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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一
浅野善一

奈良県)奈良市に生活保護・通院交通費の遡及支給命じる 地裁「申請却下は裁量逸脱」 禁反言の法理適用

判決を受けて記者会見する橋本さんの訴訟代理人の弁護士=2018年3月27日、奈良市内

判決を受けて記者会見する橋本さんの訴訟代理人の弁護士=2018年3月27日、奈良市内

 生活保護の通院交通費を巡り、奈良市が周知を怠ったために支給を受けられなかったとして、市内の男性が市に対し、過去にさかのぼって支給を申請し却下された問題で、この男性が、市を相手取り、却下処分の取り消しや交通費支給の義務付けを求めた訴訟の判決言い渡しが3月27日、奈良地裁であった。地裁は市の却下処分を取り消し、市に対し、過去5年分の交通費10万5790円の支給を決定するよう命じた。

 市は支給を求める男性に対し、5年前にさかのぼって支給する、といったん通知していた。木太伸広裁判長は、通知に反する市の却下処分に禁反言の法理を適用、「申請却下は市の裁量を逸脱した違法な処分」と断じた。

申請権の侵害は認めず

 一方、男性は通院のための交通費が出ないか市職員(ケースワーカー)に相談していたのに、出せないとの誤った説明で申請権を侵害されたとして、国会賠償法に基づく損害賠償も求めていたが、同裁判長は「相談を裏付ける客観的証拠がない」として退けた。

 男性は橋本重之さん(83)。判決などによると、橋本さんは2006年から生活保護の利用を開始。複数の疾患を抱えていたことから、医療扶助を利用して複数の病院や診療所に定期的に通っていた。通院には鉄道、バス、タクシーを利用した。

 生活保護は国に実施責任があり、事務は都道府県や市などが設置する福祉事務所が行う。通院交通費は医療扶助の一つで、通院に要する必要最小限度の実費が通院の頻度や額の大小に関係なく支給される。

 厚生労働省は、2010年3月の通知で支給制度の周知徹底を求め、08年4月から周知が行われるまでの間の交通費について、事後申請による遡及(そきゅう)支給を認めるとした。奈良市は14年10月下旬ごろまで、保護のしおりなどによる周知を行っていなかった。橋本さんは市に対し、交通費の支給を受けるようになった13年9月より以前についても支給を求めた。

 市は、通院回数を確認できるレセプト(診療報酬請求明細書)の保存期間(5年)の範囲で支給すると、14年7月、文書で橋本さんに伝えた。橋本さんは、08年9月から13年8月までの交通費10万5790円の支給を申請した。しかし、市は15年3月、申請を却下した。却下の理由について市は、厚労省に照会したところ、「2カ月のみ遡及可能」との回答であったため、と橋本さんに説明した。

 判決は「保護の実施機関が要保護者に対し、公的見解を表示したことにより、要保護者が信頼して行動し、要保護者の責に帰すべき事由がないにもかかわらず、同表示に反する処分が行われ、要保護者が経済的不利益を受けることになった場合は、禁反言の法理の適用により違法」と述べ、「市が遡及期間を2カ月に限定したことは、裁量を逸脱したもの」とした。

 一方、国家賠償請求を巡っては、橋本さんは、市のケースワーカーに対し、交通費が出ないか繰り返し相談していたにもかかわらず、その可能性はないとの誤った回答をしていた、と主張した。これに対し、当時のケースワーカーらは裁判で相談を受けた事実を否定する証言をした。市のケース記録にも記載がないことから、判決は「いつ誰にどのような相談をしたのか、裏付けるメモや日記などの客観的証拠も存在しない。原告の主張は採用できない」とした。

橋本さん病院から出廷、判決に「警鐘鳴らせたら」

 病気入院中の橋本さんはこの日、重い病状を押して出廷した。看護師に付き添われ、車いすで原告席に着いた。橋本さんの訴訟を支援してきた市民団体「奈良生活と健康を守る会」の会員によると、判決後、「問題はこれからですね。今回のことだけでなく、これからどのように考えてくれるのかということですね。警鐘を鳴らせたらいいのですが」と付き添いの看護師に感想を話したという。

 訴訟代理人の弁護士は記者会見を開き、交通費の支給を命じた判決を得られたことを評価する見解を述べた。一方で、古川雅朗弁護士は「裁判で一貫して主張したのは、生活保護利用者が治療を受けていれば、一体のものとして交通費が掛かることが分かる。生活保護利用者が積極的に尋ねることがなくても、支給制度があることを教示するのが本当のケースワークである。裁判所にはもっと踏み込んだ判断をしてほしかった」と不満も述べた。

 橋本さんを支援してきた人たちは判決後、地裁近くで報告集会を開いた。橋本さんの支援に中心となってきた病院相談員の赤山泰子さんは、奈良市に控訴をしないよう求める要請文を示し、署名の上、奈良市に送ってほしいと協力を呼び掛けた。要請文は「奈良市が控訴すれば原告をさらなる裁判闘争にさらすことになり、その負担は計り知れない」と橋本さんの体調を案じ、「控訴することなく本件裁判を確定させることを強く求めます」と述べている。

奈良市「弁護士、厚労省と協議して対応検討」

 奈良市保護課の芳村篤史課長補佐は「奈良の声」の取材に対し、「判決内容を精査して、弁護士、厚生労働省と協議して対応を検討していく」と話した。

厚労省「市から相談あれば助言することも」

 また、厚生労働省保護課審査係の福永光明係長は「(『奈良の声』の取材を受けて)奈良市に問い合わせたところ、市は判決が出たばかりのため、どう対応するか精査中とのことであった。判決については、国が被告でなく、判決の詳細も把握していないためコメントできない。市から相談があって、必要とあれば助言したりすることもある」と話した。【続報へ】

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