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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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浅野善一

生駒・金鵄の杜倭苑や西奈良県民センターの廃止 公共施設の老朽化、建って育った人の縁の行方

3月いっぱいで廃止される「金鵄の杜・倭苑」=2022年2月、生駒市高山町

3月いっぱいで廃止される「金鵄の杜倭苑」=2022年2月、生駒市高山町

 風呂が喜ばれている奈良県生駒市の市高齢者施設「金鵄の杜倭苑(きんしのもりやまとえん)」が3月いっぱいで廃止される。理由は建物の老朽化。一方、住民の交流活動などに利用されてきた奈良市の県施設「西奈良県民センター」が2016年に廃止された際も老朽化が理由だった。建物の寿命とともに廃止される公共施設の設置目的は達成されたのだろうか。

 どちらも築50年に近い鉄筋コンクリート造り建物。公共施設の建設が盛んだった1970年代に建てられた。庁舎や学校なら補修や建て替えもあるが、両施設は利用者があっても廃止が決まった。

【金鵄の杜倭苑】

 生駒市の渡辺泰子さん(80)は昨年12月10日、市議会の傍聴者用の別室のモニターで、12月定例会厚生消防委員会の会議を見守っていた。審議されていたのは、市が同定例会に提出した倭苑の廃止条例案。渡辺さんは仲間と共に2日前、倭苑の存続を願う要望書を236人の署名を添えて市に提出していた。

倭苑の存続を願う要望書を236人の署名を添えて生駒市に提出した渡辺泰子さん=2022年2月、同市の倭苑

倭苑の存続を願う要望書を236人の署名を添えて生駒市に提出した渡辺泰子さん=2022年2月、同市の倭苑

 渡辺さんは、倭苑の浴場を開業当初から20年近く利用してきた。利用者が素朴、温和で、雰囲気が落ち着いているのが、ほかの入浴施設にはない魅力だといい、「風呂、カラオケ、麻雀を通して仲良しのコミュニティーができている」この施設の廃止に納得がいかなかった。

 市の中心部から車で約30分、市の北端、同市高山町の高山溜池(ためいけ)のほとりに倭苑はある。周辺は里山の自然に恵まれていて、同池の南には行楽地として知られる「くろんど池」がある。倭苑の開業は2003年だが、鉄筋コンクリート造り2階建て延べ床面積約1200平方メートルの建物はもともと、県が老人休養ホーム「椿寿荘生駒寮」として1974年に建てた宿泊施設だった。

 椿寿荘は現在の倭苑と似た性格を持っていたが、開業から30年を経て、「建物の老朽化と類似施設の増加による利用者減」(県長寿・福祉人材確保対策課)を理由に廃止された。この後、生駒市が県から施設を賃借して、宿泊の機能はなくなったが、高齢者と子供の交流を目的に掲げ、倭苑を開業させた。

 施設を使用できるのは市内居住の60歳以上の高齢者と中学生以下の子供。浴場、研修室、貸し室、カラオケルーム、多目的グラウンドなどがある。特に浴場の利用者が多い。浴場の使用料は高齢者の場合、60歳以上75歳未満が100円、75歳以上が無料。利用者の交通手段は大半が自家用車だが、バスや徒歩の人もいる。「市内のさまざまな地域から高齢者の皆さんが日々集われ、交流を図られている」と、渡辺さんらが提出した要望書には書かれていた。

利用者が声上げる

 市が3月いっぱいで倭苑を廃止しようとしていることを渡辺さんが耳にしたのは、市から議会に対し12月定例会への提出議案の説明があった11月22日の2、3日前。厚生消防委員会での市の説明では「地元の生駒北小学校区8自治会連絡協議会の会議に出向き、施設の状況と廃止の予定について説明して、一定の理解はいただいている」とされたが、校区外から車で通う渡辺さんにそうした機会はなかった。

 渡辺さんは市議会議員の名簿を頼りに議員に連絡を取り、思いを伝えた。風呂仲間の74歳の女性と2人で「倭苑の存続を願う利用者の会」をつくって、29日には署名集めを始めた。連日、倭苑に通い、利用者に署名を呼び掛けた。署名集めに協力してくれる人もいた。

 市が議会に示した倭苑廃止の理由は「老朽化の進行が激しく、今後維持管理に掛かる経費の増加が見込まれる」とういもの。市は、2020年9月策定の市公共施設マネジメント推進計画で倭苑の廃止方針を明らかにしていた。同計画は、市公共施設の適正配置と民間活力導入の推進を目的に策定された。

 市高齢施策課が厚生消防委員会に提出した資料などによると、倭苑の年間利用者数はコロナ禍による影響のなかった2018年度で1万7297人。うち浴場の利用者は1万2162人で全体の7割を占めた。施設全体の利用者からの使用料収入は約148万円だった。利用者は「常連さんばかり」(同課)だという。

 一方、倭苑の年間の運営経費は2021年度で2356万6000円。内訳は指定管理者への委託料が2217万6000円、施設の使用料および賃借料が139万円。市はこれに加えて今後、施設を継続するのに必要な改装などの概算費用として、屋上防水塗装工事の約1400万円や耐用年数を超えている浴場用ボイラー入れ替えの約1000万円、多数の亀裂が見つかっている外壁の修繕の約350万円を挙げ、ほかに空調設備の入れ替えなども必要とした。

 委員会での市の説明では、倭苑の屋上の防水工事は開業以来、行われておらず、県が運営していた時代に行われたかどうかも記録がなく不明とのことだった。

 山本昇副市長は「当時、市民の声を聞いて、建物を生駒市で受けてスタートした。県が廃止しようとしている施設を運営するということで、いつまでするか決めていなかった。状況を見ながら進めてきた」と釈明した。

 成田智樹委員(公明)は倭苑の存続を求める立場から「老朽化が激しいから廃止せざるを得ないということには市に一定の責任がある。市がすべき維持管理をやっていないことのつけを市民、高齢者に回す形になっている」と批判した。

 市は「この施設についてはなるべくコストを掛けず、最低限の安全管理をするための修繕工事を繰り返してきた」と説明した。山本副市長は「大規模改修には最低でも1億5000万円ぐらい掛かる。そういった金を投じてまで改修するのかどうかという判断」と述べた。

 成田委員は「高齢施策課は高齢者が生き生きと暮らせる、住んで良かったというまちをつくるための施策を具体的な形で発案、実施する所。高齢者施設を単純に老朽化しているから廃止しなければならないということではない」と主張した。

 市は代替施設として、日帰り入浴もできる市の余暇施設、生駒山麓公園ふれあいセンターなどを案内したいと述べた。

 この日の委員会では急きょ、傍聴に来ていた渡辺さんから直接、声を聞く場、さらに委員が倭苑の現地を調査する機会も設けられた。しかし、委員会での採決では、廃止条例案は賛成多数で可決された。

 12月21日の定例会本会議。渡辺さんら施設の存続を願う利用者4人は、傍聴席で廃止条例案の採決を見守った。討論があり、賛成の立場からは「代替施設は皆無ではなく、新たな場所でこれまでのコミュニティーを維持または新たなコミュニティーを形成していただくこともできる」などとする意見、反対の立場からは「当面の維持なら改修費用を相当抑えることは可能。利用者の意見を丁寧に聞いていない。ふれあいセンターが代替施設になるのか検討が不十分」などの意見があった。

 委員会での採決結果は覆らなかった。議長を除く議員23人中、反対したのは7人。廃止条例案は賛成多数で可決された。

 渡辺さんは廃止が決まった後も、利用者を対象にふれあいセンターでの代替策などについて尋ねるアンケートに取り組んだ。倭苑で麻雀を楽しんでいる人もアンケート集めに協力してくれた。

「唯一の触れ合いの場所」

 約40人から得た回答の中には「独居老人で倭苑での人の触れ合いが唯一の場所だった。車にも乗れない私はバスの送迎を希望します。老人にも生きがいを与えてください」という切実な声もあった。

 ことし1月20日、議会の公明党会派が市に交渉して渡辺さんと小紫雅史市長との「膝詰め談判」が実現、アンケート回答者の声を伝えた。市長は「十分に検討させてもらう」と答えたという。

大規模改修が必要、7割近く

 椿寿荘生駒寮と西奈良県民センターはどちらも県が建てた公共施設。県公共施設等総合管理計画(2016年3月策定、18年9月改定)によると、計画策定時点の県の公共施設は庁舎や県立高校、県営住宅など677施設。このうち、両施設のような集客系施設は83施設。

 建築年別では、1970年前後から1990年ごろにかけてのものが多く、棟数のピークは1970年、延床べ面積のピークは1976年。大規模な改修工事が必要とされる築30年を超える、1985年以前に建築された施設は363施設、2421棟。延べ床面積で約110万㎡、全体の約67%を占めた。

 同計画は、今後の人口減少予測や財政負担の軽減を挙げて、公共施設の更新・統廃合・長寿命化などを計画的に行う必要があると述べる。

【西奈良県民センター】

跡地利用が焦点

 奈良市登美ケ丘2丁目にあった西奈良県民センターは2016年3月に廃止され、現在は建物が撤去されて広さ2831平方メートルの跡地だけが残っている。施設の廃止当時は反対運動もみられなかったが、2019年3月に建物の撤去が完了すると、跡地利用について声を上げる住民が出てきた。

建物が撤去された西奈良県民センター跡地=2021年8月、奈良市登美ケ丘2丁目

建物が撤去された西奈良県民センター跡地=2021年8月、奈良市登美ケ丘2丁目

 「西奈良県民センター跡地利用を考える会」(川島信彦世話人代表、当時の名称は「住みよい登美ケ丘をつくる会」)は同年11月15日、跡地への多目的ホールなどを備えた公共施設の建設を求めて、荒井正吾知事に要望書を提出した。

 どのような跡地利用を望むか、「考える会」は要望書提出に当たって、周辺のスーパー前などで住民アンケートを実施した。335人から得た回答には「自治会の会議の場所がなくなり、個人の家や遠くの場所を借りなければならなくなった」「投票所が遠く、タクシーを利用せざるを得ない」「趣味のサークルの場所の確保が難しくなった」「音楽や体操などの練習、発表の場がますます少なくなった」など、廃止への不満の声があった。

 センターが開館したのは1971年9月。大規模な宅地開発が進む奈良市学園前地域における集会施設の先駆けだった。新旧住民の対話と交流の場の提供▽県政の広報、県民生活に関する相談業務▽住民の自主的レクリエーション、体育その他の文化活動についての指導―などを設置目的とした。建物は鉄筋コンクリート造り2階建て、延べ床面積約1066平方メートルで、ホールや集会室、和室などを備えていた。

要望書を提出し、県の担当者との面談に臨む「住みよい登美ケ丘をつくる会」(当時)の人たち=2019年11月、奈良市

要望書を提出し、県の担当者との面談に臨む「住みよい登美ケ丘をつくる会」(当時)の人たち=2019年11月、奈良市

 要望書提出の際、県は県庁近くの会議室で「考える会」との面談にも応じた。行政経営・ファシリティマネジメント課(現ファシリティマネジメント室)と青少年・社会活動推進課の各課長らが住民の質問に答えた。

 このときの県の説明などによれば、センター廃止は建物の耐震診断結果や老朽化を踏まえて決めた。廃止前は周辺住民向けの公民館と同じような利用形態になっていた。新旧住民の対話と交流という当初の目的は達成された。周辺で施設の整備が進み、状況は改善されている。

 「考える会」は席上、「時間がたてば県施設の在り方も変わる。いろんな人が利用していた」と反発した。「県民の集い」などセンターによる自主事業は1998年度で終了、併設の奈良保健所西奈良保健センターは2001年度をもって廃止されたが、継続された貸館事業の稼働率は2012年ごろで70%。記者が県に開示請求して得た最終年度(2015年度)の稼働状況積算表では、運動場を含む年間の稼働率は62.6%だった。

集会施設の空白地域に

 センター廃止後、周辺は公共の集会施設の空白地域になった。1971年のセンター開館後、徐々に進んだ地元奈良市による公民館などの整備が、付近での同種施設の重複を避けて進められた結果とみられる。

 県はセンター廃止を年度末に控えた2015年6月ごろ、周辺自治会に対し、集会施設を一覧にした「西奈良県民センター周辺の公民館等施設」を配布した。いずれも市設置の施設で、これを参考にすると、周辺には公民館など15の集会施設がある。その分布を見ると、センターから1キロ前後の範囲が施設の空白地域になっていることが分かる。

 県は廃止前年の2014年度に周辺の自治会長宅を訪問してセンター廃止の方針を伝えた。この際、南登美ケ丘第2自治会の会長は「奈良市もセンター周辺を避けて、施設を配置している」と指摘、「県民センターがなくなると、この地域が集会所の空白の地域になる」との懸念を伝えていた。

 「考える会」の要望に対する県の考え方は、住民が要望している施設はその性格から「県ではなく奈良市で整備すべき内容」(2020年3月11日の県議会2月定例会総務警察委員会での行政経営・ファシリティマネジメント課長の答弁)というものだった。

 県として跡地活用の予定はなく、奈良市に対し、活用の意向があるか照会した。市は2020年8月、活用意向無しと回答した。県は翌月の県議会9月定例会総務警察委員会で、委員の質問に答えて「民間への売却を考えざるを得ない」と表明した。

 奈良市教育委員会地域教育課は後の「奈良の声」の取材に対し、「市の厳しい財政状況の中、限られた予算を活用して公民館の運営や管理を行っていく必要があり、公民館の新設を行う予定はない」と回答している。

跡地の売却中止とともに防災を兼ねた公共施設の建設を求める署名活動に取り組む「西奈良県民センター跡地利用を考える会」の人=2020年12月、奈良市学園南3丁目の近鉄学園前駅前

跡地の売却中止とともに防災を兼ねた公共施設の建設を求める署名活動に取り組む「西奈良県民センター跡地利用を考える会」の人=2020年12月、奈良市学園南3丁目の近鉄学園前駅前

 「考える会」は、跡地の売却中止とともに防災を兼ねた公共施設の建設を求める署名活動に取り組み、2021年1月27日、3079人に上る署名を添えて荒井知事あてに要望書を提出した。会は「署名の重みを感じてほしい」と県に訴えた。また、仲川げん奈良市長に対しても同年6月23日、県への回答を撤回し、再協議するよう求める要望書を提出した。

 登美ケ丘地区など近隣の6つの自治連合会はことし1月末、連名で仲川市長に要望書を提出した。要望書は、市から県に対し売却を再考するよう促してほしいとした。併せて市としての利用を検討するよう求めるとともに、災害時の避難場所としての活用などを提案した。

 自治会組織が跡地活用を巡って要望活動を行うのは初めてだった。鶴舞地区自治連合会の階戸幸一会長は取材に対し「防災の観点から土地を残してほしい。自治連合会としても活用に協力していく」と語った。

 市公園緑地課は自治連合会に対し3月7日付で回答したが、「本市の公共施設の整備状況や財政状況を鑑みると、有償で譲り受け利活用することは厳しい」として、「県に対し大渕池公園の一部である当該地を県民が活用できるよう働きかけたい」と答えるのが精いっぱいだった。

 跡地は、県立大渕池公園の都市計画決定区域に含まれている。県は売却に向け、都市公園の都市計画決定区域から除外するための都市計画変更案を作成する作業を進めている。変更案は県都市計画審議会の承認を得なければならず、住民にも意見を述べる機会がある。「考える会」は売却を止めたいと、この機会を注視している。 関連記事へ

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