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ジャーナリスト浅野詠子

奈良県営2ダム 「一体化」で水道水源の役割廃止 多目的機能後退へ

大和川上流の初瀬川に築造された初瀬ダム=2023年1月20日、奈良県桜井市初瀬

大和川上流の初瀬川に築造された初瀬ダム=2023年1月20日、奈良県桜井市初瀬

 治水と利水の双方に有用と宣言し、奈良県が大和川水系に建設した二つの多目的ダム、初瀬ダム(桜井市初瀬)と天理ダム(天理市長滝町)。県域水道一体化により水道水源としての役割に終止符を打つ。県の構想に基づき、ダムの水を利用する二つの市営浄水場が廃止され、2市へは県営水道からの送水が加速されるため。両ダム共に着工当時に掲げた多目的機能の大義は後退する。多額な建設投資をはじめ、水没を余儀なくされた伝統的集落の価値を勘案すると「不経済」の声が出そうだ。

 2ダム共に主目的は治水。建設費は合せて約254億円に上った。

 初瀬ダム(有効貯水量374万立方メートル、水没13世帯)は1987年、大和川上流の初瀬川に完成し、桜井市営水道に日量2500トンの水道原水を供給する。市は2017年、老朽化した市営初瀬浄水場を廃止。これに伴い、下流の市営外山浄水場から新たにダムの原水を取水するための水利権の獲得が必要になった。その調査と交渉に7年かかり、2021年12月に国土交通省の認可が下りたばかり。

 市上下水道部は「水利権の交渉を始めたのは、県が一体化の構想を表明する以前のこと。今後、水需要が減少し、市単独では効率的な経営は困難で、水道料金の抑制効果が期待できる一体化に参加する方が有利」と話す。

 初瀬川は古来のかんがい、舟運の歴史があり、文学作品にも影響を与えた。本県を代表する河川の一つ。ダムは長谷寺の上流域に築造され、水没した落神地区は旧上之郷村役場があった。伝統的な中山間集落が消滅するのを機に県教育委員会は文化財を調査し、これには民俗学者の故・岸田定雄さんも参加。豊富な伝承と行事が記録された。

 一体化を正式な施策として県が位置付けた「新県域水道ビジョン」は2019年3月に策定された。その年の市議会12月定例会。新政自民クラブ幹事長、札辻輝巳市議は「初瀬ダムは桜井市の治水・洪水対策として、また上水道の用水供給として、なくてはならないダム」と礼賛した。

 都道府県によるダム建設が流行した時期があった。国庫補助金が総事業費の40%支給され「補助ダム」と呼ばれる。県はこれまでに計5つのダムを建設した。1977年、大和川水系の布留川に県が建設し、79年から稼働する天理ダム(有効貯水量225万トン)もその一つ。

大和川水系の布留川上流に築造され天理ダム=2023年1月20日、奈良県天理市長滝町

大和川水系の布留川上流に築造され天理ダム=2023年1月20日、奈良県天理市長滝町

 天理市営水道の自己水源比率は約50%。うち7割が天理ダムからの取水だ。ダム堰堤(えんてい)の改良工事や電気設備改良工事など、年間の維持管理費の13.3%は市が負担している。

 天理ダムの原水を取水してきた市営豊井浄水場は、一体化の廃止浄水場リストに上る。市は一体化に理解を示し、並河健市長は昨年5月、一体化への参加に慎重だった奈良市(その後、不参加を決定)と大和郡山市(その後、参加を表明)に参加を求める要望書の草案作りを買って出た。

 身近な大和川水系、大和川流域から原水を確保してきた奈良盆地の水道は水道一体化で様変わりする。4市5カ所の浄水場が廃止される予定で、受け皿となる企業団(一部事務組合、2025年度事業開始予定)の主水源は県営水道水源の2ダム(国土交通省・大滝ダム、水資源機構・室生ダム)になる。

 治水ダムの評価は専門家の間で分かれる。近年、豪雨の頻度が高くなり、国は事前放流推進に方向転換した。県は2008年、水道水源を豊富に確保する奈良市に治水専用の岩井川ダムを完成させたが、堤体石の大きさに対して貯水量が少なく「もったいない投資」と和歌山大学の河川工学研究者がダム本体着工当時、指摘した。

 奈良県河川整備課は「新規のダム建設は計画していない。県営2ダムの水道水源機能がなくなっても、主目的の洪水調節のほか河川維持用水の補給機能は残る」と話す。 関連記事へ

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