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地域の身近な問題を掘り下げて取材しています

発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)地域資源としての水 「手放さない」という選択/政治と憲法の風景・川上文雄…14

筆者のアートコレクションから出浦太郎「山I」。作者はアトリエ・ポレポレ(東京都)所属

筆者のアートコレクションから出浦太郎「山I」。作者はアトリエ・ポレポレ(東京都)所属

 奈良県で進行中の「県域水道一体化」計画。その核心は、参加の市町村が自前の水源を放棄し、県の水源(巨大ダム)にほぼ全面的に依存するという「垂直統合」にあります。コラムは以下の2つをめざします。

(1)水(水源・水道)を地域資源ととらえ、その特性を農業経済学における知見にしたがって理解する。
(2)以上にもとづいて、各市町村(地域)はこの資源を手放すべきでないと考える理由について述べる。

 奈良県の水道事業を意識しながら書きましたが、水資源一般についての文章としてもお読みください。

特性は3つ

 地域資源の特性は何か。以下、引用は田村紀雄編「地域メディアを学ぶ人のために」(世界思想社、131~132ページ)からです。

 第1の特性は「非移転性」。「土地・気候など、人間が空間的に移転させることが全く不可能であること」(引用)。筆者はこの特性を「逃れられないこと」と読み替えてみたい。たしかに、奈良県下に多くある溜(た)め池は、奈良盆地における少雨と日照りという、逃れられない地域の気候と格闘して育んだ地域資源です。(池の数については末尾の「追記」参照)

 第2の特性は「非市場性」。「地域資源は石油資源のようにどこへでも移転して供給できる一般的な市場財とは基本的に異なっている」(引用)。奈良県の計画のように「遠隔地にある巨大ダムの水を各地域に送る(導水距離が長い)」というのでは、外部から市場に商品を「移転して供給」する行為とほとんど変わりない。それでは地域資源とはみなされない。

 第3の特性は「有機的連鎖性」。「耕地・水・森林のように、1つの相互的な有機的連鎖性を持っているということ」(引用)。連鎖を連携に読み替えて、水道事業に関わるつながりを見ていきましょう。

 まず近隣地域間の連携の事例。阪神大震災のとき、未曽有の災害を教訓に北和4市が協力し、非常時に水を融通し合おうと、各市の境界に特別な水道配管工事がなされました。(「奈良の声」2021年4月29日「浅野詠子・講演録より」)

 つぎに河川の上流地域と下流地域の連携。水源を涵養(かんよう)する上流地域を無視して一方的に下流地域が水の利益を享受するわけにはいかない。費用負担だけでなく、水を手がかりにして、いろいろつなげて地域間に有機的連鎖を生み出していく。日本全国、今後の課題です。「連鎖性が破壊されたときには、地域資源としての有用性は失われてしまう」(田村、前掲書)のですから、遠隔地にある巨大ダムの水を各地域に送ることが連鎖を破壊しないか、しっかり検討する必要があるでしょう。

 筆者が暮らす奈良市の水資源(水道インフラ)は長年の努力で築かれた地域資源です。これには、地域のなかで仕事する人・活動する人も含まれる。そうした人たちの知識・経験・創意工夫が代々伝えられてきた。そして、さまざまな地理的・歴史的要因が複雑にからみあい、有機的な連鎖が作り出されてきた。詳しいことは筆者には不明ですが、そのようなまなざしで地域資源を再評価する必要は絶対にあります。財政赤字を軽く見てはいけないけれど、それだけで評価したのでは、地域の可能性(潜在能力)に気づきにくくなる。

対等な関係たもつために

 そのような可能性(潜在能力)の根拠となる地域資源は、安易に手放すべきでない。筆者がそう考えるのは、各地域の自立・自由を守るため、つまり市町村が県と対等な関係をたもつために必要だからです。この主張を補強するために、ルソーの「所有」論を見ていきます。

 「すべての人がある程度のものを所有し、だれも過剰に所有しない」。ルソーはこの命題で所有に関する基本原理を表現しました。「地域」に関する命題に変換してみましょう。「すべての地域が地域資源をある程度所有し、どの地域も過剰に所有しない」。地域資源を手放せば、過剰に所有する地域が出現してしまう。つまり、参加の市町村が自前の水源を手放す垂直統合では、水源について「過剰な所有」者(=県)が出現し、他はそれに依存してしまう。地域の自立・自由、地域間の対等な関係を考える際に、とても参考になる命題です。

 ルソーはこの命題を人々が自由・独立でいられるための社会(良い社会)の指標であると考えました。(以下は私の推論です)ある程度持っていたら、生活上の不安が少なくてすむ、安心できる。あるいは、組織のなかで良心に反することを命じられても、拒否できる自由を失わずにすむかもしれない。これは、やりたくないことをやらされない自由。たしかにルソーがもっとも重視した自由です。

 すべての市町村(地域)が県との対等な関係をたもつために必要な程度、地域資源を所有することが、政策立案における自由(自主性・自治)を守る。

 奈良県としても、対等な関係を重視することに異論はないはずです。計画は市町村の地域資源を尊重しているか、垂直統合がその「有機的連鎖性」を破壊することはないのか、しっかり検討すべきです。

【追記】県民だより平成24年5月号「統計から知る奈良vol.13『気候から見た奈良県』」によると、1963年時点では全国で5番目に多く約1万3800カ所、2009年時点には約5800カ所あった。

(おおむね月1回更新予定)

川上文雄

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、元奈良教育大学教員

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