固定資産税滞納の不当差し押さえ、裁判で認めさせた体験を小説に 大和郡山の男性
訴訟の相手となった大和郡山市税務課の窓口=2020年9月、大和郡山市北郡山町
固定資産税の滞納に対し奈良県大和郡山市が行った差し押さえが過大であるとして奈良地裁で争い、訴えが認められた同市井戸野町の農業、至口しひろさん(69)=ペンネーム=が体験を小説仕立てにした「砂の楼閣」を出版した。市役所の徴税権力に向き合った1人の市民の、2年3カ月間にわたる闘いが克明に描かれている。
土地や家屋に市町村が課す固定資産税は、納税者の収入が減っても税額は下がらない。新型コロナウイルスの感染拡大防止策などで休業を余儀なくされて収入が減った自営業者らには重税感がある。
至口さんは、相続した土地の親族間の話し合い未調整などにより固定資産税124万円を滞納し、「それ自体は良いことではなかった」と認める。滞納に対し大和郡山市は2017年、固定資産評価額に換算すると滞納額の10倍以上に上る全所有土地12筆を差し押さえたため、「行き過ぎではないか」と至口さんは異議を申し立てた。
訴訟に発展し、奈良地裁は昨年2月、差し押さえの一部取り消しを命じ「裁量権を逸脱して違法」と判断した。至口さんは滞納分を全額納税し、市は控訴を断念した。
舞台は、田園地帯が広がる市東部の古くからの集落。家の菩提寺に残る過去帳をたどると、至口さんは元禄期から数えて7代目の当主に当たる。先祖代々守られてきた土地の全筆にわたり「差し押さえ」の文字が登記簿に刻まれたのは、胸にこたえたという。ご先祖様に申し訳ないような気がして、毎日のように仏壇の前に座してわびを入れるようになった。たとえ差し押さえが解除されても、末代まで恥を残すに違いない、との思いが強まっていく。
行政を批判することは「江戸時代なら命懸けだったろう」と至口さん。時は流れ、今はたとえ1人の市民であっても、課税庁を相手に提訴できる時代なのだからと、自らを奮い立たせた。
訴訟を決意する前、市税務課の担当者と何度か話し合いをした。市生活安全課に出向中の警察官が同席し、「刑事です」と自己紹介されたときには面食らった。前回の話し合いの場で、友人が言葉を荒げて市を批判し、彼がサングラスを掛けて強面に映ることが当局の印象をいっそう悪くし警戒され、警察官を連れて来たのかと思うと、悔しくて不愉快で仕方なかった。友人は紫外線によるアレルギーがあり、常時サングラスを掛けていたのだった。
その後、ある市議が発行する活動報告紙の中で歯に衣着せず市政批判を繰り広げているのをふと目にした。面識はなかったが、連絡してみた。差し押さえの通知書を見せたら「こら―、ひどい話ですな…」と、市議から義憤に駆られている様子が伝わってきて、問題意識が一致する人だと思った。
この縁により、還暦を過ぎて初めて市議会を傍聴した。国会中継で知る議場と比べ、とても小さくて拍子抜けした。しかし、この市議が定例会ごとに4回も連続して立て続けに取り上げる姿勢には驚かされた。
市の見解は当初、差し押さえた土地の実勢価格を鑑定することは難しく、公売にかけると、どの程度の金が入るのか予測困難なこともあり、全筆を差し押さえたことは適法と主張していた。
実勢価格が分かりにくい土地であるのに、市役所はなぜ土地の評価額を算定し、市民に固定資産税を課すことができるのか、至口さんもサングラスの友人も、ずっと疑問に思っていた。
判決の日、仏壇に向かってかねを鳴らし、自分に気合を入れた。小説には、先祖を崇拝し、伝来の土地に強いこだわりをもって農事を営む奈良県の人の日常が現れている。
市税務課は「あってはならないことでした。改めて注意を喚起していきます」と話す。裁判の結果をより良い税務行政に生かすという。
至口さんは言う。「百姓というのは百の姓と書くが、農家は昔から百の顔を持つのですな。稲作、畑作だけでなく、大工仕事もすれば機織りもする」。もう1つの顔は、徴税権力と対等に向き合う市民の顔である。
小説は四六判、210ページ、文芸社、税込み1320円。