視点)強制治療入院、依然長期化の傾向 心神喪失者医療観察法21年目

国立やまと精神医療センターにある医療観察法病棟=2026年2月1日、奈良県大和郡山市小泉町、浅野詠子撮影
傷害などの他害行為に及び、不起訴や無罪、執行猶予になった精神障害者を強制治療する心神喪失者等医療観察法。2005年7月の施行から間もなく21年になる。法は対象者の社会復帰を目的とするが、入院は依然、長期化の傾向にある。同法の運用を巡る問題の周辺を取材した。
これまでに全国で856床の専用病棟が国または都道府県立の精神科病院内に整備され、4300人を超える人たちが地裁の審判(裁判官と精神科医の合議)を経て入院命令を受けた。一般の精神科病院と比べ、医師や看護師など配置される人員が3倍という環境で治療を受けている。
閉ざされた施設で投じる1票
精神科の閉鎖病棟であっても選挙の投票は実施される。地域から閉ざされたさまざまな施設で1票を投じる。選挙公報は行き届いているか、また、公報の解読の助けを必要とする人たちに対するサポートはどうなっているか。
ことし2月の総選挙。1月23日の解散を見込んで、各地の医療観察法病棟でも、同月15日ごろから不在者投票の準備が始まった。職員が入院者一人一人に「投票するか」「棄権するか」を聞き取りし、公示日直前、入院者の住民票がある市町村の選挙管理委員会から投票用紙を取り寄せた。
奈良県大和郡山市の国立やまと精神医療センターでは、同法病棟に入院する人たちに投票の意思を尋ねたところ、およそ3割が「投票する」と回答した。
大都市を抱える兵庫県や京都府内に医療観察法の入院施設が整備されておらず、奈良県外で発生した事件の対象者を、遠隔地の同センターが受け入れるケースが相当ある。
このため同センター職員は、地元はもとより、他府県の市町村の選挙管理委員会にも投票用紙を送ってもらい、不在者投票の手続きをした。入院患者1人当たり1236円の助成金が奈良県選管から交付される。
数年前、東日本の医療観察法病棟に入院中、国政選挙で投票の経験をした男性(50歳代)に聞いた。男性は2024年8月にも「奈良の声」の取材に応じ、帰住先の土地に新薬クロザピン治療が継続できる通院機関が少なく、その調整に時間を要したことも一因となって入院が長引き、社会復帰が遅れたと証言している。
「処置室を期日前投票の会場にし、看護師さんが丁寧に説明してくれた。閉鎖病棟に送られ、2、3カ月もすると、自分の感覚が中学生か高校生に戻ってしまったような気がした。期日前投票は高校の文化祭のようにも思えた。病棟のホールには新聞が置いてあり、興味のある人は読むことができ、所持金のある人は新聞の定期購読もできた。テレビでニュースを見ることも多少はできるが、入院患者共用の1台なので、バラエティー番組やアニメや歌番組を見たがる人が多く、政治の情報はほとんど分からなかった」
男性は被害者の加療日数11日間の傷害事件で3年半の強制入院。芸術分野の能力に秀でているが、長期の入院で生活基盤など多くのものを失った。
国連勧告で長期入院解消どうなる
日本が障害者権利条約を批准したのは2014年のこと。国連の障害者権利委員会は2022年9月、日本政府に対し、障害者の非自発的入院よる自由の剥奪を認めるすべての法規定を廃止するよう総括所見(勧告)において要請した。
欧米諸国と比べ、日本の精神科病床は突出して多いことがOECDのデータなどから分かる。社会的入院という現象が国内でよく指摘される。イタリアの精神科病院廃止政策は有名だ。
国連の勧告に従えば、日本でも地域で暮らす精神障害者が増えて、より自由な環境の下で、選挙の1票を投じることになる。一方、医療観察法病棟の入院は長期化。厚生労働省ガイドラインの入院期間18カ月を大幅に超過し、全国平均で1000日を超えている。
国連の勧告があった翌月の国会。厚生労働委員会では障害者総合支援法等束ね法案の審議が行われ、早稲田ゆき委員(立憲民主党)はその関連で同勧告にも言及。「国連から出された精神保健福祉法と医療観察法の廃止の勧告を踏まえて、精神医療に関する法制度の抜本的な見直しについて、精神障害者等の意見を聞きつつ検討を行い、必要な措置を講ずるという理解でよいか」と質問した。
加藤勝信厚生労働大臣が答弁。「精神障害者の方等の意見を聞きつつ、速やかに検討していきたい」と述べた。
ただ、国連の勧告には法的拘束力はない。厚労省社会・援護局医療観察法医療体制整備推進室は「国連の勧告後、医療観察法の入院処遇に変化はない」と話す。長期入院解消の道筋はいつ示されるのか。
6罪種、付きまとうレッテル
近畿の第1号として、やまと精神医療センターに専用病棟(33床)が設置されたのは2010年。大和郡山市民らによる設置反対署名は2万8000筆に上った。
多くの反対署名が集まった背景には、社会に大きな衝撃を与えた大阪教育大学付属池田小事件と関連付けて医療観察法が捉えられたことや、精神障害に対する理解が不十分だったことがあるとみられる。
一方、事件の2年前の1999年、精神保健福祉法が改正され、付帯決議で「重大な罪を犯した精神障害者の処遇の在り方について検討を早急に進める」との方向性が打ち出された。これを基に、国は有識者らを集めて検討会を開いたが、程なく池田小事件が発生し、医療観察法案が浮上。第1次小泉純一郎内閣は2003年、高い支持率などを背景に同法を成立させた。
容疑者段階でセンセーショナルに報道された同事件を巡っては、精神病歴は詐病であることが判明。裁判所は、被告(元死刑囚)の完全責任能力を認める判定をした精神鑑定を採用した。
小泉政権が当初準備した法案は、科学的に不可能とされる再犯の判定があれば無制限に入院させられる特異なものだったが、野党の反対で撤回された。保安処分的な内容を薄め、触法当時の精神症状を改善することにより、同様な他害行為を行うことなく再発防止を図る旨に修正、可決された。
これにより医療観察制度は医療の提供が原則化され、英国の司法精神医療を参考に薬物療法に反応する統合失調症患者が疾病モデルにされた。専用病棟の造りは、地域住民の忌避感に呼応して「刑務所より堅牢(けんろう)」と呼ばれる重装備の施設になった。
国は対象となる行為を6罪(殺人、放火、傷害、強盗、不同意性交等、強制わいせつ/傷害以外は未遂罪も含む)に絞り込んだ。
法案に反対した民主党が政権を奪取した後も、医療観察法の病床は増え続けた。当時の民主党は、法案に賛成した小沢一郎率いる保守党と合流し、政権交代に向けた基盤を安定させようとしていた。国会の論戦は急速にしぼんでいく。
当事者や市民らと法案の反対運動に参加し、理論面でも支えになっていた複数の精神科医は、法が施行されると直ちに推進役に変わり、制度をけん引。新法の力を印象づけた。
三重県津市の国立榊原病院の医療観察法病棟を退院した緒先賢心さん(ペンネーム)は、入院中、苦しかった内省の時間をはじめ、退院後に町内会の人たちから白眼視された体験を、市民集会で話してきた。6罪種専用の特殊な病棟に入っていた経歴は、生涯付きまとうと悩んでいた。
ある研究者の助力で、国立大学の教壇に立った緒先さんを「奈良の声」は取り上げる構想があった。
緒先さんは3年ほど前、不慮の事故で死亡。大阪府内の精神科看護師、有我譲慶さんら有志は昨年、緒先さんの発言集・遺稿集を刊行した(500円、連絡先・心神喪失者等医療観察法〈予防拘禁法〉を許すな!ネットワーク、ファクス03-3961-0212)。
医療観察法の病棟に送られてきた対象者は、緒先さん同様、触法時に精神症状が悪化し、是非弁識能力や行動制御能力が働かなかったか、あるいは著しく減退していた可能性が高いとされる。緒先さんは病棟で、被害者の気持ちになって、被害者の役を演じてみるようスタッフに強いられ、途方にくれてもん絶したという。
日弁連・刑事法制委員会医療観察法部会は、緒先さんを招いて講義をしてもらう予定だった。
日弁連はことし2月、将来的には、医療観察法を含む、精神障害のある人のみを対象にした強制入院制度のうち、緊急法理により許容される限度を超えるものについては廃止を目指すよう高市早苗首相に意見書を提出した。
日弁連が行った欧州での調査(2001、2014年)によると、強制入院を廃止して医療福祉を充実させた地域では、精神障害のある人による他害行為が減少したという。
法の理念「社会復帰」に課題
大和郡山市内の専用病棟開設から15年以上を経て、京都府は、府立洛南病院の敷地に医療観察法病棟を開設する準備を進めている。
こうした中、府健康福祉部や京都市保健福祉局の幹部職員、京都弁護士会所属の弁護士らが、やまと精神医療センターの医師から直面する課題を聞く機会があった。
法務省京都保護観察所が2022年12月に開いた「医療観察制度運営連絡協議会」。同センター医師の井上眞さんが話題提供。「入院期間の長期化、地域移行の困難さは、他の施設以上に喫緊の課題」とした。
裁判所が実施した精神鑑定の結果、治療に反応する対象者に限定して受け入れることが法定要件であるが、薬物療法に容易に反応せず、「治療の導入が困難な症例が増加している」と井上さん。
このことは、長く制度を運用すれば、かえって困難が増してくるような制度特有の課題があることを浮かび上がらせた。
「病院と地域が交流し、連携することが大事である」と井上さんは呼び掛けた。
医療観察法を巡る課題は昨年2025年11月、奈良県内の自治体、医療関係者などが参加した奈良保護観察所主催の同協議会でも明らかになった。
退院した人の多くは最低3年間、最長5年間の通院命令を受け、国の社会復帰調整官らが見守りを続ける。しかし、処遇終了後は「対象者の支援が一気になくなることがある」「就労支援や社会復帰に向けた支援機関が少ない」という深刻な状況が関係機関から報告された。
最近の自治体は「誰一人取り残さない」というメッセージを好んで使う。
奈良県郡山保健所は「市町村が積極的に関与することで、地域での支援の質が高まり、本人の安定した生活につながる」と意見を述べた。
刑務所医療、医療観察法病棟との格差
旧優生保護法下で強制不妊手術に自ら関わっていたことを名乗り出た精神科医、岡田靖雄さんが昨年、93歳で死去した。岡田さんの勇気ある告白はマスコミに大きく取り上げられた。
その岡田さんにはもう一つの顔があった。「司法制度と精神科医療というのは、基本的に相容れない面が非常に大きい」という意見を早い時期から発信していた。
1970年、朝日新聞が行った誌面論争企画「再犯のおそれある精神障害者の保安処分」では、賛成派の刑法学者、植松正・一橋大学名誉教授が「将来の危険を予防 人権尊重むしろ前進」と主張。これに対し反対派で、当時、東京大学医学部助手だった岡田さんは「科学的根拠を欠く 医療の仮面つけた監禁」と述べていた。
岡田さんは都立松沢病院を退職後、東京都杉並区高井戸東3丁目のマンション一室を仕事場にした。医療観察法施行以来、全国の入院、通院機関の医師らが執筆した膨大な論文の抄録集を毎年まとめ、印刷して知人らに配っていた。その数は10数号に及んだ。
岡田さんの弟子筋に当たり、抄録集の刊行にも協力した大阪府内の精神科医が匿名を条件に「奈良の声」の取材に応じた。
この精神科医が日ごろ疑問に思っているのは「検察官の起訴か不起訴かの判断によって、触法精神障害者は“手厚い”医療観察法医療か課題の多い刑務所医療に振り分けられる」という事実だ。
医療観察法は、一般の精神科病棟と比べ人員が3倍。33床なら医師4人、看護師43人、臨床心理士と作業療法士各2人、精神保健福祉士3人を配置している。これに対し、警察の留置場、拘置所、刑務所にいる精神障害者への福祉と医療は到底、及ばないという。
同法が施行されたとき、付則に「精神医療全般の水準の向上を図る」と盛り込み、国民に約束した。
精神科医は「医療観察法の廃止運動と監獄医療の改革運動とを結びつけることができないか、これにより、廃止運動は新たな広がりを見せるのではないかと、この1年間、考えてきた」と話す。
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法施行21年目を迎え、対象者の社会復帰に関する行政文書は存在するのか、「奈良の声」はことし1月、法務省に対し情報公開法に基づき「医療観察法の処遇対象になった人の社会復帰の実績を知ることができる文書」を開示請求した。
「文書不存在」という回答だった。「奈良の声」の取材に対し、同省精神保健観察企画官室は電子メールで次のような談話を出した。
「何をもって社会復帰とするのかは、対象者一人一人によって違ってくるため、一律に判断することは難しい。本法の処遇に携わる者は、法の目的である対象者の社会復帰を促進するため、対象者の継続的かつ適切な医療を確保し、病状の改善および同様の他害行為の再発防止を図っている」
筆者情報
- ジャーナリスト浅野詠子
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