コラム)児童相談所に虐待防止監督官の創設を/川上文雄のじんぐう便り…8
鉢植えのアマリリスから切り花にした。花器は抹茶用の碗(わん)を使用(撮影2023年5月17日)
児童の虐待死事件が後を絶ちません。この6月には私の住む奈良県でも、橿原市の田川星華(せいか)ちゃん(当時4歳)が、母親と交際中の男によって命を奪われました。虐待死の事例は、虐待の具体的内容を知って「それほどまでに絶望的な状況に置かれていたのか」と胸つぶれる思いをするものばかり。事件のたびに児童相談所の対応が適切だったか、問題視されます。虐待リスクの評価が甘すぎた。一時保護が遅すぎた。警察との連携が不十分だった。まったくそのとおりです。現状の問題点をふまえながら、児童相談所(以下、「児相」を使う場合あり)の強化を考えました。
児童相談所に虐待防止監督官を置く。警察組織に属さない警察職員で、同種の職員には、ブラック労働の事案に介入する労働基準監督官(労働基準監督署に配置)などがあります。すでに多くの実例のある児相への警察署からの派遣警察官とは違い、もともと児相所属。警察官と同じく捜査権を持ちます。ただし、この捜査権は、虐待防止・虐待児童保護のためのもの。一時保護もできる。
そして、虐待防止監督官が調整役となり、市町村、警察、保育園・幼稚園・学校、病院などと継続的な情報共有をはかり、虐待リスクをしっかり判定する。「継続的な情報共有」は、採用する地方自治体が増えています。これは、NPO法人「シンクキッズ―子ども虐待・性犯罪をなくす会」代表理事の後藤啓二氏が提唱しているものです。「虐待は、疑いのある段階からすばやく全件情報共有すべきである」という後藤氏の主張も傾聴に値します。
児相職員には無理?
後藤氏がブログのなかで児相の問題点を指摘しています。「児童相談所が親から面会拒否されるとなぜ子どもの安否も確認せず引き下がってしまうのか。…親が怖いから…トラブルになりたくない…面倒なことはしたくないからです。…普通の人である児童相談所の職員が親を怖がる、親に逆らいたくないという心理は仕方ありません。私はそれを責めるつもりはありません。警察官でない普通の地方公務員である児相の職員にそんなことをやらせる制度がそもそも無茶なのです」(2019年2月13日、下線は川上)。
後藤氏は「面会拒否されたときには警察に電話一本」すればいいことだと主張しています。また、氏によれば、虐待死の原因はひとえに児相の案件抱え込みであり、警察等他機関との連携不足にあります。しかし、下線のように言われて「私たちの気持ちを分かってくれてありがとう」とは多分なりにくい。「児相では無理だから、警察に任せた方がいい」と言われて、しかし素直に連携・協力する気になれない心理があるかもしれません。
「できないのだから、ほかにまかせろ」というよりも「できるのだから、しっかりやってくれ」ということで、児童相談所の組織としての力量を強化する方向はどうでしょう。組織のなかに警察権のある職員がいる。「警察に電話一本」しなくても、すでにそこにいる(警察に協力を求める電話を入れることを否定しているのではありません)。
経験の蓄積に期待
虐待防止監督官は、警察からの派遣とは違って短期間の勤務でなく、児相の職員として10年20年と長期間勤務するはずだから、経験の蓄積を期待できます。
新しい職種なので、市民からの認知が課題になるでしょう。後藤氏も言うように「児童相談所等の職員には暴力的・威圧的な態度を取り子どもの面会を拒否する親も、警察が家庭訪問すれば子どもの面会に応じており、その場合に警察が子どもがけが・衰弱している場合には緊急に保護している」という実態があるならば、なおさら児相職員かつ警察職員であることを認知してもらう必要がある。
私が思いつくのは、制服を作ること(専用の身分証明書も)。あらゆる機会を使って(事前に)虐待を疑われる親たちに「児相職員のなかに警察職員(虐待防止監督官)がいるけれど、制服を着て訪問することのないように願っています」と伝えるとか。職名と制服は大切です。
介入と支援、過度に分けない
虐待防止監督官は、政府の「児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議」による抜本的強化策(2019年3月決定)の方向に合致しています。強化策の1つに「一時保護などの介入的対応を行う職員と、支援を行う職員を分けるなどして、児童相談所における機能分化を行う」とあります。とはいえ、過度に機能分化しないほうがいいでしょう。
虐待防止監督官は2つの機能を担わないわけにはいかない。なぜなら、虐待の実態も多様で、支援を通じて虐待をやめさせるという方向と、迅速に警察的介入をして虐待を阻止する方向と、2つの基本線があって、しかし簡単に2つを分けることはできないからです。必要に応じて監督官の制服に着替えるという姿勢を維持する必要がありそうです。
厚労省と警察庁は連携強化を
上記「関係閣僚会議」のメンバーには、警察庁を管轄する国家公安委員会委員長と厚生労働大臣がいるのですから、警察庁と厚労省は児相への警察官の派遣・配置の場合にも増して、協力・連携をめざしてほしいです。
いや、虐待防止監督官の制度が軌道に乗るまでは、警察署から派遣・配置された警察官にもその役割をその職名で担ってもらうことを考えてもらわなければならないかもしれません。これは、警察官を便利使いするようなことでなく、対等な連携・協力でなければなりません。
相談所は「児童福祉の中心的役割を担っている」という自負をもちながら、それにともなう責任を引き受ける。対等な連携・協力関係をめざすことも、その責任の一端。「できるのだから、しっかりやる」の時代が早く来ることを期待しています。
【追伸】
私の提案は、専門用語を使って説明すると、虐待防止監督官を現行の「特別司法警察職員」の1つとして、つまり司法警察権をもつ行政職の公務員として、児童福祉行政(児童相談所)のなかに創設するというものです。「司法」の語句があるけれど、主として行政警察活動(「ウィキペディア」参照)を担います。つまり、その捜査権は虐待児童の保護を目的とするもの、「個人保護型捜査」のための権限です(参考文献、田村正博「児童虐待事案における警察の刑事的介入の現状と課題―個人保護型捜査における関係機関との連携を中心に―」、「社会安全・警察学」第5号、2018年)。
厚生労働省採用と都道府県採用の2つの形態がありえます。漁業監督官の事例が参考になります(ウェブ上に「高知県の漁業取締組織」あり)。また、権限の大小により2つの階級に分けることも可能です。ちなみに、警察官は「司法巡査」と上級の「司法警察員」に分かれています。
(おおむね月1度の更新予定)
かわかみ・ふみお=奈良教育大学元教員、奈良市の神功(じんぐう)地区に1995年から在住