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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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ジャーナリスト浅野詠子

奈良市水道100年の遺産に案内板 大正の旧高地区配水池

旧高地区配水池のコンクリート建物と設置された案内板=2022年1月18日、奈良市雑司町

旧高地区配水池のコンクリート建物と設置された案内板=2022年1月18日、奈良市雑司町

 奈良市雑司町にある市営水道100年の遺産、旧高地区配水池にこのほど案内板がお目見えした。市企業局が昨年11月に設置。施設の正面にあるコンクリート建物の扉は、それまで使用されていた平板なアルミ製のものから重厚な黒いスチール製のものに変え、創業時代の雰囲気をよみがえらせた。

 今年は、市が大正時代の1922年、水道事業を開始してちょうど100年。同配水池は、京都府の木津川から取水した水をいったん地下の貯水槽(約1000トン)に集め、配水する高台の施設。1918年に着工、同年中にほぼ完成した。

 コンクリート建物は、円柱などのデザインが近代建築の息吹を伝える。この小さな箱形の建物の中で流量の調節などが行われていた。背後に貯水槽の跡が残っている。

 東大寺二月堂の北側の山林の中にあり、人目に付きにくい。土木学会は2017年、同じ市水道施設の赤れんがの旧計量器室(同市川上町)や市営木津浄水場構内に残る開業当時の旧設備などと共に「奈良市水道関連施設群」と名付け、選奨土木遺産に認定した。

 これを機に市水道局は2020年3月、旧計量器室に初めて案内板を設置。その後、旧高地区配水池の価値も伝えようと案内板を設置することにした。案内板には、施設の着工当時、配水池の壁面にれんがを施す工事やコンクリートを打設して水槽を造る工事の写真などと共に、配水池の役割を述べた解説がある。

 施設の維持管理をする市企業局送配水管理センターによると、高地区配水池の設計図は1948年、奈良市庁舎の全焼により失われた。同配水池が役割を終えたのは、市営緑ケ丘浄水場が稼働した1963年の前後の時期らしい。開業当時は、標高88メートルをめどにこれより低い市街地への給水は、同市奈良阪町に建設された低地区配水池が担い、高地区配水池は正倉院や東大寺、春日大社などの文化財防火用水への給水に活躍した。

 同センターの担当者は「奈良市の水道遺産を見学したいという問い合わせが少しずつ増えてきた。いつまでも残してほしいという声もあり、大切にしたい」と話す。

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