10年先の農地「担い手地図」に課題山積 作成が市町村の義務に 奈良県内、農地転用志向で進まない集落も

耕作放棄地を借り、ブドウとブルーベリーの栽培に挑む法人の代表者(後ろ姿)。写真は収穫後=2025年11月8日、大和郡山市内、浅野詠子撮影
農業経営基盤強化促進法の改正により、市町村が地元との協議で農地の10年先の耕作者を1筆ごとに色分けして示す「目標地図」(地域計画=地域農業経営基盤強化促進計画)の作成が義務化されたが、奈良県内では将来の担い手が決まっていない空白地域が相当な面積で生じるなど課題が山積している。
法改正により農地の貸し借りは原則、農地バンク(知事指定の農地中間管理機構)を経由するか、農業委員会の許可を受けた相対契約のいずれかになる。農地バンクは分散した農地を地域計画に基づいてまとめて借り受け、必要に応じて整備した上で、耕作を希望する人が使いやすい形で農地を貸し付けていく。国は農地の集約化を目指す。
しかし、大和郡山市内には、これまで耕作地の将来図とされてきた「人・農地プラン」と比べ、目標とする耕地面積が大幅に減少してしまった集落もある。
同市内で賃料を払って耕作放棄地を借り、果樹栽培に挑んでいる法人の地元では、耕地面積が32ヘクタールから10ヘクタールに減少した地域計画案が出来上がった。
法人の代表者は「本来、地域計画は、担い手が成長できるよう農地利用を調整する制度のはずだ。この案のままだと、農地が零細で分散したまま固定化されて収益性が上がらず、農業経営が成り立ちにくい」と疑問を投げかける。
同法人は農業経営のため公庫から多額の借り入れをしているという。代表者は「必要な農地を確保できず、事業計画の進捗(しんちょく)に影響すれば、農業を断念し、農地バンクへの農地返却も避けられない。結果的に地域の農地は荒れる」と話す。
なぜ「目標地図」の耕地面積は減ったのか、「奈良の声」は同市農業水産課に聞いた。
同課によると、いったん地域計画の中に組み入れられてしまった農地を転用しようとすると、地域計画の変更が必要となり、縦覧や関係機関(JA、農業委員会、土地改良区など)の意見聴取などの手続きで約2カ月を要するといい、地元との協議の場で説明したという。こうした縛りがかかることが地域計画が敬遠される要因の一つにもなったとみる。地域計画ができた14集落(地域内農業集落)のすべてで「人・農地プラン」の耕地面積より減っている。「地域計画の地元協議は多数決で成立したものではないが、賛成多数の雰囲気で出来上がった」と話す。
同課によると、市内農家の農地転用志向は少なからずあり、その背景には市内を通る京奈和自動車道の整備が進み、沿道の開発への期待もあるという。
農地転用とは、太陽光発電や住宅、工場などの用途に農地を転用する法定の手続きで、市街化調整区域においては市町村の農業委員会を経由して知事が許可する。
田原本町によると、同町でも地元農家との協議において京奈和道沿線の農地の所有者らに転用志向が見られるという。
ある市の担当者は「苦労して目標地図を作っても、白色が相当なエリアを占めることになれば、倉庫や資材置き場への転用候補地を物色するため開発業者が閲覧に来るかもしれない。農業の将来のための制度が真逆の方向を招かないか心配になる」と漏らす。
県担い手農地マネジメント課によると、県全体では耕地面積が増えている前向きなエリアも存在するという。
県内13市町村で策定に遅れ 国庫補助金にも影響か
一方、地域計画策定の進捗状況は、県担い手農地マネジメント課の集計(今年8月末現在)によると、市街化調整区域に地域計画の対象農地がある県内32市町村のうち、13市町村で策定に遅れが出ている。
国は今年9月、都道府県別の地域計画策定状況(今年4月末現在)を公表。将来の担い手が位置付けられていない農地の比率は、奈良県は40.4%と低迷し、全国平均の31.7%より低い。ただ県内では策定そのものが遅れていることから、どれだけ実情に即した数字か不明だ。
橿原市内には350ヘクタールの農地があるが、地域計画の「目標地図」ができたのは3集落のみ。市街地に隣接してぽつんと田んぼが残るような土地が多く、兼業農家が9割以上を占める。将来地図を策定する上で農家の意向がまとまりにくい実情があるという。市は新たに4集落の策定を目指す。
ただ、すでに策定された3集落についても、同市農政課は「面積要件などが整わないことから関連の国庫補助金は適用されない」と話し、厳しい側面もある。
大和郡山市は、対象となる市内46集落中14集落で策定されたにとどまる。市農業水産課によると、市内の農地は小規模で多筆、形がいびつな傾向が見られる。「地元では『地域計画を策定してもメリットが分からない』という声も出た」という。
同課は「国庫補助金を活用するための要件として面積や集積率が挙げられるが、農地が大規模でまとまって存在する地域は利用しやすい半面、都市近郊で小規模農地が点在する地域等は要件外となることが多いと予想される」と見ている。
4町村が合併しできた宇陀市。山間部が多く、農地は市内面積の8%。六つの集落で「目標地図」が作成できたが、残る20数カ所の集落で策定が急がれている。市農林課は「地籍調査が終わっていない農地があり、1筆ごとの正確な地図を作成することに苦労が伴う」と話す。地元農業者との協議の場を設定するだけでも時間と労力がかかり、広い市域にわずか2人の職員で担当する。
天理市、葛城市、御所市、香芝市、田原本町なども、「目標地図」が法定の期限に間に合わなかった対象農地を相当抱える。天理市農林課は「農業者から『明日のことも分からないのに、なぜ10年先の担い手地図ができるのか』と苦情があった」、御所市農林商工課は「70代、80代の農業者の中には、後継者をどうするのか、家族の中での話し合いが進んでいない人々もおり、いきなり地域計画の協議に入ることは難しいとの声がある」と漏らす。
「目標地図」が策定されない農地は、2000年度から国が実施してきた「中山間地域等直接支払制度」が適用されなくなる見通し。同制度では傾斜が急な農地の整備を支援する。農地の維持や水路の補修、農道管理などに活用されてきた。実施に当たっては集落と市町村が協定を結ぶ。事業費は国が2分の1、県と市町村が4分の1ずつ負担してきた。
ある市の担当者は「今後は、目標地図を策定したエリアのみが対象となる。国庫補助金のめりはりを付けようという狙いだろうが、この条件化は衝撃的なこととして受け止めている」と話す。
平成の大合併により旧都祁村、旧月ケ瀨村を編入した県都・奈良市。これにより市内農地は一気に2515ヘクタールとなった。耕地が30アール以上で年間50万円以上の農産物販売収入がある農家は1433戸(2020年)。「目標地図」の策定は2カ年度にまたがって取り組み、旧都祁村の4地区を含む10地区の策定にこぎつけた。広い市内の他の複数地域においても策定が検討されている。
市農政課は「実は策定したらおしまいでなく、これからが始まり。随時農地を点検し、地図の白色を減らす努力、すなわち集約化に向けて努力するよう国から促されている。ブラッシュアップと一口に言うが、ものすごく労力がかかり、人的負担がとても大きい。マンパワーも限界」と話す。
大和は国のまほろばとよく言われる。田畑の風格が保たれてこそ文化財の社寺も万葉故地も引き立つ。それだけでなく、農地は雨水を貯留し、大和川流域などの治水にも貢献する。奈良県にとっての農業政策は本来、部局横断的な存在意義もありそうだ。
県内市町村の農業政策担当者は皆、「全国一律の施策をトップダウンで実行するだけでなく、地域性を考慮したより自由度の高い施策を展開することは、農業分野だけに限らず、今後必要」と口をそろえる。
複数市町村の農業政策担当者が「地域計画の推進に課内の人出が足りない」と訴えている。打開策はないか農林水産省近畿農政局に聞いた。
同局は「省庁横断的な策として、例えば、農地は国土の一環として国土交通省の政策とも共通するところがあり、同省の地域管理構想支援などの制度が地域計画の話し合いに活用できる。また総務省には外部専門家の活用による地域力創造アドバイザー制度(特別地方交付税措置)もある。市町村は農業者との話し合いを継続し、精度の高い目標地図に向かって更新を重ねてほしい」と話す。
筆者情報
- ジャーナリスト浅野詠子
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