コラム)夫婦別姓制度、バージョンアップで実現へ/川上文雄のじんぐう便り…18
能人形「猩々(しょうじょう)」、奈良一刀彫の三代小林宏壽(こばやし・こうじゅ)の作品(高さ約13センチ)。デパートの骨董(こっとう)店で購入
同姓か別姓か、夫婦が自由に選べる「選択的夫婦別姓制度」の実現を願っています。制度推進の議論を追っているうちにバージョンアップが必要だと思うようになりました。推進論には弱点があります。
弱点とは何か。それは「選択の自由」をなによりも大切にしているはずなのに、その追求を徹底しないために「選択の自由」を享受できない人が残ってしまうことです。それはまた、自由を享受できる人とできない人を分断する(=つながりを断つ)ことでもあります。「選択の自由」と「つながり」の両方を大切にする方向でのバージョンアップについて考えました。
バージョンアップなので、当然のことですが推進論の「原点」を引き継ぎます。選択的夫婦別姓制度(以下、「選択的制度」など複数の省略形を使用)を求める最大の理由は、結婚するまで長らく使用してきたことによって「アイデンティティ(自分らしさ)」を感じとれる姓を失いたくない、ということです。バージョンアップがめざすのは、同姓を選択して姓を変える人についても、「自分らしさを感じとれる姓を選んだ」と納得できるようにすることです。
推進論は民法750条の改正によって選択的制度の実現をめざします。しかし、民法改正だけだと「選択の自由」を享受できない人が残ります。その人は子どもの姓などいくつかの重要事項を検討したうえで「同性」を選んだ夫婦のなかに多く現れます。
同姓を選んだために、それまで旧姓で実績を積み上げてきた仕事について不利益・不都合が生じてしまう人たちです。その人たちにとっては、同姓以外に選べない現在の制度と変わりない。それに対して推進論者が「その不利益が嫌なら別姓を選べばよい。同姓か別姓か、自由に決めることができる。強制していない」と言えるはずがありません。なぜなら、「強制していない」は「同姓」制度を正当化して別姓選択を認めないときに使われる安易で不誠実な言葉だからです。
そこで戸籍法の改正です。戸籍に婚姻前の旧姓を通称として記載できるように改正する。これは別姓制度に反対する論者が代替案としているものです。そうだとしても、「選択の自由」を大切にする推進論がそれをとり入れて何の不都合もありません。もちろん、法律の文言を変えるだけでは大雑把すぎるので、条文の具体的な運用についてさらに検討しなければなりません。
この改正によって、「やむを得ず同姓を選んだ」(自由に選べなかった)という不満感ではなく、「可能なかぎり最善のかたちで同姓を選んだ」(自由に選べた)という納得感を持てる人が大多数になると期待できそうです。
同姓であれ別姓であれ、自分が納得して選んだ姓なのだから、それは「自分らしさ」(アイデンティティ)を実感できる良い姓だと、誰もが思える仕組みになっている制度をめざします。自分らしさを感じられる「姓」とは、その人が大切に思う価値観が守られていると確信できる姓です。
ただし、価値観は人それぞれ、さまざまです。結婚前の姓を失くしても仕事上の不都合はほとんどないという人で、家族の一体感を一番大切に思っている場合は、結婚相手の姓を選ぶでしょう。しかし、人それぞれ、さまざまだからといって「主観的であいまいなもの」と否定すべきではありません。姓の選択に関して異なる事情(価値観、都合)をかかえている人たちの「主観」を認め合ってこそ、人々のつながりがたもたれる。この「主観」は社会全体の利益(公共の福祉)につながっている。各人の価値観にしたがった選択を妨げない制度をめざすべきです。
これまで推進論は「個人の選択の自由」あるいは「アイデンティティの尊重」に価値を見てきたのですが、これからは「つながり」という視点を加えて別姓制度を考え、考えたことを人々に伝える努力が大切だと思います。制度の反対論が何かにつけて「つながりの破壊」を批判していることも、そのように思う理由の1つです。
これは「視野のバージョンアップ」と言えそうです。視野を広げて、自分たちの外側にいて事情を異にする人たちに思いを寄せる。外側に放置されたままにしない。誰もが自分らしさを感じとれる姓名でこの社会(他の人たち、家族を含む)を生きていける。そのような制度をめざしていることを制度設計者は人々に説明して、制度への信頼感を得るように努める。「社会をともに生きる者同士として、それぞれが大切に思う姓名をたがいに尊重してほしい」と訴える。
そのようにすれば、2つの法律改正によってバージョンアップした制度に魂が入ります。「選択的夫婦別姓」の伝統が育つことを願っています。どんなに長く続いてきた伝統にも「始まり」の時があったはずです。
ひとつ忘れていました。視野を広げるというのであれば、同性婚の人たちについても「選択的夫婦別姓制度」の外側に放置することはできません。
(随時更新)
かわかみ・ふみお=客員コラムニスト、奈良教育大学元教員、奈良市の神功(じんぐう)地区に1995年から在住