ニュース「奈良の声」のロゴ

地域の身近な問題を掘り下げて取材しています

発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

ニュース「奈良の声」が受賞 ジャーナリズムXアワード

最新ニュースをメールで受け取る【無料】

ジャーナリスト浅野詠子

記者講演録)奈良県域水道一体化構想を中南和地域で考える

奈良県営御所浄水場(県水道局のホームページから)

奈良県営御所浄水場(県水道局のホームページから)

 【本稿は、奈良県域水道一体化構想の課題や疑問点について「奈良の声」で伝えてきた浅野詠子が2022年10月30日、橿原市内膳町1丁目の内膳町自治会館すみれホールで開催の「奈良の水道自治が危ない!県域水道一体化を考える~中南和地域学習会」(中南和市民連合主催)で講演した際の内容を修正し再構成したものです】

 皆さん、こんにちは。県が主導する県域水道一体化構想は、実現に向けての協議が大詰めの段階に入りました。県が打ち出した構想は、六つの市の浄水場合わせて11カ所(水源は地下水、ため池、ダム)を廃止し、大滝ダムと室生ダムの水を主水源とする県営二つの浄水場と奈良市営緑ケ丘浄水場を柱にするというもので、気候変動や異常気象、環境などはほとんど論議されてきませんでした。

 この10月4日、奈良市の仲川げん市長が不参加を表明しました。このため一体化の企業団(2025年度事業開始予定、一部事務組合)が県北部の水源として予定していた奈良市営緑ケ丘浄水場が外れることから、県は急きょ、生駒市営真弓浄水場(水源・地下水)を存続することを公表しています。しかし、奈良盆地から遠い巨大ダムを主水源にした構想であることに変わりありません。

 環境などに配慮し、ダムだけに頼らない治水、利水に向かって時間をかけて構築していくことは、それほど難しいことではないと思います。地域資源を生かした治水にしても、地産地消型の水道づくりにしても、奈良盆地には実践してきた技術と経験があります。

 それ以上に困難であると思うのは、いま経営難に陥って、累積赤字が積もり、料金高騰が避けられない過疎地などにおいて、水道の自治を貫くためにはどうすればよいのか、その答えを見つけることです。

 広域化、あるいは民営化という選択肢しかないのでしょうか。健全化するまでの期間限定で水道交付税みたいな仕組みは構築できないものでしょうか。人口減の時代、節水の時代、環境の時代においても自治体水道の原則は独立採算です。すなわち生存権という重要課題を残します。県主導の一体化協議は、そうした議論がお嫌いのようです。

 奈良市が離脱を決めた直後の10月13日に一体化協議会が開かれ、私も初めて報道席に座ることが許され、荒井正吾知事に質問しました。

 いま広域化に手を挙げた市町村のエリアには、これから手厚い国庫補助金と県補助金がつきます。水道管を強靱(きょうじん)にして耐震化のスピードを速めることができる。水道広域化を促進する改正・水道法(2019年施行)などによるものです。

 しかし例えば奈良市は、戦後、市町村合併を重ね、いま広大な市域に水道管理者は一つです。事実上、水道の広域化に貢献してきのではないですか。ところが奈良市が県主導の広域化構想から離脱したら、途端に国庫補助金の受給で著しい差がつく。こんなに不平等なことはありません。ぜひ全国知事会の課題として取り上げてほしいと知事に申しました。

 本日の集いは、中南和(奈良県の中部南部)エリアを対象とした学習会です。この地の多くの市町村が早くから県営水道100%の受水に踏み切っており、県域水道一体化の最短距離にあるともいわれてきました。

 それでも本日の主催者は、一度立ち止まって考えようとされております。その姿勢に私も感銘を受け、新しい命題を頂いたと思っています。

 県の構想が表面化して以来、私は、自己水源が豊富な水道を持つ北和(奈良県の北部)の都市などで、市営水道の存続を求める市民団体の依頼を受け講演してきました。そういう優良な水道なら一体化から離脱しても理があり、大いに奮って水道の自治を守ってほしいと激励しました。ですから本日、周辺に小規模水道の自治体がいくつもある、この橿原という都市でお話するということは、私自身も変わらなくてはならないというわけです。

 先日、水道の取材中、こんな話を聞きました。大阪府豊中市の元助役、芦田英機さんにまつわるエピソードです。芦田さんといえば、政策に長じ、まちづくりなどへのご理解も深く、地方自治の学会などでもその名をよく知られています。氏の薫陶を受けてきた別の市の上下水道部の職員にうかがったのですが、水道のことではなくて、ある公務においてですが、外部委託を検討した際「職員が人として成長する機会まで手離してしまうなよ」といさめたといいます。

 すなわち、市民社会における問題解決能力に磨きをかけていく、という人間らしい働き方について芦田さんは言及されているのです。こうした根本的な問い掛けは、いまの県域一体化構想の受け皿となる特別地方公共団体の企業団の在り方の協議においてあるのでしょうか。

大滝ダム=2022年11月4日、川上村

大滝ダム=2022年11月4日、川上村

 それではまず、県の一体化構想の舞台になっている三つの水系、流域について触れます。まずは主要水源の大滝ダムのある紀の川水系。ここが県営御所浄水場のふるさとで、ご存じのように五條市から上流は吉野川と呼ばれています。

 もう一つが大和川水系の流域。ここが一体化構想で水道水源の環境が激変します。市町村営の地下水、ため池浄水場の廃止を県は目指し、生駒市営真弓浄水場を除き、水系の異なる大滝ダム、室生ダムからの導水を加速する構想です。

 三つ目が淀川水系です。奈良市の離脱により、布目ダムと比奈知ダムが一体化の水源構想から外れますが、室生ダムの県営桜井浄水場が、淀川水系に当たります。

 本日の会場は橿原市であります。ですから吉野川のことは、詳しいご説明は不要かと思います。ご存じの吉野川分水は、川上村の大迫ダム、吉野町の津風呂ダムが集めた水が大淀町下渕の頭首工から奈良盆地の農地を潤しています。水道の水は同じく川上村に陣取る大滝ダムを主水源に下市町新住から取水され、県営御所浄水場が奈良盆地に配水しています。

 奈良市営水道はことし9月30日、100年を迎えました。水源は京都の木津川。開業は大正時代のことでした。同じころ、紀の川の水を奈良盆地に送る構想も浮上するのですが、和歌山の反対に遭って挫折します。「奈良県には一滴もやらん」という和歌山県側の言葉が当時の新聞記事にも残っています。本県の南北に横たわる水事情の格差の一端を思わせます。

 もっとさかのぼれば、元禄期、御所の庄屋、高橋佐助が、吉野川分水を構想しており、日照り続きの奈良盆地に、とうとうと流れる吉野川の水をどうかして引き込みたいと考えるのですが、かないませんでした。

 戦後、奈良県と和歌山県の間を国が仲介し、ダムを造ることを条件として分水が実現します。ですから、奈良県の職員は心底、吉野川分水は300年の悲願という言葉を放つわけです。その分、水没した川上村の人々に思いが至らなかった証拠として、県が編んだ「吉野川分水史」において村民がなめた辛酸について1行も書かれていません。元村長、住川逸郎さん(故人)が抗議する文章が残っています。

 和歌山といえば昨年10月、和歌山市の水道橋の一部が崩落し、大規模な断水が起こりましたね。老朽水道管の課題をまざまざと見せつけました。

 このとき奈良市企業局の管理職らも給水車を運転し、災害現場に向かっています。頼もしく感じられました。実際に運転した職員から聞いたのですが、和歌山に到着すると、沿道の人たちから大声で「ありがとう!」とお礼の言葉が送られたというではありませんか。

 えっ…和歌山の人々にお礼を言われるなんて…感激です。何だか300年の怨嗟(えんさ)が解けてくるような気がします。(会場から和やかな笑い)

第三者委員会の開催を中南和でも

奈良市離脱後、一体化構想で給水人口が最大となる橿原市=2022年11月4日、近鉄八木駅前

奈良市離脱後、一体化構想で給水人口が最大となる橿原市=2022年11月4日、近鉄八木駅前

 冒頭、申し上げましたように奈良市長がこの10月4日、一体化構想から離脱する表明をしました。戦後、想定を上回る人口増となって、長期の断水などに遭って市は苦闘しながらも、果敢に水源を開発してきました。基礎自治体ゆえに尊いと思います。すなわち市町村主義ということであります。水道の独立、水道の自治は守られました。

 この決断に先立ち、奈良市は第三者の学識経験者らを招いて一体化構想をテーマにした懇談会を5回、開催しています。これはぜひ、中南和の市町村でも開いてほしいと思います。公開の審議会と思ってください。延べ213人の傍聴者が訪れました。

 学識委員は、水道に詳しい経営学、経済学が専門の大学教授でした。私も全回傍聴しましたが、市企業局が用意した豊富な資料を基に、理論と現場を何度も往復させられた、という気がします。学者連は、お二人とも水道の広域化には一定の理解を示していることが伝わってきました。

 その一方で、公認会計士とか税理士とかの実務家の委員さんたちは、県が示した一体化による水道料金抑制効果試算に少しは理解を示されるのではないかと予想しましたが、そうではありません。県の進め方そのものに疑問があるなどとして、非常に慎重な意見を示しておられました。

 奈良市の懇談会の特徴として、市議会の五つの会派から1人ずつ、委員が選出されたことも良かったです。市民の直接選挙で選ばれた人たちです。都市計画などの各種審議会も、これだけの議員が委員としてそろうことは珍しいでしょう。あと公募の市民、抽選の市民が何人か加わったら、さらに素晴らしいですね。

 こうした会議は、わがまちの水道の実情について、他市町村と比較しながら住民がいろいろなことを知る機会になります。県の試算では、一体化に参加するのと単独でいくのとを比較していますが、およそ30年後、一体化に参加しても、水道料金の抑制がないのは葛城市です。30年後の料金抑制効果が比較的小さい順に橿原市、香芝市、大淀町あたりが続きます。

 では、管路更新率のトップはどこだと思いますか。水道管の耐震化に向けて毎年どのくらいのペースで工事を進めているのか、知るための指標です。市部の1位は御所市です。頑張っていますね。続いて大和郡山市、大和高田市が高い水準です。

 そうそう、大和高田は料金が高いってよく言われるけれど、これは問題を先送りせず、ある意味、責任ある姿かもしれませんよ。大和高田は地理的に平らな土地が多く、大阪にも近く、住みやすいでしょうが、水道経営は意外にも、ちょっと高台があった方がポンプアップして一気に給水してコストを下げられるという計算もあるそうです。

 どこもそれぞれ課題がありそうです。御所市は県営御所浄水場に最も近いために残留塩素の問題に課題があると当地の職員が話していました。大和高田のような平たん地加算とか、御所のような残留塩素対策加算とか、水道交付税のような仕組みは創設できないものでしょうか。

 さて、奈良市の懇談会を通して、広域連携と一口に申しましても実に多様なものがあるものだと、傍聴した市民は実感されたことと思います。市町村営の水道はそのまま残して施設の共同化に努める方法などいろいろあります。

 「弱者救済型」という厚生労働省が例示した広域化の一つの形も、懇談会の資料の中で紹介されていました。つい先日、奈良市営水道の存続を求める署名が1万人を超えたと聞きました。では県営水道には1票も集まらないものでしょうか。そんなことはないと思います。例えば北九州市は、古くから分水のつながりがあった旧産炭地の小さな市町村の水道を、地元からの要望を受けて編入しています。これを参考にすると、県営水道が存続し、経営難の小規模水道を仲間に組み入れるという方式も実現可能なのですね。これも広域化であって国庫補助金がつきます。

多くの県民いまだ知らず

吉野川から大滝ダムの水を引き込む県水道局下市取水場=2022年11月4日、下市町新住

吉野川から大滝ダムの水を引き込む県水道局下市取水場=2022年11月4日、下市町新住

 昨日、知人の桜井市議から電話があって「用事があって講演会には参加できないけど、このままでは県民の大半が何も知らないうちに市町村の水道が統合されるだろう」と訴えていました。(県が廃止を目指す桜井市営外山浄水場の水源は倉橋ため池、地下水、初瀬ダム)

 その通りだと思います。命の水に関する大きな政策変更なのに、これを協議する公式な会議(奈良県水道広域化企業団設立準備協議会、会長・荒井正吾知事、現在26市町村)は第1回から非公開であり、この10月の第4回協議会からようやく報道席が設けられるようになりました。

 参加・不参加の判断に慎重な奈良市を引き込むための部会も非公開で、9月の最終回の会議に報道席のみが設けられました。協議の成り行きを心配した市議の大西淳文さん(日本維新の会)が会場にやって来ましたが、入場を断られています。

 非公開だった会議の資料について、私は県の情報公開条例を利用して入手しました。開示請求をしてから入手するまで少なくとも2週間ほどかかります。

 ところが、感動したのは、葛城市で市営水道の存続運動をしている女性が協議会の当日だか、前日だかに、市役所の戸をたたき、上下水道部の担当者らと交渉して、3時間ばかり粘って資料を入手したというのです。

 その気迫。素晴らしいですね。地をはうような民主主義の実践ぶり。恭しく情報公開制度を利用するだけが道ではないのだと思い知らされました。

 考えてみたら、行政の側に「情報提供」という姿勢が徹底していたら、協議会の会議録や付属資料などを即時に市のホームページに掲載したらよいのですものね。生駒市などが比較的よく掲載していると思います。

知事のトップダウンで決まる水道統合のシナリオ

 葛城市の話が出たところで、この10月13日に開催の一体化に向けた第4回協議会で印象に残る場面をお話します。葛城市は江戸時代に築造された八つのため池を生かして市営3カ所の浄水場につないでいます。奈良県一安い水道料金を誇る団体です。県営水道の受水率は2、3割にとどまり、奈良市に次ぐ低さです。

 阿古和彦市長は、参加・不参加の判断を表明していません。その13日の協議会において、県が2025年度の事業開始を目指す一体化企業団を巡って市長は「仮に開始の年度に参加することは見送ったとしても、後に参加することはできないものでしょうか」と質問しました。

 すると知事は直ちに「ノーです」と拒否しました。途中参加を認めると、国庫補助金10年分を満額受給することに支障があるらしいのです。これでは熟議なしですね。同席した市町村長の誰もが知事の対応に反対しなかったし、葛城市の提案をいったん持ち帰って、後に採決するという方針なども出ませんでした。

 これまで非公開の会議が多かったので、万事がこのようであったとは言い切れません。しかし、強靱な水道、安全な水道、老朽化対策、などと広域化が目標に掲げる言葉がいかに当を得たものであったとしても、その政策を遂行する上で民主的な行政運営をなおざりにしたり、市町村と県が完全に対等でなかったり、県民に対しての情報提供も十分でなかったりしたら、広域化の目標がいかに美しい言葉で語られていても、水道全体主義みたいなことに陥らないと言い切れるのか、案じられるわけです。

 お配りしたレジュメには、一体化構想の市町村水道、25または26または27と、あいまいな表記をしております。大和郡山市が昨年1月の一体化に向けた覚書を締結せず、本年10月には奈良市が離脱しましたので、現在の協議会構成市町村は26。この協議会に入ってはいるものの、葛城市はまだ態度表明をしていません。協議会に入っていないものの、県は大和郡山市の参加を促すための話し合いをこれから進める予定です。もし両市が不参加なら25という見通しですが、各市町村議会の議決も残されています。

 大和郡山市が一体化の正式協議が始まる前の2020年6月、内部留保資金81億円のうち28億円を一般会計に移転したところ、知事は資産負債の持ち寄りを主張していますから「隠した」と市を非難しました。議決を経た正当な行為であるとして市は広報紙で反論し、覚書を交わさず現在に至っています。

 しかし奈良市が離脱した以上、スケールメリットから大和郡山市を呼び込もうというのが今の県のハラですね。

 市はいまも一体化に向けて各団体の持ち寄る資産を平準化することを主張しています。私たちが支払う水道料金には利益が含まれていますが、これは株主に分配されるわけではないですね。内部留保資金として積立て、後に私たちの水道を強くするために使われていきます。公共的必要余剰とも呼ばれるわけです。大和郡山市長の主張は一理あると思います。

最重要水源、大滝ダムを語る

大滝ダム貯水地。約500世帯が立ち退き、長い歴史を刻んだ集落の跡が湖底に眠る=2022年11月4日、川上村

大滝ダム貯水地。約500世帯が立ち退き、長い歴史を刻んだ集落の跡が湖底に眠る=2022年11月4日、川上村

 終わりに、県域水道一体化構想の主水源、大滝ダムの横顔を紹介します。1959年の伊勢湾台風をきっかけに、50年の歳月と3640億円の事業費をかけて2013年に完成しました。

 500世帯の村民が立ち退きました。いま大滝ダムの水を得て稼働する県営御所浄水場から水道水の100%を受水する橿原市、香芝市、大和高田市など中南和の都市群のことを思いますと、ダムによる水没者、地滑り離散者に対し県民の1人として、申し開きができるのではないかと思います。

 川上村は今でこそ、水源の村を標榜していますが、そこに至るまでの複雑な道のりは県民にほとんど知られていません。ダムは10年早く完成する予定でした。あれは2003年、試験貯水をしていたときのことです。治水が主目的のダムですから、梅雨や台風のシーズには貯水位をぐんと下げて運転します。従って年間を通して、水位が大きく変動しますから、地盤は強固なものでなければなりません。試験貯水を開始して、水位が湖底から30メートルほどに達したとき、白屋という堰堤(えんてい)から4キロほど上流の集落で地面に亀裂が走りました。家々の壁もひび割れが起こります。地滑りの予兆として全37世帯が廃校舎の仮設住宅に移され、3年もの暮らしを余儀なくされます。そのまま廃虚となった白屋地区は八百年とも千年ともいわれる歴史があり、お堂には平安の秘仏が安置されていました。

 実は、こうした事態が起きる30年前にも、地滑りは警告されていたのです。昔から潜在的な地滑り地と伝えられ、区民は、国に対し抜本的な地滑り対策をするよう要求してきました。建設省から一応の対策は示されました。

 しかし、どうにも安心できず白屋地区は、学者を招いて詳しい調査をしてもらうことにしました。1970年代、吉野林業の黄金時代です。地区には、自前で研究者を招請する資力があったのですね。イタイイタイ病の研究をし、農学や河川にも詳しい吉岡金市博士(1902~1986年、元金沢経済大学学長)に白羽の矢、そして助手の和田助教授(当時)と共に調査に乗り出したのです。

 来村した吉岡博士は真っ先に法務局に行き、古い土地台帳に当たり、白屋地区の小字を洗い出します。「崩谷」「抜け頭」は崩落の跡を物語る地名。「大舟」は水と深い関係にある地名。「石灰谷」はもちろん、石灰に関係するといわれます。崩落、地下水、石灰…いずれも昔からの地滑り地帯であることを彷彿とさせます。伊勢湾台風のときに大量の水が噴き出し、畑を押し流した地点の小字は「桂」といいますが、カツラの木というのは水を好む植物だそうです。

 吉岡博士はいよいよ現地調査に向かいます。集落の一軒一軒の家屋の傾き具合を丹念に調べます。どの家も皆、南の方向に傾いている。まだ水没前の吉野川の方向に向かって傾いていたそうです。さらに区民たちに聞き取りをすると、鴨居の下がり方が著しかったり、柱が傾いている状況を修理しても、ある程度の年数が経過すると再び同じような状況になったりするという話でした。

 このままでは8000万トンの大容量の貯水にこの集落は耐えられない、と吉岡博士は国や県に対し警告します。しかし誰も耳を貸さない。果たして30年後の2003年、あのような事態になったのでした。 

 深度70メートル地点に滑り面の粘土が確認されていたにもかかわらず、国は浅い地滑りを想定した対策しか施していなかった。ふるさとを追われた人々はついに国を相手取り、裁判を起こします。国土交通省が安全対策を怠ったとする大阪高裁の判決が確定したのは2010年でした。国は最高裁への上告を断念しています。

 勝っても原告の元村民たちに笑顔はありません。地滑りで仮設住宅の暮らしを強いられていたとき、どこに移転するかで仲たがいが生じ、二つの派ができてしまったのでした。最初は、37世帯が一つの土地に移転できるよう国に求めますが、急峻(きゅうしゅん)な林業村にあって、適地か見つかりませんでした。早くから水没することが決まっている集落は、相当な時間をかけて移転先の造成地を決めることができたのですが、地滑り発生により、大滝ダムの完成がまた延びてしまい、完工を急ぎたい国の焦りもあって、白屋の移転問題を複雑にさせたと思います。

 分裂したうちの13世帯は橿原市内に、対立した12世帯は大滝ダム建設中に造成された骨材プラント跡地に移転し、まとまって暮らしています。残る12世帯は散り散りに大淀町に移転したり、大阪にいる子どもたちの元に移ったりしました。

 先ほど申し上げた湖底に水没した人々の闘争は、さらに遠い日の出来事となりました。ダムが着工した当時は、水没者の組合が幾つかあって、人々は団結して国と補償交渉に臨んでいましたが、切り崩され、組合も解散し、国と一対一の交渉になってからは、それこそ疑心暗鬼という心情もあって、人と人の心の壁をうずたかくしていきます。

 水没による移転先を巡って分裂した集落もあり、それぞれの派が別々の造成地に移転しました。春秋の氏神の祭礼は日に2度、神主が神事を司る事態を取材したことがあります。仲たがいした人たちが顔を合わさないようにするため、そうしているのです。

 防災を掲げたダムなのに、コミュニティーという防災の一番の要の部分に亀裂を入れてしまったのですね。村の家々を取材に訪ね歩いても「ダムのことは話したくない」という村民が多かったわけです。

 これからはダムだけに頼らない治水、利水が理想であると私は考えています。異常気象がもたらす豪雨が懸念され、ダムの事前放流が奨励されればされるほど、利水の不安定要因が伴います。白屋地区など3地区にまたがる大掛かりな地滑り対策工事は完了しましたが、今も大滝ダムによる付け替え国道の高原トンネル付近で地滑り対策工事が行われています。このように地質に課題があるだけでなく、下流の和歌山県側に堤防が未整備の区間があり、治水のための放流の在り方にも課題を残しています。奈良盆地に住む私たちは、遠いダムに依存するのでなく、自分たちの足元から水の地産地消、市民皆で水源を涵養する水資源開発を探りたいです。

 いま大滝ダム、室生ダムの県営水道から100%受水している自治体も、50年後、100年後の水源の在り方を皆で考えてみませんか。ゆとりあるダムの水がある今だから、水源地の人々に感謝しつつ、じっくりとこれからの地下水などを研究できるし、そして、葛城市型のため池を生かした浄水もモデルにしたい。ため池の多い奈良盆地において、このスタイルを継承・発展させることはできないものか、中立な学識経験者の意見を聞きながら探ってみたいです。

 本日の会場の地、橿原市が地下水の市営八木浄水場を廃止し、ダムの県営水道100%に移行したのは2016年のことでした。多様な水源は防災上、大事であるといわれますが、県営御所浄水場との距離が近いことから、浄水場更新の費用などを勘案し、自己水源をなくしたと聞きました。県が一体化構想を打ち上げる前年のことであり、自主的な判断だったのでしょう。

 市の教育委員会はこのほど、伝建地区今井の環濠を復元しました。どこから水を引き入れたのか知りたく、飛鳥川だろうか…などと思っていました。正解は地下水です。八木浄水場は消えてしまったが、今もまちづくりに地下水は生きているのだなと思うと痛快な気持ちになります。

 誰でも自由に水道水をくむことができる広場が近鉄生駒駅前にあります。これはいいですね。中南和でも共同の地下水を復活し、こんな空間ができると素晴らしいと思います。

 いよいよ県域水道一体化構想の協議も大詰めとなり、関係市町村の議会が議決をする日も近づいてまいりました。住民の一人一人が参加・不参加を主体的に判断できるように、そして、自分の思いに近い議決をした議員たちは誰なのか、知ることができるように、県民に対し十分な情報提供を求めます。それぞれの自治体が参加・不参加のいかなる判断をしようとも、人々の内側にある民主主義が磨かれる機会であることを願ってやみません。ご清聴ありがとうございました。 関連記事へ

読者の声

comments powered by Disqus