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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)文化勲章受章の女性たち/政治と憲法の風景・川上文雄…22

筆者のアートコレクションから武田佳子(たけだ・あつこ、1957年生まれ)「脱ぎ捨てて」。2006年制作の作品。モチーフは篠山紀信「宮沢りえ写真集 Santa Fe」(1991年11月刊)のなかの1枚。身体障害のある自分を意識しながら描いた。奈良県在住、たんぽぽの家アートセンターHANA(奈良市)所属

筆者のアートコレクションから武田佳子(たけだ・あつこ、1957年生まれ)「脱ぎ捨てて」。2006年制作の作品。モチーフは篠山紀信「宮沢りえ写真集 Santa Fe」(1991年11月刊)のなかの1枚。身体障害のある自分を意識しながら描いた。奈良県在住、たんぽぽの家アートセンターHANA(奈良市)所属

【おわびと訂正】(2023年11月8日)

 本コラム中に事実誤認の記述がありました。まことに申し訳ありませんでした。以下のとおり訂正いたします。

 1段落目で「1937年に始まった文化勲章制度。これまでの受章者は427人(辞退4人を除く)。そのうち女性は22人です(辞退1人を除く)。今年は女性の受章者がいませんでした」と書きましたが、コラムを執筆した2021年、女性の受章者は0人ではなく2人でした。岡崎恒子氏(分子生物学)と牧阿佐美氏(バレエ)です。したがって2021年までの女性の受賞者は総計24人でした。

 また、「自然科学分野、79年目に初」の見出しで始まる文章の2段落目で「理科系の女性2人目の受章は何年になるのでしょうか。まさか野上弥生子のように23年後ということにはならないとは思います」と書きましたが、5年後の2021年に岡崎氏が受賞しました。

 11月5日に読者からご指摘をいただきました。何年前のコラムであれ、誤りに気づいた読者の投稿のおかげで訂正することができました。ありがとうございました。

 11月9日に99歳で亡くなられた僧侶で作家の瀬戸内寂聴さん。2006年に文化勲章を受章しています。1937年に始まった文化勲章制度。これまでの受章者は427人(辞退4人を除く)。そのうち女性は22人です(辞退1人を除く)。今年は女性の受章者がいませんでした。ちなみに去年は2人。その数の遅々たる増え方は、どこか女性の政治参加の歩みに似ています(今回の衆議院選挙でも女性議員の数は増えなかった)。また、自然科学分野での初受章はとても遅かった。女性受章者たちを歴史的に振り返ります。受章者数・分野の確認は「ウィキペディア」の「文化勲章受章者の一覧」によりました。

第1回は男だけ

 第1回の受章者9人は全員が男性。受章者の専門領域を見ると、勲章制度が発足時に抱いた「文化とは何か」についてのおおまかなイメージを得ることができます。学術、文学、美術の3つに大別できます。学術では自然科学系3人で、それぞれ物理学、金属物理学、地球物理学。文学は2人で、和歌・和歌史と小説。美術は4人で、洋画2人、日本画2人。

 工芸は遅れました、彫塑・彫刻よりも遅れました。陶芸は戦後の1953年、九谷焼の陶芸家が初。伝統芸能も戦後の1946年に能楽で初。文科系の学術はかろうじて戦前、1944年に中国文学研究者が受章しています。

女性は2人目までに23年要する

 最初の女性は日本画の上村松園で、1948年の受章。男女平等の日本国憲法が公布されて間もない年でした。「これまで女性がいなかったのはまずい」「とりあえず1人目」だったのでしょうか。2人目は1971年、野上弥生子(小説家)です。なんと23年ぶり。

 1948年から20世紀最後の2000年までの約50年、女性受章者の総数はわずか8人(1995年に辞退した俳優の杉村春子を除く)。2001年以降は14人。「男女共同参画」が声高に言われるようになったからでしょうか。

文学・文芸、美術・工芸に偏る

 女性受章者の多数は、文学・文芸(小説ほか)分野と美術・工芸分野の人です。

 文学・文芸はこれまでに8人。そのうち7人が小説家です。瀬戸内寂聴は小説家として4人目(2006年)。2020年の橋田寿賀子はただ1人小説家ではなく、「渡る世間は鬼ばかり」などテレビの脚本を書いてきた人です。小説家の方がテレビの脚本家よりも「格調」が高くて、文化の香りが強いと見なされていたということでしょうか。最初のころから受章者を出していた分野とあとになった分野がある。一種の序列と言えそうです。

 美術・工芸は7人。内訳は美術4人、工芸3人。1948年の上村松園以降、日本画での受章が続きます。1980年に小倉遊亀、1989年に片岡球子(それぞれ女性で3人目と5人目)。工芸分野の初受章は2000年で皮革工芸の大久保婦久子。その後、2015年に染織(着物)作家の志村ふくみ、2020年に人形作家の奥田小由女。生活に近い、身の回りの世界―主として女性が担ってきた―に関わる分野は認知されるのが遅くなってしまったようです。

自然科学分野、79年目に初

 学術分野で最初の女性は2001年の中根千枝です。中根は社会人類学者なので、文科系と見なします。その後2010年に文科系(日本中世史)の脇田晴子が受章。自然科学分野(理科系)の初受章はやっと2016年。集団遺伝学の太田朋子です。男性に遅れること79年。

 理科系の女性2人目の受章は何年になるのでしょうか。まさか野上弥生子のように23年後ということにはならないとは思います。5人目、10人目は? 文系学術分野だって少ない現実があります。今後どうなっていくのか。これは、分野間の序列ではありません。第1回からすでに学術と文学・美術の両分野で受章者がいるのですから。

 以上は超エリートたちの話にとどまるものではなく、より広い問題につながっています。

職業選択に男女格差

 それは、学術分野で仕事をする女性が置かれた困難という問題です。特に自然科学系の女性研究者に厳しい環境があります。さらに一般化すると、専門職分野への女性の進出が低調であり、遅れているという問題でもあります。

 総務省の「科学技術調査研究」によると2019年度に企業や大学などの自然科学部門で採用された研究者のうち女性は21.9%、研究者全体に占める女性の割合は16.9%で過去最多を更新したけれど、2009年度以降は年0.1~0.6ポイントの上昇にとどまっているとのことです(毎日新聞、2021年10月4日朝刊「理系分野で際立つ男女格差」)。

 これについて、後藤道夫さん(社会哲学・現代社会論)が「男女の職業分離」という語を使って提言しています。「かつて私は日本、アメリカ、中国の比較研究を行ないましたが、アメリカ、中国は、医者や弁護士などの専門職にかなり女性進出が進んでいます。男女の職業分離を改善するには、学校教育段階から男女の差を意識しない職業選択を当たり前にする取り組みも必要かと思います」(「世界」2021年5号、岩波書店、173ページ)。仕事に就いた後のことも重要です。職場でのハラスメントの防止はその1つです。

 文化勲章の女性受章者たちも、女性であることにともなう、社会的偏見を含むさまざまな困難に直面したことと思います。

【追記】

 美術分野の4人目は2016年、「前衛美術、絵画」の草間彌生。日本画以外で初受章。

(おおむね月1回更新予定)

川上文雄

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、元奈良教育大学教員

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