【視点】医療観察法の審判前に脱法的な身柄拘束 山口の専用病棟医師の論文で判明
精神病を理由に刑事責任を問わない被告に対し、医療観察法(法務省、厚生労働省共管)に基づく審判の前に、精神保健福祉法の措置入院制度(知事または政令市長の行政処分)の脱法的な運用による身柄拘束が行われていたことが、医療観察法の専用病棟に勤務する医師の論文から分かった。
執行猶予判決を受けた被告は、本来なら即時釈放される。一方、判決確定まで14日間を要し、この間、検察官は収容に向けた医療観察法の審判を裁判所に申し立てることができない。精神保健福祉法の措置入院は、自傷他害の恐れのある人を速やかに医療につなぐための強制入院の制度だが、単に身柄確保を目的とした運用は違法になる。
論文は、山口県宇部市東岐波の同県立こころの医療センター院長の兼行浩史さんら医師3人の共同執筆(うち1医師は転勤)。「山口県での医療観察法運用の現状から見えてきた課題」と題し、2014年9月刊行の専門誌「臨床精神医学」に寄稿していた。
3医師の調査によると、医療観察法の施行から同年までの9年間、法の対象となった山口県内の41例のうち、5人が執行猶予の判決を言い渡された。検察官は精神保健福祉法に基づき、執行猶予判決を受けた4人の情報を山口県庁に送り、通報を受けた県は、3人を措置入院とした。残る2人のうち1人は、親族が同意する医療保護入院となり、もう1人は判決前から治療のため入院していた。
この措置入院について、医師たちは論文の中で「明らかに自傷他害の恐れが認められる事例はなく、つなぎ措置的な意味合いだった可能性もある」と言及した。
症状が落ち着いているのであれば、執行猶予判決後に釈放された人が、福祉と医療の支援を受けてまちで暮らす選択肢がないとは言えない。しかし医療観察法が施行されてから、再犯を防ぐことを旗印とした治療強制が重んじられ、法案の段階で反対していた民主党が政権を奪取した後も専用病棟の数は増え続け、入院日数が長期化している。
山口県内の精神科医療を監督する県健康増進課に対し記者は4月、論文の全文を渡した。目を通した職員は「(つなぎ措置は)あり得ない話だ。あくまで雑誌に発表されたもので公的な見解として出されたものとは言えない」と話す。県人権対策室にも尋ねたが「聞いたことがない」という。
論文が発表されて6年が経過している。医療観察法の施行後、通常の刑事裁判のような再審に当たる仕組みがないなどの問題が今も指摘される中で、知られざる人権課題に触れた論文といえる。
医師たちが指摘した「つなぎ措置」と呼ばれる問題は、さかのぼる2009年10月、東京都品川区旗の台の昭和大学医学部精神医学教室が催したオープンカレッジ「こころの健康科学研究成果発表会」(司法精神医療の適切な実施と普及のあり方についての研究)において、取り上げられていた。
研究事例として、住居侵入と傷害の疑いで起訴され、心神耗弱により執行猶予付判決が見込まれていた当時20歳の女性(知的障害と器質性パーソナリティ障害の診断)の症例が取り上げられた。検察官は「入院の措置を取らなければ被告は釈放される」として、本来の目的ではない措置入院を自治体に要請していたことを、当時、札幌市保健福祉局精神医療担当部長だった医師の築島健さんが発表した。オープンカレッジの模様は出版社の批評社(東京都文京区)が記録し刊行していた。
築島さんの発表によると、検察官から通報を受けた自治体は「身柄の確保を専ら目的とすることは、措置入院の行政処分を著しく逸脱するので、違法な行政処分はできない」と判断、応じなかったとみられる。
医療観察法が施行されて丸15年になり、5000人近くの触法精神障害者(他害行為の疑い)の処遇を決める審判が行われた。このうち執行猶予の判決を受けた人は何人いるのか。単年では2018年が19人(犯罪白書)。
法務省奈良保護観察所(奈良市登大路町)が昨年11月、医療観察制度運営連絡協議会で行った報告によると、法施行後から昨年10月31日までの間、管内の38人が医療観察法の審判を受けた。審判に至る前の刑事処分の内訳については、不起訴処分が最多の32人、執行猶予判決が5人だった。一審で無罪が確定した後、医療観察法の鑑定収容に送られた人が1人いた。全国でもほぼ同様の比率で刑事処分があったとみられる。
医療観察法は2005年の施行。心の調子を乱して傷害事件などに及び、司法が刑事責任を問わない重い精神病の人を収容し、薬物治療を施す。国内の33公立精神科病院に計833床の特別病棟があり、近畿の第1号病棟は大和郡山市小泉町の独立行政法人やまと精神医療センター(33床)。 関連記事へ