大阪協同劇団の演技部と文芸部に所属していた。小山さんによると、同劇団公演に孟府が携わった記録はないが、劇団発足時の団員名簿に舞台美術担当者として名前を連ねていた。

 国家が戦時体制に向うなか、活動を禁止された大阪協同劇団は1940年、解散する。同じ時期、孟府らが活動していた新興人形劇団も解散を命じられた。メンバーの多田俊平は直二の友人だった。

 敗戦から3年が過ぎた1948年、大阪市内で公演されたシェイクスピア作「ロミオとジュリエット」(朝日新聞大阪厚生事業団主催、土方与志演出)において、直二と孟府に仕事が巡ってくる。直二はロミオ役、孟府は舞台の彫刻装飾を担当した。

 拙著「彫刻家 浅野孟府の時代 1900―1984」の2019年11月の刊行以来、孟府の作品が「現存する」などとして寄せられた情報はこれで4件目。ゆかりの大東市内では昨年2月、孟府生誕120年の記念シンポジウムが開かれ、東坂浩一市長も出席した。作品目録の整理が期待される。 関連記事へ

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