奈良県)柳本飛行場跡、天理市の説明板撤去で市民集会 「速やかな再掲示」アピール
撤去された天理・柳本飛行場跡の説明板の速やかな再掲示を実現させようと呼び掛けた市民集会=2014年8月7日、天理市守目堂町の市男女共同参画プラザ
天理市が1995年に設置し、ことし4月に撤去した柳本飛行場跡(太平洋戦争中の軍事施設)の説明板の速やかな再掲示を求める市民団体が7日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで集会を開き、約80人が参加した。飛行場建設に朝鮮人労働者が動員され、慰安所も存在したことを明記した説明板が撤去された日を「4・18柳本飛行場の歴史を考える日」と決め、加害の歴史の隠蔽(いんぺい)を正す取り組みを広げようとアピールした。
集会は「天理・柳本飛行場跡の説明板の撤去について考える会」が主催した。代表の元奈良市議、藤原好雄さん(82)は同飛行場跡近くが郷里で、「小学5年の当時、学童動員で柳本飛行場の草刈りをしていたところ、朝鮮人の青年が重い丸太を背中に載せられたまま、腕立て伏せを強いられ、丸太を落とすと殴られ、顔中血だらけだったのを目撃した」と涙ながらに語った。
会場には、21年間、戦時中の地下トンネルの見学活動を続けるNPO法人「屯鶴峯地下壕(ごう)を考える会」メンバーや秘密保護法制に反対する市民グループなど多様な団体、住民らが県内外から参加。柳本飛行場跡の慰安所にまつわる証言を集めてきたジャーナリストの川瀬俊治さん(66)は39年前の取材ノートを公開し、「これからも歴史の証言者のインタビューや文献資料の発掘など、あらゆる方法を駆使し歴史的解明を目指そう」と呼び掛けた。 関連記事へ