視点)行政の「隠れみの」にしない審議会、熟議で河川整備計画 兵庫県・武庫川流域に学ぶ住民参加のまちづくり

広々とした河川敷で憩う人たち=兵庫県西宮市の武庫川、2026年2月24日、浅野詠子撮影
兵庫県知事だった貝原俊民さん(1933~2014年)が2000年、武庫川の中流部に県が計画を進め着工寸前だった武庫川ダム建設の白紙化を表明して四半世紀余が過ぎた。これを受け県は2011年から、同河川で新規のダム建設を行わず、地域資源を生かした総合治水型の河川整備計画に着手し、現在に至っている。
河川整備計画の策定に向け、知事が諮問した武庫川流域委員会は7年に及ぶ川づくりの論議を進めていた。委員長を務めた松本誠さん(81)は今年1月、「圧倒的な合意形成を目指す熟議民主主義の試みだった」として同県明石市内で詳細を報告(主催、「地域と民主主義」勉強会in明石)した。
洪水を河川に封じ込めようとする従来の路線を見直し、あふれることも許容し、既存インフラの活用に重点を置いた「武庫川モデル」。行政の「隠れみの」になりがちな審議会の在り方を根底から覆し、住民参加型の話し合いが貫かれていた。審議会の委員を誰にするのか、公開の議論の中で行い、審議会では傍聴する住民が傍聴席から自由に意見が言える時間もあった。
記者が奈良県内で知る行政の審議会といえば、著名人が複数の審議会を重複して指名されていたり、公募枠がなかったりする。県民から遠い印象が拭い切れない。
武庫川は丹波篠山市などの中山間地域を源流に総延長65キロ。知事管理の2級河川だ。尼崎市、西宮市など7市にまたがり、流域の資産、人口などを加味すると、全国10番目の河川規模になるという。
たいていの地方において、自治体の河川整備計画の骨格は「河川屋」などと呼ばれる河川工学専門の一群に任せられる。行政の進める計画に対し、住民は沈黙することが常である。
阪神淡路大震災を教訓にした河川整備計画
松本さんによると、兵庫県で住民参加型の河川づくりの論議が盛んになった背景として阪神・淡路大震災(1995年)がある。被災者、復興に取り組む住民らの現場と、行政とをつなぐ「被災者復興支援会議」が知事直属の組織として発足。市民、研究者らが直接県政に提言できる仕組みが出来上がった。県の都市計画部は震災後、いち早くまちづくり部に改称した。
震災の年の夏、雨水を利用する草の根の防災を進める全国大会に参加した松本さんら有志は、被災地からの報告を行っている。こうした体験も、武庫川流域委員会の論議に生かされた。
1990年代後半になると、ダム建設に対する批判が国内で高まってきた。河川法が改正され、河川整備計画に住民参加の理念を取り入れた。地域社会での合意形成の難しさや、環境、費用対効果の問題などから新規のダム建設を認めない閣僚や知事も現れた。亀井静香建設相、潮谷義子、田中康夫、嘉田由紀子、片山善博(後の総務相)らの知事が該当し、ダムだけに頼らない総合治水を推進しようと試みた。
貝原さんもそうした1人。兵庫県は1960年代に武庫川ダムの予備調査を開始し、治水専用の穴あきダム(総貯水量950万トン)として1991年に事業採択したが、知事4期目の半ばで立ち止まった。
震災経験により、県の理念も変化し「参画と協働」が旗印に。武庫川の河川づくりについても、合意形成の在り方を一から問い直すことになったのだ。「たとえ自然災害を防ぐことはできないとしても、被害を最小限に食い止めようとする『減災』の思想は、阪神・淡路大震災から生まれた」と松本さん。
第三者機関が合意形成の実験場に
武庫川流域委員会は、後任の井戸敏三知事の諮問機関として2004年、スタート。委員25人のうち公募の委員は10人で、県民65人が応募してきた。会議では、お堅いお役所言葉をなるべく避けようとする空気が生まれた。委員は河川の専門家だけでなく、財政など多分野にまたがった。
河川整備というお堅い行政用語についても、法定で使う場合は別として、あまり使われなかった。委員たちは「川づくり」という言葉に共鳴し、進んで使ったという。
委員長を務めた松本さんは神戸新聞を定年退職後、まちづくりの実践と研究に携わった。武庫川流域委員会の運営は安易な多数決を避け、大多数が納得できるまで話し合った。7年続いた委員会の最初の2年半で計画づくりの指針となる「提言書」をまとめる議論は、230回、延べ1000時間以上を費やした。
河川整備を担当する県職員は2、3年で異動するため、この間、約100人の職員が同委員会に関わったことになる。行政の在り方を職員自身が考える機会になったといわれた。
奈良県にない「何か」が見える
松本さんの報告に接し、ふと、脳裏をよぎるものがあった。貝原さんが武庫川ダムを白紙化した当時、奈良県の柿本善也知事は、世界遺産・春日山原始林の懐で岩井川ダムの建設を進めていた。
すでに奈良市内には水道専用の市営ダムがあり、これ以外にも2つのダムの水利権を市は獲得していた。このため、治水だけを目的とした新規のダム建設は不経済な側面があったのだが、住民から反対の声はほとんど出なかった。
また、奈良県26市町村の水道と県営水道が2025年、統合し、水源地図も大きく変わろうとしている中、住民説明会を開いたのはわずか2市。開かなかった24市町村に「奈良の声」が取材したところ「議会の了解を取りつければ十分」と答えた市町村が多かった。
兵庫と奈良の2県を比較して眺めてみると、暮らしに身近な「水」にまつわる行政や住民の意識に違いがあるかもしれない。これからの住民参加や協働を探る上で、何かの参考になるだろう。
一つのヒントとして、武庫川流域委員会に参画した人々の思いの中に「水循環」という観点があったという。松本さんは言う。
「上水道はもちろん、下水道の問題も、雨水の排水問題も、ため池や河川の利水、治水問題も、本来は水循環という中で一体的に考えることが重要だという視点を私たちは持っている」
なるほど、武庫川とは水系が異なるが、松本さんが世話人を務める兵庫県明石市内の市民グループが、なぜ市営水道の観察に熱心なのか、水循環というキーワードからも答えを導くことができそうだ。
同グループは2022年、市が水道水源の3割を占める河川水を阪神水道企業団に切り替えることについて、市水道局の担当者を招いたまちづくり講座を企画し学習した。明石市の水道水源は半世紀前まで地下水100%だったが、市はその後、地下水涵養(かんよう)への努力をせずに、県営水道の受水量を増やす契約を進め、自己水源である地下水の比重を下げ続けていた。こうしたことへの疑問と不信感が根底にあったという。
これとは対照的に、奈良県では水道統合が行われる以前から、県が多くの市町村対し、地下水を水道水源とする浄水場を廃止し、県営水道から受水するよう要請し、市町村は粛々と従っていた。
奈良県では現在、県民の水がめである大滝ダム(主目的・治水、国土交通省)の貯水率が著しく低下し、21年ぶりとなる取水制限が行われている。蛇口をひねる住民の意識に、何かの変化が起きるだろうか。
注目される、これから20年の河川整備計画
武庫川ダムを白紙化した兵庫県は今、戦後最大の洪水である1961年6月の洪水と同規模の洪水から沿川住民の生命と財産を守る目標を設定し、治水事業を行っている。
阪神電車の武庫川駅は、武庫川を渡る橋の上にホームがあり、風情がある。県西宮土木事務所は現在、河川と阪神本線の交差部で河床の掘削工事と潮止堰(ぜき)の撤去に伴う塩害対策工事を進めている。また、尼崎市武庫川町、西宮市小松東町などでも河床の掘削を行い、同市日野町では堆積土砂の撤去工事も実施。ため池、水田などの雨水貯留浸透機能の確保にも力を入れる。
武庫川流域委員会が2009年度に実施したアユの生息実態調査によると、西宮市生瀬の同河川で天然アユの遡上(そじょう)が確認された。以来、アユは武庫川の再生を願って行動する人々のシンボルフィッシュになった。
同流域委員会は総じて公開度が高かった。分科会などの諸会議も含めると300回は有に超えた会議の内容や付属資料がすべて県のホームページから閲覧できる。県宝塚土木事務所によると、2004年6月の武庫川流域委員会運営要領案に公開、公表、広報の方針が盛り込まれ、現在もこの方針を踏襲している。委員会は終結に当たり、県ホームページにアップロードされた資料について県との間で「永年保存」を合意確認したという。
河川法に基づき、河川の管理者である国、県が策定する河川整備計画は20年から30年先を見据えた長期計画。2011年を起点とした武庫川の河川整備計画は、数年後に目標年を迎える。新たな河川整備計画は2030年ごろにスタートするもようだ。
兵庫県総合治水課は「武庫川流域委員会の提言書を踏まえ、新たな河川整備計画を策定することになる」と話す。
同流域委員会で大きな論議となり、整備計画に反映できなかった課題の一つに、支流にある神戸市営の水道専用ダムの力を借りて、総合治水に生かすというものがある。同課によると2024年から25年にかけて、神戸市と兵庫県との話し合いで折り合いが付き、洪水期に水道専用ダムの事前放流により貯水位を下げて治水に活用することになった。
松本さんは武庫川づくりの「次の20年」に向けて、次のように話している。
「温暖化による地球環境の異変がますます激しくなり、雨の降り方はもう過去のデータや経験則が役に立たない時代に入っている。地震や津波、火山の噴火を制御できないのと同様に、予測できない豪雨を川の中だけに閉じ込めるという河川対策は限界を超えている。これからは、川からあふれる洪水を許容する前提で、致命的な被害を防ぐ“減災対策”と、降雨を流域全体で受け止める流域対策がますます重要になる」
人口減少にも向き合う
「人口減少を生かして危険なところに住まないなど、浸水に強い都市構造に改める。大雨による土石流や流木被害を避けるためにも山の手入れや天然林の回復に努め、農地やため池の保全、“田んぼダム”や遊水池などの活用を進めて、治水の対応を変えることが大事になってくる」

武庫川ダムが計画されていた同川中流。同川は近年、天然アユの遡上が確認されている=2015年、松本誠さん撮影
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