コラム)ボランティアのすすめ―「心の満足」以外の報酬/川上文雄のじんぐう便り…22

「キャベツの外葉(裏側)」。今年の1月、食材として購入。植物の「内に秘めた力」を感じて撮影
「ボランティア3原則」の「自発性、無報酬、社会貢献」。その「無報酬」について、ボランティアには金銭のような物質的報酬はないけれど、心の満足(充実感)など心理的報酬があるという考え方があります。「心の満足」に限らなくてよいでしょう。価値ある報酬はそれ以外にもあります。また、「自発性」を強調して「ボランティア活動は強制してはならない、義務でない」と言われますが、見方を変えれば「義務である」と考えることもできます。
私が関わっている活動をとりあげながら「3原則」を問い直します。今年は国際ボランティア年。「ボランティアのすすめ」(私自身への「すすめ」を含む)として読んでいただければ幸いです。
「自発性」の前に「自由」
自分で考えて折にふれて確認している大原則があります。
ボランティア活動は強制されてはならない、自発的におこなうもの。これは当然の原則。その前に「自由」という大原則を置く。「やってもやらなくてもいい。他人にとやかく言われない。自由だ」ということ。そのうえで「やる」と自発的に決めたのだから、無理しない範囲で続ける。最終的には、やめるのも自由。
「大原則」に支えられた「力みのない自発性」を大事にしたい。自己本位、自分勝手のようですが、そうすることでかえって続けられます。要は脱力です。自然体で、楽に、楽しく力を発揮するために脱力する。続けるため、あきらめないための脱力です。
さて「やる」と自発的に決めたのは、理由があってのこと。その1つ(私の場合は最大の理由)は報酬への期待です。金銭的あるいはそれに準じた報酬は論外ですが、それ以外で自分が素直に納得できるものを探します。
自由の大原則→自分で考えた報酬への期待→「やる」と決める。ここまでの思考の流れに外部からの強制や圧力はありません。だからこそ、この自由で自発的な決定によって責任が生じます。自分の内部から発する責任、つまり「内発的義務」です。自分で自分に「それをやることは義務だ」と言えるために絶対必要なこと。それは「自分にとっての報酬(価値あるもの)とは何か」を自分で自由に決めることではないでしょうか。
私自身のことを言うと、「心の満足(内面的な充足感)」は大切にしたい。しかし、それ以外の、それ以上に価値のある報酬があります。「地域資源」をつくる活動から得られる報酬です。もちろん、それは「心の満足(よろこび)」が生じる源泉としても価値あるものです。私が関わっている活動をとりあげて説明します。
源泉は物質的なもの
地元の平城西公民館が移転・建て替えすることになり、2025年7月それに関わる活動を始めました。強く意識したのは、地域での人々の暮らしを豊かにする地域資源のことです。地域資源といえば、その1つは水資源。私が暮らす奈良市の水供給を支える水道インフラは長年にわたる人々の努力で築かれた豊かな地域資源です。地域のなかで資源に関わる仕事や活動を担う人たち、そしてそのつながりも資源に含まれます。
公民館も重要な地域資源の1つ。さまざまな世代の地域住民が気軽に立ち寄り、気軽に集まり、気軽に使って活動できる施設として「地域の人びとの新しいつながりが生まれる場」「何かの地域活動をはじめるきっかけになる場」になってほしいと思いました。そのためには建物の設計(図面)がとても重要です。そこで設計に関する要望を奈良市に伝えるために「建替え計画を考える会」をつくり、会の代表になりました。
地域資源に関わる活動から得られる報酬。それを単に「心の満足」という心理的報酬だけで考えてしまっては一面的です。水資源が水道インフラ(建造物)という、心理的ではなく確実に存在する物質的なもの(金銭的報酬を物質的と呼ぶのとは違う)に支えられているのと同じで、公民館もいろいろな人が立ち寄れる、集まれ、使える場として確固たる存在感を放つ建造物です。
公民館という人々が集う施設づくりに関与するよろこび。「心理的か物質的か」という区別も消えて一体化しています。
その人も、それもボランティア
公民館を訪れる人たちに「地域資源としての公民館」の意義が伝われば、いずれ支える人になってくれると期待したいです(そのための努力と工夫は必要)。いや、意義を理解して公民館を利用する人は、来たくて来る自発的な人なのですから―散歩途中で休憩するなど、ごく気軽に利用する人も含めて―すでに地域資源を支えるボランティアです。そもそも訪れる人に理解されない地域資源なんて、地域資源としてさびしい限りです。
新しい公民館が建ったら、私もそのようなボランティアの一人になりたいと思います。現在の活動を始めたのは、公民館が「地域の人びとの新しいつながりが生まれたり、何かの地域活動をはじめるきっかけになったりする場」であることを願ってのことだったので、その方向で今後の活動を考えたい。地域資源を豊かにするための活動を始めたい人たちが、いろいろなアイデアをもって公民館に集まる。そのなかの一人になりたいです。
ここまで、「今後の私」を含めた「ボランティアのすすめ」を書いてきました。補足すると、それは「今までの自分から離れて飛んでいく」ことのすすめでもあります。「ボランティア=飛んでいく人」という定義を思いつきました。ボランティアは英語だとvolunteer。このvolは「意欲する」の意味をもち、定義としておなじみの「自発的志願者」にぴったりです。「飛ぶ」の意味はありません。でも、当たらずといえども遠からず。「夜間飛行」(Vol de Nui=ヴォル・ド・ニュイ)という香水があって、こちらのvolには「飛行」の意味がある。
もちろん、飛んで行き方はさまざま。たんぽぽの種は綿毛とともに風に吹かれて飛んで行って、近くの、あるいは遠くの土地で芽を出して、太陽、水、土、空気など自然からの力添えを受けて根を深くのばして、黄色い花を咲かせる。人間が介入することも管理することもなく自然に生育した植物を「自生植物」と言います。英和辞典にも載っている「ボランティアの語義」の1つです。もう1つの「ボランティア=志願兵」とはかなり違います。他人の評価を気にせず、ゆっくり時間をかけてその土地に根をおろして育つ「自然体」のボランティアです。
過去のコラムより
コラム)地域資源としての水 「手放さない」という選択/政治と憲法の風景・川上文雄…14
(随時更新)

かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、奈良教育大学元教員、奈良市の神功(じんぐう)地区に1995年から在住


