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地域の身近な問題を掘り下げて取材しています

発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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コラム)立ち退き住民への不誠実そのまま続けるのか/川上文雄のじんぐう便り…6

筆者のねこ(3歳)が卓上アイロン台を占拠(2023年5月4日撮影)。人間とねこのあいだの豊かな関係を文化の視点で考えてみたくなった

筆者のねこ(3歳)が卓上アイロン台を占拠(2023年5月4日撮影)。人間とねこのあいだの豊かな関係を文化の視点で考えてみたくなった

 平城宮跡歴史公園に建設予定の「歴史体験学習館」は、荒井正吾知事の時代に計画された奈良県下の公共事業の1つ。予定地の住民の立ち退きもほぼ終了していたところ、新知事の山下真氏は、公共事業の全面的な見直しのなか、この施設の建設を見送る決定をしました。「(周辺には)すでに立派な建物が数多くあるが、あまり客が入っていないと言わざるを得ない。まず既存施設で集客の努力をした上で、それで施設が足りないのであれば建物の建設を考える」と述べています。

 重大な変更です。しかし、知事が変わっても、立ち退いた住民への不誠実な対応はそのまま続いている。6月14日の「奈良の声」を読んで、そう思いました。

 この日の記事のタイトルは「視点)立ち退いた住民への説明責任は 歴史体験学習館見送り」。県の担当部局「平城宮跡事業推進室」を取材した浅野善一記者が「県の施策に協力して立ち退いた住民に対し、施設の建設を見送ったことやその理由、今後の見通しについて伝える考えはないか」と聞いています。

 質問への回答は「いまはその考えはない」で、そのおもな理由は「予定地について、公園としての整備、活用をやめたわけではなく、未買収地の用地交渉も行っている」でした。すべてはっきり決まる前に説明する必要なし。冒頭で紹介した山下知事の「見送り理由」に合致しています。それを踏まえての回答だと思います。

 しかし、これは当事者である立ち退いた人たちに対して、相手の身になってタイムリーに情報提供をしようという姿勢がないということで、それでは不誠実ではないかと思います。その思いを強くするのは、似たことが荒井知事の時代に、計画の進行過程で起こっているからです。2020年11月17日の「奈良の声」が詳しく伝えています。

 「県は2008年10月、都市計画決定に向け、関係地域の住民らを対象に、市立都跡小学校など4カ所で説明会を開いた」が(そのときの質疑応答の内容を公開した県のホームページをみると)「住民が今後のスケジュールや立ち退きのことを尋ねても、返ってくる答えは『具体的な整備の時期や方法、用地買収の時期はこれから詰める』『事業に着手することになれば説明の機会を設け、用地買収の手続きに入らせていただく』というものだった。住民は見通しの持ちようがなかった」

 「住民が立ち退きを知ったのは2018年2月、新聞報道によって…。立ち退きを急なことと受け止めたのは仕方のないことだった。(中略)県が歴史体験学習館計画地の二条大路南3丁目の住民を対象に説明会を開いたのは、新聞報道後の2018年3月だった」

 こうした過去があるなかで決定された今回の計画変更。立ち退いた住民に説明しなくていいのでしょうか。この人たちは、商品を売るようにして手持ちの土地を手放し、商品の対価としてなにがしかの代替地(金銭)を受け取った、というビジネスの話ではない。それなら計画変更があっても説明する必要はないかもしれない。まさか、そんな考えではないでしょう。

 そうではなく、その場所には人々の地域生活・共同生活の営みがありました。「(取材に応じた男性によると)住宅が建ち始めたのは44、45年ほど前。男性は30歳のときに戸建て住宅を購入した。住宅地の外れに小さな地蔵堂があり、毎年7月に自治会主催の地蔵盆が営まれる。お堂の前に机を並べ、住民が集う。食事や酒を囲み、スイカ割りなどをして親睦を図ってきた。かつては子供もたくさんいてにぎやかだった」(「奈良の声」2022年11月17日)。

 地域生活・共同生活の営みとしての文化がありました。重要文化財とか登録有形(無形)文化財とか、行政に認定されるレベルのものだけが文化ではない。どちらも、人々のあいだの関係を豊かにしていこうという思いが根っこにあるものだと思います。

 地域生活という文化を自分たちの手で長い年月営んできた人たちに敬意を払うことで、行政も文化的になれる。心ある行政をめざすなら、どのように対応すべきか。

 浅野記者の「説明の文書を郵送することは考えられないか」の質問に対する答えは「やるならすべての方々に送る必要があるが、連絡がつかない方もおられるので難しいと思う…。こちらからすべての方にというのは今の時点では考えていない」でした。

 これでは「放置しておくための平等」、行政が陥りやすい対応になってしまいます。平等もていねいで誠実な対応も、どちらも大切。以下の考えにもとづいた文書の郵送はどうでしょうか。(1) 全員にお伝えすべきところ住所不明の方がいて、分かっている方にしかお伝えできないことを謝罪しつつ、 ひきつづき努力しますと約束する。立ち退いた人のうち住所不明の人の名簿を同封し、協力をお願いする (2)決定にいたった山下知事の考え、今後の見通しを伝える (3) 住民あての説明の文書は、そのままの内容で一般公開しますと伝える。以上で平等への配慮、先方への敬意、誠実な対応が伝わるのではないでしょうか。

 山下知事は上皇ご夫妻が5月に来県した際に懇談の機会があり、そのとき「神武天皇が日本を建国された奈良県には先人が守り抜いてきた貴重な歴史文化遺産が多数あることから、地元知事としてそれを守り抜いていくことをお誓い申し上げた」そうです。

 では、もう一つの文化―文化遺産級ではない文化、普通の生活(地域)の場で育まれる文化、何万年・何十万年と続いてきた人間文化―を守り抜いてくれるのか。「歴史体験学習館」の問題に限りません。今後の文化行政の行方を注視したいと思います。

コラム)公共事業で立ち退く人たちの「納得」/政治と憲法の風景・川上文雄…16

(おおむね月1度の更新予定)

川上文雄

 かわかみ・ふみお=奈良教育大学元教員、奈良市の神功(じんぐう)地区に1995年から在住

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