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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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浅野善一

「強制連行知らなかった」 奈良天理・柳本飛行場跡、歩く催しに26人

柳本飛行場の滑走路の暗渠跡(足元の水路)を見学する参加者=2020年8月6日、奈良県天理市

柳本飛行場の滑走路の暗渠跡(足元の水路)を見学する参加者=2020年8月6日、奈良県天理市

 太平洋戦争末期、奈良県天理市に建設された軍事施設、柳本飛行場の跡を歩く催しが6日、26人が参加して行われた。強制連行された朝鮮人が同飛行場の建設に従事させられた歴史を、教員らのグループが掘り起こしてきたが、正史である市編さんの「天理市史」には今も記載がない。催しはこうした歴史を知ってもらおうと開かれた。

 主催したのは「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」(高野真幸さんら5人の共同代表)。

 同飛行場の強制連行の歴史を巡っては、教員らのグループの調査の成果を踏まえて1995年、飛行場跡の一角にある市の公園に、市と市教育委員会の連名の説明板が設置されたが、2014年、「強制連行」を批判の標的にする人たちからのメールや電話を受けて、撤去された。「考える会」は市に説明板の再設置を求めるとともに、会が主体となって昨年4月、以前とは別の同市長柄町の民有地に新たな説明板を設置した。

 この日の出発地点は新しい説明板の前。「考える会」の代表の一人、高野さんは強制連行に触れ、「あったことをなかったとする動きに抵抗しながら、きちんと後世に伝えたい。戦争や侵略、植民地支配を繰り返してはならない」と訴えた。参加者の中には高校生や大学生など若い人の姿もあった。

 参加者はこの後、長めのコースと短めのコースの2班に分かれ、水田地帯の中に点在する飛行場の痕跡を1、2時間掛けてたどった。

 短めのコースでは元教員、東川敬宣さん(奈良県山添村在住)が案内。柳本飛行場の役割や建設に動員された朝鮮人労働者について解説した。田んぼの中に横たわるコンクリート製の建造物は戦闘指揮所。攻撃に備えて頑丈に作られ、田んぼの所有者も除去できず、戦争遺跡として今日まで残った。滑走路の排水のための暗渠(あんきょ)も一部が残っていて、今も水が流れている。

 東川さんは「あそこに慰安所の一つがあった」と遠くの建物を指さした。飛行場には朝鮮人女性の慰安所があったとの証言も得られている。東川さんは、当時の慰安所の朝鮮人女性が置かれていた厳しい状況についても紹介した。

 奈良市から参加した会社員、西田光一さん(50)は「当時、天理市に住んでいた父から飛行場のことを聞き、興味を持った。ほとんど田んぼに変わってしまっているが、もう少し残しておいても良かったのでは」と感想を述べた。

 また、桜井市の男性(69)は「飛行場跡のことは前から聞いていたが、見たことはなかった。参加して現地で当時の姿を想像できた。強制連行や慰安所のことは知らなかった。勉強になった」と話した。 関連記事へ

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