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発行者/奈良県大和郡山市・浅野善一

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ジャーナリスト浅野詠子

視点)デメリットを考える 県域水道一体化 奈良市議会の論議参考に

奈良県域水道一体化の主水源となる大滝ダム=2022年11月、川上村

奈良県域水道一体化の主水源となる大滝ダム=2022年11月、川上村

大和郡山市、1月22日に市民説明会

 大和郡山市の上田清市長は2021年の市長選公約から一転、奈良県域水道一体化への参加を表明した。市民説明会が2023年1月22日に開かれる。県が主導した一体化の公表資料は、メリットばかりが目につく。県の水道政策の戦後最大級の変更となるが、一般の市民が素手で参加・不参加の是非を考えてみようにも、情報が圧倒的に不足している。

 2022年10月4日に一体化への不参加を表明した奈良市の議会での議論が参考になる。同市は、一体化は有利とする県の水道料金試算をうのみにせず、自前で試算を行うなどした上で、メリットを見出せなかったことから、一体化の協議を離れた。特に参考になるのは井上昌弘議員(共産)の指摘。同議員は離脱に至るまでの間、独自の調査により一体化の問題点を追及してきた。

 県が構想する広域化は主に、県営水道とこれを受水する市町村営水道を一つにするもので、県と26市町村などで企業団(一部事務組合)をつくり、2025年度の事業開始を目指す。格差が著しい市町村の水道料金を統一するのが特徴で、全国的にも前例がない。県の案では、料金の安いところに合わせるため、料金が下がって得をする市町村が多数出る。

統一料金、減収補填の一面も

 井上議員は2020年6月の市議会定例会で、そうした状況が企業団の全体の減収減益を招き、それが何を意味するのかを問うた。こうした市町村間の料金収益の“移転”が一体化の協議の中で課題になることはなかった。

 同議員は、仮に奈良市が一体化に参加すると想定して、統一料金を同市並みに設定した場合、市町村単位で見た水道料金の純利益がどうなるかを試算した。同議員が総務省の「公営企業地方年鑑」を基に作成した資料から、2018年度の各市町村の経営状況を見ると、総費用が総収益を上回り純利益がマイナスとなる赤字団体は5団体にすぎなかった。

井上議員作成の資料「県域水道一体化で奈良市並みの単価で統一料金を設定した場合の試算」(奈良市議会ホームページから)

井上議員作成の資料「県域水道一体化で奈良市並みの単価で統一料金を設定した場合の試算」(奈良市議会ホームページから) 表を別ページで拡大表示

 しかし、水道の供給単価を奈良市並みに安くして、1立方メートル当たり184円で同年度の総収益を計算し直すと、赤字団体は一挙に19団体に増えた。

 試算の結果、奈良市の純利益は9億数千万円となるが、井上議員は「(単独経営ならこの)黒字は奈良市民のために使われるけれども、統合したら企業団の中に溶け込んでしまい、市民のために使われない」と指摘する。

 この試算では、奈良市と同様に料金が安い大和郡山市の純利益も3億6500万円となった。奈良市以上に料金が安く、一体化に参加しないことを決めた葛城市の純利益も3億7300万円となった。

 県が主導した一体化計画は、従来の料金が高く、施設の耐震化や老朽化対策が遅れているところが得するといわれる。その穴埋めは、奈良市と葛城市の離脱後、どこの市町村がするのかという素朴な疑問が出てくる。

 井上議員は同じ年の9月定例会で、県がその前月に示した2025年度から2048年度までの統一料金の下で、市町村単位で見た給水収益がどう変化するかを試算した。統一料金は段階的に引き上げられていくものの、料金の安い市町村に配慮して設定されたため、ほとんどの市町村で多年度にわたって一体化前の2018年度より減収となった。

井上議員作成の資料「県域水道一体化に伴う供給単価引き上げの影響試算」(奈良市議会ホームページから)

井上議員作成の資料「県域水道一体化に伴う供給単価引き上げの影響試算」(奈良市議会ホームページから) 表を別ページで拡大表示

 2048年度までの給水収益の増減分の累計は、28市町村全体では220億円増となったが、市町村単位で見ると、半数超の15市町村が減収となった。奈良市の245億円増など、もともと料金が安かった市町村の増収分が、料金引き下げとなる市町村の減収分を補う姿が浮かんだ。同議員は、奈良市民の支払った水道料金が他市町村の減収補填(ほてん)に使われてしまう可能性はないのか問うた。

 井上議員は2020年10月の市議会建設委員会で、奈良市が単独経営を継続した場合のメリットについて次のように直言した。この発言は大和郡山市をはじめ、同様に経営の良い生駒市などの水道の参加・不参加の論議を活性化させることもできるだろう。

 「単独経営を選択しても、水道料金は将来、値上がりするかもしれないが、単独経営であれば、値上げの根拠を市民は明確に知ることができる。さらに値上げの幅について奈良市長、奈良市議会で自ら決めることができる。増収分はほかの自治体の減収分の穴埋めに使われることなく、奈良市の水道のために使われる」

国・県補助金に厳しい意見

 2022年5月。奈良市は学識経験者や市議らに一体化への参加の是非や意見を聞く懇談会を設置、8月までに5回開催し、延べ213人が傍聴した。「内部補助」という市民にあまりなじみのない考え方が話題に上ったこともある。電気やガスなどの公共料金の仕組みにも似て、低収益の部分の損失が高収益の部分の利益で補填されている現象という。

 こうした論議を受け、奈良市企業局は8月、一体化により、借金が多い一方で資金が少なく実質費用が高い市町村のコストを、コストが低い市町村が担う構造を図で示した。

 一体化すれば、他の団体への内部補助は30年間で275億円とする奈良市の試算に、県の関係者は気色ばんだといわれる。翌9月、奈良市の参加を促す策を練るために10市町村長らで構成する論点検討部会事務局は「一体化すれば、統合効果や国・県からの財政支援により改善が図られるものであるが、それらの反映もしておらず統合後における内部補助の状況を正しく示していない」と書面で抗議した。

 一方、国・県からの財政支援については、慎重な見方が奈良市議会で出ていた。森岡弘之議員(公明)は2022年6月の定例会の一般質問で次のように論じている。

 「統合後に低い収益のままの状況で、建設改良費がかさむと、それに応じて現金支出が増えることになり、そうなるとキャッシュフローがショートする懸念が出てくるのではないか。留保資金の取り崩しや一体化による国からの交付金を充てることで維持するとなると、健全な経営と言えるのか。一体化による10年間の国及び県からの交付金が担保されているとはいえ、財源の確保が途切れた以降の経営見通しが不透明ではないか」

 この国庫補助金、県補助金は企業団発注工事に対し計414億円が見込まれている。県の補助額だけで207億円。一体化のメリットを裏付けするものとして、県主導の県広域水道企業団設立準備協議会は盛んにアピールしてきた。戦後、市町村合併を重ね、広大になった市街地を二つの浄水場で経営している奈良市の老朽化水道施設対策には1円も回らない。

 10年限定の補助金。通常の水道工事の性格上、予算に対する未執行分が毎年相当額発生し、それを勘案しなくてよいのか、2022年9月の同市議会定例会予算決算審査特別委員会(市長総括質疑)で追及したのは宮池明議員(公明)。さらに、宮池議員は同定例会の一般質問で、県の料金シミュレーションの在り方そのものを正面から批判した。

 「県のシミュレーションは、統一化後の水道料金を下げて、政策的にメリット感を出すために恣意(しい)的にさまざまな財源対策を施す対策ではないか。もしそうであれば、公営企業会計の財務会計における供給原価、給水原価の設定と、それに基づく水道料金の考え方からして問題があると考える」

 奈良市離脱後に県が行った統合当初の料金試算は1立方メートル当たり181円。

 一体化を巡る奈良市議会の論戦は勉強になる。県が伝えない課題が掘り起こされた。まして大和郡山市や隣市の生駒市は現在、水道料金が安く、潤沢な内部留保金を有し、起債もほぼなしで経営している。参加を決めた大和郡山市は来月の市民説明会で丁寧な説明が必要だ。これまで通りのきめ細やかな住民サービスをどうやって堅持していくのか、そうした道筋は県主導の広域化計画からは具体的に見えてこない。

 他県の水道広域化の実施事例について聞き取りをしたことのある県内自治体の職員は「企業団発足後の一番大きな仕事は、見せかけの計画をやり直すことだと言っていた団体があった」と振り返る。 関連記事へ

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