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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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ジャーナリスト浅野詠子

視点)奈良県域水道一体化計画 経営難ほど得 大小市町村一気に料金統一

奈良県が示した水道料金試算のグラフ。棒グラフが市町村が単独経営を継続した場合、折れ線グラフが料金を統一した場合。単独経営を継続した場合に約30年後(青色の棒グラフ)の料金が著しく高くなることが予測される5市町村は目盛りが省略され、市町村間の損得を比較できない

奈良県が示した水道料金試算のグラフ。棒グラフが市町村が単独経営を継続した場合、折れ線グラフが料金を統一した場合。単独経営を継続した場合に約30年後(青色の棒グラフ)の料金が著しく高くなることが予測される5市町村は目盛りが省略され、市町村間の損得を比較できない

 奈良県内27市町村の水道と県営水道を一気に統合する県主導の県域水道一体化計画。それぞれの市町村がこのまま単独経営を継続した場合の料金試算によると、30年後には市町村間で最大4倍の料金格差が生じる。一体化による料金統一は、得をするところと、それほどでもないところとの差が著しい。

 一体化協議に参加する市町村の約7割に当たる20市町村が給水人口5万人以下の小規模水道。平成10年代に国が推進した合併に消極的だった団体が多い。

 市部で料金メリットが特に大きいのは、宇陀市と御所市。いずれも水道の累積赤字に苦しむ。県内では、水道の製造単価より料金単価を低くする団体が目立ち、これら2市を含む10市町村に上る。

 給水収益だけでは給水費用を賄えない、「料金回収率100%未満」の団体は15市町村に上る。

 法令上の原則である独立採算を貫くことができなくなれば、広域化という受け皿に助けてもらえるという全国の先例になるのだろうか。

 厚生労働省が提示する水道広域化の類例の一つ、「弱者救済型」の実例に加わるかもしれない。

 県は当初、緩やかな経営統合を目指したが一転、2025年度の企業団発足目標の初年度から統一料金、事業統合する計画だ。「厚労省の助言に基づく変更である」と市町村の担当者。経営の苦しい水道事業体を一気に解消できる。

 しかし、一体化を主導する県は、そうした事情を積極的には伝えなくなった。強調するのは、水道管の老朽化対策を推進する意義だ。法定耐用年数を超過した管路率は奈良県全体で26%。全国平均の20.8%を上回っていると公表している。

 老朽管の対策工事はなぜ各地で進まなかったのか。水道に詳しい嶋田暁文・九州大学大学院教授は、全国的に管路更新率が低迷してきた背景として次のように分析している。

 「水道料金の低廉さを求めるあまり、将来の更新に要する費用を料金に組み込むことによって内部留保資金を確保する努力を怠ってきた」(2020年3月、自治体学会誌「自治体学」)

 料金を引き上げる正当な理由が存在するのに踏み切れなかった市町村があるとしよう。今度は広域化という荒井正吾知事肝いりの救世主の恩恵を受け、将来にわたって大変な得をする。選挙区の有権者にも大いにアピールできそうだ。

「他団体の救済目的でない」と生駒市

 11月20日、生駒市が市民に対し開いた一体化構想の説明会。「参加する市町村は効果の大小はあるものの、すべての市町村にメリットが生まれる。他団体を救済する目的で一体化への協議を続けているのではない」とアピールした。

 一体構想は、市町村の草の根の提案が積み重なって始まったものではない。県の号令に追随する経営難の市町村が多い中、経営が特に良い生駒市のこの主張は何を物語るのか。

 生駒市の説明会では、市町村ごとの管路耐震化の遅れを示すグラフが示された。これによると法定耐用年数を超過した管路率の県内ワーストワンは県営水道だった。他県の用水供給事業と比べ、施設稼働率が低く、用水の販売価格が割高な県営水道にとって、一体化は大きなメリットがあるといえる。

 また、このグラフは、奈良市の離脱後に給水人口がトップになった橿原市の管路耐震化成績が、市部で3番目に良好なことを示している。

 11月12日、橿原市内で講演した葛城市議の谷原一安さん(共産)は「市営水道なら、市民がつぶさに経営状況を知ることができる。市民が選んだ市議会が水道をコントロールできる安心感がある。運営権、経営権という水道の自治が、一体化によって事業認可を受けなくなることによりなくなってしまう」と、優良経営の葛城市などが協議から離脱する意義を訴えていた。

 橿原市でも、一体化に参加しないでほしいという意見は、一部の市民や無所属の市議から出ている。県が条件設定した試算では、給水人口が多い橿原市や香芝市の料金メリットはさほど大きくない。これら2市は早くから市営浄水場を廃止し、その更新コストがかからず、県営水道からの受水100%で営む。水道の専門家は「長期的な視点を持てば、橿原や香芝などは単独経営でも料金の上昇幅を小さくすることは可能」と話す。

 上田清市長が一体化への参加意思を表明した大和郡山市は、どのような条件設定で将来の料金試算をし、市民に示すのか。

一体化の統一料金が投げ掛けるもの

 県の一体化料金試算は、奈良市離脱表明後の10月に算定し直したものが最新。企業団設立の目標年度から約30年後の2054年まで計算している。

 料金面で最も得をするのは吉野町。上水道整備の歴史は、県内では奈良市に次いで二番目に古い。仮に単独経営を続けた場合、1立方メートル当たりの水道料金は30年後、1019円にまで上昇する。

 一体化に参加予定の市町村中、最も高い料金となる。しかし一体化の企業団に入れば、試算では30年たっても253円の料金で済む。

 吉野町は山間部が多く、点在する集落にあまねく給水しなければならない。人口密度が低く、管路は長い。効率の悪い見本のようだ。「料金回収率」は、一体化に参加予定の市町村の中で最低の42・5%。最高は天理市の120%。

 5年前、吉野町の水道事業は国の方針に従い、10カ所の簡易水道を編入した。だか、経営改善の決め手にならない。それどころか簡易水道の浄水場を更新したときの多額の借金に苦しみ、給水収益に対する企業債の比率は県内で最悪の高さになってしまった。

 「一体化は助け合い」と説く県議もいる。経営難の水道解消は美談になる。その一方で県の構想は、8つの市営浄水場(葛城市3、天理市2、生駒市1、大和郡山市1、桜井市1)を廃止する。あり余る大滝ダムの水を扱う県営御所浄水場からの遠距離導水が加速する。異常気象が問題になる中、暮らしに身近な水道水源こそ大切ではないか。

 さらに県北部の人口密集地から集められた料金は企業団全体の財布に入り、住民から遠いところで再配分の方法が決まっていくだろう。料金統一をするからには、負担の公平の在り方を論議することが大切だ。

 吉野町の隣の下市町も、仮に水道事業を単独で営んだ場合、吉野町に次いで料金が高くなる試算で、約30年後は869円になってしまう。このほか明日香村の569円、宇陀市の562円などが続く。宇陀市は債務が大きく収益性が低い。

 五條市も債務が大きく、かつ水道管の老朽化が一体化参加予定市町村の中で最も進んでいる。御所市は、耐震化率は高いが「料金回収率」が低い。企業団の事業開始と同時に、多くの市町村の料金が軒並み下がる。

 県は何としても2025年度の事業統合を目指す。これにより広域化を誘導する国庫補助金が10年分、満額入るからだ。経営難の弱小水道を解消し、料金抑制効果を出し、モットーとする耐震化を県内全体で進めるためには金が要る。

 補助金が入ってくる期間はあくまで10年間。予定する工事が順調に進んで初めて得られるものだ。水道工事という地中の埋設物を扱うデリケートな配管などの工種において、目標の10年を超えた工事は従前の水準で安くできるのか保障はない。

 「首長の参加・不参加の判断は年内」と荒井知事は11月の協議会で示した。法定協議会設置の是非を問う県、市町村の議会採決は来年3月に迫る。 関連記事へ

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