視点)福島近隣県市町村の除染巡る研究者調査から奈良県域水道一体化考える
福島近隣3県の市町村に対し原子力災害に関する詳細なアンケートを実施、分析した「自治総研」2023年7月号の投稿論文
福島県に隣接する茨城、栃木、宮城3県の市町村を対象に、原子力災害後の初期対応や除染について生じた課題を巡り、茨城大学の原口弥生教授ら4人の研究者が実施したアンケート調査の結果と分析がこのほど、雑誌「自治総研」2023年7月号(地方自治総合研究所発行)に掲載された。水道の広域化という国策に乗じ、大型統合が進もうとしている奈良県にあって、立ち止まって考えるための視点を見いだすことができる。
調査は、広域苛酷災害と位置付けられながらも、福島県外の地域では施策面の遅れが目立ち、事故後の対応方針も定まらなかった状況などをつぶさに伝えている。対象104市町村のうち79市町村が回答した。回収率は76%。
空間放射量の測定については、県が指定した箇所以外に測定したのが26市町村で、全体の3割。日ごろ記者が取材テーマにしている「水」の現場に目が止まった。浄水場や河川敷、水路、飲料用井戸の周辺など多岐にわたっている。
職員たちはどんなことに苦慮したのか。自由記載欄で尋ねられ「放射能に関する知識の不足、除染マニュアルが策定されない中での手探りでの除染などの対応」と書いた栃木県内の自治体もあった。
また、計画停電に伴う対応として、水道事業での自家発電燃料の確保や配水調整などに苦労した様子が同県内の自治体の記述にあった。
宮城県内の自治体では、下水汚泥焼却灰の放射性物質濃度が高かったため、処分先が見つからない事態に陥ったという。
これら福島近隣3県について原口教授は「低認知度被災地」と位置付ける。ことの重大さが社会であまり知られず、対策などの制度作りも不十分という意味からだ。
ならば何かの課題に取り組むさまざまな地域の市民らが、他人事としてではなく福島近隣3県アンケート調査をわが見に引き寄せながら読んでみることは参考になる点もあるはずだと記者は考えた。
わが奈良県では、26市町村の直営水道を廃止し、県営水道と垂直統合する一体化の構想が進められている。県としては戦後初めての水道事業変更となるが、今年4月に行われた知事選ではほとんど争点にならなかった。
荒井正吾前知事の肝いりで県が2017年秋に一体化構想を打ち上げてから知事選で荒井氏が落選するまでの5年余りの間、県は一貫して、自分たちの策定した水道広域化のメリットを強調した。国庫補助金を最大級の善として、獲得に向け力を入れてきた。
大半の市町村長が県の構想に賛同してきたことも、奈良県型の一体化の特徴を成しているだろう。協議から離脱したのは奈良市と葛城市だけである。
福島近隣3県アンケートを改めて読んでみる。「国の政策に自治体の意見や要望が反映されていると思うか」と質問したことに対し「思う」と回答したのはわずか4%(3市町村、各県1)だった。
これに対して「思わない」が20%(16市町村、茨城5、栃木3、宮城8)。「どちらともいえない」が67%だった。辛い評価となった。
「思わない」と回答した理由として「政策決定をする中で、対象地域の意見聴取がない」(栃木県内の自治体)との記述があった。また、特定一般廃棄物の処理を巡り、国は市町村の事業を査定するかのような対応が多いとの不満の声も宮城県内の自治体からあった。切実な自治体に対し、国が支援金を値切ろうとしている事情がうかがえる。
国は栃木県について「比較的線量の低い地域」としたため、住宅地の表土除去の除染は認められず、ある市は、単独事業として18歳以下の子どもまたは妊婦がいる家庭の除染を行った。後に要望をしてようやく震災復興特別交付税交付金の対象になったという。
調査と分析を行ったのは原口教授、蓮井誠一郎・茨城大学教授、清水奈名子・宇都宮大学教授、鴫原敦子・東北大学大学院学術研究員。国の政策に対する具体的な課題が浮き彫りになった。一方、多くの市町村が原発事故対応の記録を残していなかった問題にも言及している。
4研究者が実施したアンケート調査の中に「原発事故への自治体の対応について、報告書や記録集を作成したか」との質問があった。「作成した」と回答したのは茨城県と栃木県がいずれも9自治体、宮城県は4自治体。一方、「作成していない」は茨城24自治体、栃木11自治体、宮城18自治体だった。
公文書管理の弱さは、府県を越えて自治体に共通する一面があるだろうか。奈良県が一体化を推進する過程においても、乱高下した一体化効果額変遷の経緯、奈良盆地から地下水浄水場を全廃する当初構想のきっかけ、五條市・吉野3町水平統合構想の白紙化など、意思決定などに至る過程を記録に残していない事案はかなりあった。
調査は、福島の原発事故が、周辺自治体の対応や住民リスク負担に依存しなければ担いきれない事後処理を生むとしたら、これからの原子力政策は、汚染物の処理過程までを念頭に入れた「社会的合意形成のプロセスが必要」と訴える。
水道の広域化も水道法改正によって国策としての性格が明瞭になった。奈良県の水道一体化に対する社会的合意形成という点で、第三者委員会を開いたのは奈良市のみ。4研究者のレポートは、国家と自治体、自治体と市民の関係を探っていく上でも学ぶことが多いと思われる。 関連記事へ