記者講演録)改正・個人情報保護法と地方自治
健康保険証として利用可能なマイナンバーカードをPRする国のパンフレット
【「奈良の声」記者・浅野詠子は市民団体「プライバシーを考える会」から個人情報の保護について意見を求められ、2023年10月1日、大阪府東大阪市高井田元町1丁目の市立市民多目的センターで開かれた同会例会で問題提起をしました。本稿はその内容を修正し再構成したものです】
忍び寄る中央集権
本日の行事についての打ち合わせを先般しましたが、「プライバシーを考える会」世話人の佐藤啓二さんから「国家のデジタル化政策の推進とともに地方分権は後退し、中央集権化が進んでいる」との指摘がありました。
あれは、1990年代の後半から今世紀初めにかけてのことですが、国内で地方分権推進のうねりがありました。東京では国会記者会のメンバーや朝日新聞の大和田建太郎さん、日経の松本克夫さんらが「自治・分権ジャーナリストの会」という勉強会をつくりました。地方分権の推進こそ民主主義の歩みを確かなものにしていく道筋であると、新聞記者が強い問題意識を持っていた時代です。
呼応して関西では「関西の会」ができ、私も末席を汚していまして、大阪朝日の中村征之さんとか、神戸新聞の松本誠さんらに薫陶を受けました。あのころは、われながら地方自治についてよく勉強したと思います。
それで佐藤さんご指摘の「分権危うし、中央集権拡大」という問題点を重く受け止めています。
地方と国は対等な協力関係を築いていこうと閣議決定され、都道府県や市町村に対し国が出先機関のように扱ってきた機関委任事務の撤廃を盛り込んだ分権一括法が施行されたのは2000年のことでした。翌2001年には情報公開法が施行されました。
その1年後のことです。情報公開法に基づき、防衛庁(当時)に対し開示請求した国民140何人分のリストが不当に作成されていたことを毎日新聞がスクープします。防衛庁の内部で、開示請求した人々がどういった者たちなのかが密かに記録されていました。アトピー性皮膚炎の疾患が原因で自衛官の試験を落ちた人の母親であるとか、自衛隊で反戦ビラを巻いて懲戒処分を受けた元隊員とか、市民オンブズマンの活動をしている法律家であるとか身元調査みたいな個人情報が書いてあったそうです。その年の新聞テレビの特ダネのうち、最も重要と評価された記事に贈られる新聞協会賞を受賞しています。
当時の防衛庁がやったことは、国民の正当な権利である公文書の開示請求をする人々に対するあからさまな敵意が感じられますね。20年前の昔話ではないと思います。と申しますのは、デジタル関連法が2021年に成立しまして、国が特にやりたいことの一つは、個人情報の目的外使用の拡大でしょう。法案審議に関連して、米軍横田基地訴訟の原告名簿が民間への提供対象の候補だったことが国会審議で取り上げられ、厳しい批判を受けて沙汰止(や)みとなった一件がありますよね。
この事案を各紙の報道で知ったときはどうも釈然としませんでした。原告の氏名は消して提供すると政府はいうものの、技術的には完全に消せないと主張する反論もあったし、では入手先の企業などは、これをどうしたいのだろうと、国は何を狙っているのかと首をかしげました。
でも改めて、20年前の防衛庁リスト問題と線を引いてみると、まったく無関係な出来事ではないと思えてきます。国家権力の内側にある体質、遺伝子みたいな何かが共通しているのではないのかと案じられます。この間、復古調の色彩が濃い自民党の改憲草案も登場しています。
今回の個人情報保護法の改正で、国は個人情報の保護を巡って、自治体が個々に管理していた時代より前進するかのような、いいことばかり言う。でも本音は、個人情報を一元的に管理することのうまみ、例えば国民を統制しやすくなるとか、経済的な利益への期待とか、いろいろな思惑があるでしょう。
振り返りますと、国勢調査用紙の密封提出が不徹底だった時代、正直に記入した外国人の何人もが入国管理事務所の摘発を受けていると、東大阪源氏ケ丘教会の牧師、故合田悟さんが憤っていたことを、「プライバシーの会」世話人佐藤さんが記録に残しています。
この事案も、防衛庁リストや米軍基地訴訟原告名簿の問題と、どこかでつながっていないのかと私は思うのです。
本日のテーマは「国家と個人」というサブタイトルをつけることができます。あれは数年前、福島の原子力災害と自治体というテーマで研究会が開かれた折、問題提起をされた高名な大学教授が「国家にとって国民は家畜か」と漏らされました。なるほど。今日のマイナカードを巡っては、まず普及優先で、準備不足による個人情報漏えい続出という事態に鑑みても「しょせん家畜だから」という“公式”があてはまるのかもしれません。
もっと良い例えができるのかもしれませんが、厳しい時代にはこのくらいのユーモアを心に持って、小さな人間が乗り越えていくという自覚が大事なのだろうなと思います。寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろといわれますが、強い者に寄り掛かるだけでは何となく危なっかしい気がします。
試される地方議会
本日は「プライバシーを考える会」の代表、黒田収さん(元自治労東大阪職員労組委員長)から情報公開制度についても触れてほしいと注文がありました。私が地方自治に信を置く理由の一つに、自治体の情報公開制度が国に先駆けること20年、すでに1980年代に取り組みが始まっていたことです。都道府県の第1号が私の郷土である神奈川県。市町村はこれより少し早く、山形県の金山町という小さな町役場が全国に先駆けて情報公開条例を制定しました。
その後、大阪や京都など各地で情報公開制度が次々と誕生しています。職員の立場からすれば、こんなものは歓迎しなかったでしょう。自治体が国に先駆けた重要な背景として、首長公選があると思います。隣のまちがこんなに公開しているのにはうちは…などと、議会でも追及されたでしょうし首長選挙でも公開制度の拡充を率先して公約に掲げた候補もいたと思います。
先ほどお話しした毎日新聞特ダネの防衛庁の不祥事ですけど、あの当時、私は奈良県の上牧町で情報公開制度に関わる問題を取材していました。JR王寺駅の近隣のまち。山野を切り開いたニュータウンもあれば歴史ある旧村も残り、奈良県の縮図のような所だと感じました。
町内に住む一人の主婦が町の情報公開条例に基づいて町役場が保有するある文書を得ようと開示請求しました。ほどなく知り合いの人から電話がかかってきて「あんた、情報公開したんか。選挙にでも出るんか」と言ってきたそうです。
えっ? 開示請求したことなど、まだ誰にも言っていないのにと主婦はギョッとしました。私の取材に対し町役場は(当時の町長は現在の長ではありませんが)漏えいを認めませんでした。盗難に遭って、首尾よく元の保管場所に戻されたという芸当がなかったとは否定できません。
だけど電話をかけてきた主の言うことが実につまらない。情報公開するような者は跳ねっ返りの変人で、選挙に出るようなおっちょこちょいだと言わんばかりですね。
本日のテーマである個人情報の一元的な国家管理のうねりにあって、地方の議会改革の推進はとても大事だと思います。流れに逆らう覚悟のない人は市会議員なんかになってほしくないです。いま議員定数を削減することが改革であると主張してはばからない会派がありますが、反対です。多様な人々を代弁する機能が縮小しますし、デジタル推進の掛け声の下で相次いでいる個人情報漏えい問題はぜひ、地方議会で大いに追及してほしいものです。
先日も奈良県大和郡山市議会で時宜にかなった質問が出ています。マイナカードのひも付けトラブルについて、県民がある役所に問い合わせたところ「6カ所もの部署にたらい回しされた」(質問者、共産党の上田健二議員)という問題を取り上げていました。
個人情報保護業務の中央集権化に伴い、自治体に置かれている個人情報保護審議会も縮小する傾向があるようです。現に、東大阪市においても同審議会の委員数が減員となり、「プライバシーを考える会」代表の黒田さんが改正法施行とともに委員を解かれています。
その背景について知ろうと、ある市役所で聞きました。個人情報保護法の改正により、他の市町村同様、その市の個人情報保護条例は廃止されています。改正の前は、個人情報の目的外使用、第三者提供などは条例の禁止事項だったので、審議会に諮問していました。
現在は改正法の69条の取り扱い事項となります。すなわち改正法の特徴をなす「個人情報の利用と提供の制限」というくだり。個人情報を行政が目的外使用できる範囲などが列挙されています。私が聞き取りをした市役所は、目的外使用をするに当たり、個人情報を最初に取得した課内において協議し、最終的に個人情報の職務を司る総務課に上申して決定するそうです。
目的外使用できる範囲について法律には統計の作成とか学術研究とか行政の業務の遂行とか、これらが公益に合致するというのでしょうが、自治体の条例で運用していた時代は、審議会という第三者の目があったわけです。一応の重みがありました。こうした手続きが省略されて、国家が期待する「活用の強化」に向かっていく事情が少し見えてきます。
黒田さんが審議会から追い出されてしまったのは、こういうことなのだと思います。デジタル化の推進に伴って、個々の自治体の個人情報保護条例の乱立を避けたいとする国の強い方針が反映されているのでしょう。先ほど申し上げた横田基地訴訟の原告名簿事案も目的外使用を国が検討していた事例ですね。
しかし、いくら個人情報管理の中央集権化といっても、漏えいや流出の重要な舞台の一つが地方であることは言うまでもありません。そこで自治体がどこまで記録し、何かの教訓を残していくのか。公文書管理の在り方が改めて問われると思います。
一例を挙げて考えてみます。昨年(2022年)11月、新型コロナウィルスの広域ワクチン接種会場の運営を奈良県から請け負った業者が73人分の個人情報を流出させる事案が発生しました。どこの社だと思いますか。近畿日本ツーリストです(会場から苦笑)。本日の会場の東大阪市、随分コロナの委託業務でだまされましたね。正確に申しますと、奈良県が委託したの、近ツリともう1社(東武トップツアーズ)の共同企業体です。
あの流出が発生してから、近ツリによるコロナ関連の受託業務における過大請求が明るみに出ました。親会社のKNT-CTホールディングスによると、過大請求をした先は最大で約50自治体、過大請求の総額は約9億円だそうです。
世の中がコロナの不安で混乱し、飲食業などが苦境に立たされているその渦中、自治体をカモにずるいことしてもうけてやろうなんて、さい銭泥棒か義援金詐欺を連想しました。記者会見場では、嵐が通り過ぎるまでひたすら頭を下げ、社長が交代すればいいというものではないでしょう。
先日、この50の中に奈良県内の市町村があるか教えてほしいとKCTに尋ねましたが、なしのつぶて。何かをないがしろにしたから、ワクチン接種会場を運営する中で個人情報が流出したのではないかと私は考えています。
余談ですが、関空が完成して開港した初日(1994年9月)、たまたまパラオ方面に旅行に出掛けました。当時、私の夫が奈良新聞の警察担当をしていて、出掛ける当日、関空行きリムジンの乗り場辺りで警戒に当たる知り合いの警察官とすれ違ったとき「行くんだってな」と親しく声を掛けられました。近ツリではなく他の代理店だったと思いますが、コンチネンタル航空の飛行機を手配していました。関空開港の初日ということで警備も一応厳重となり、すべての搭乗者の氏名が警察に提供されていたのでしょう。旅行代理店というのはこんなにも簡単に個人情報を渡してしまうのだなと思いました。
話はコロナの接種会場に戻りますが、奈良県から運営を請け負った企業体のグループアドレスが15日間にわたりネット上で閲覧できる状態になっていて73人の氏名が流出しました。
たかがワクチンの接種などと軽く見ずに、これからの時代、どんな流出でも丁寧な記録を行政が残しておくことが大事だと思います。個人情報の活用を夢の実現のように語る政治がある一方、公務の請負先とか公共交通機関とか民間の医療機関、電力、郵政など暮らしと密接につながる法人の情報公開推進に政治が取り組んだという話はまだ知りません。それ故、自治体の情報公開条例、国の情報公開法の活性化がいよいよ大事になってきました。
個人情報の流出とか漏えいの防止の啓発を巡っては、被害に遭った人々が先生になってもらえたらいいなと思います。関係する自治体や国は、どういう記録を残しているのかを請求するのは「知る権利」。自分の情報がどのように取り扱われていたのか「自己情報のコントロール権」を行使して知ることも大事ですね。
行政文書はとかく、とっつきにくいものです。一人で解読しようとすればつまずくことが結構ありそうです。でも数人で手分けして、話し合いながら読み解いていく努力をすると、一人では見落としていた不備な点や矛盾などを発見できるかもしれません。
残念なことに、改正・個人情報保護法の適用を契機に、個人情報の開示請求に対する決定期限が、これまでの2倍の30日に変えた自治体が、奈良県内では半数近くに及んでいることをウェブニュース「奈良の声」が本年4月10日付で報じています。 記事はこちら
この機会に情報公開条例の開示・不開示の決定期限までを、やはり2倍の30日に変えてしまった団体があります。大和高田市、桜井市、黒滝村です。
国の決定期限の30日に自治体がわざわざ合わせるのは「知る権利」の後退ではないでしょうか。国に開示請求すると、役人の目の前に文書が整っていても30日たたないと開示しないケースが多いです。自治体なら15日の期限より早く開示してくれることがよくあります。先ほど申し上げましたように、個人情報の活用を売り物にした制度改正がなされたからには、流出事故や漏えい問題に関わる公文書を適正に作成し、遅らせることなく市民に開示できる態勢が大事だと思います。
個人情報であれ行政文書であれ、開示決定の長期化を招かないよう、議会はしっかり監視してほしいです。
共生への思い
今度の法改正で病歴や滞納の有無などが国家に一元管理されていきます。飛躍した話に聞こえるかもしれませんが、精神科の通院歴・入院歴の個人情報なども不当に使われてしまう懸念はまったくないのか、日本社会は欧米に比して収容大国と呼ばれているだけに案じられます。
心神喪失無罪、心神耗弱減刑という刑法の規定はよく知られています。一方、心の調子を乱して自分の行動がコントロールできず、傷害などの事件に及んでしまった精神障害者の人たちは不起訴処分となった後、国家肝いりの特別病棟に続々と収容されています。すなわち、人として裁判を受ける権利が剥奪された状態といえます。
これが医療観察法に基づく特別収容です。法の運用に関して以前、奈良県の保健所職員が、国から求められた当事者の個人情報の提供を拒んだことがありました。精神保健福祉サービスの一環として取得した個人情報を提供することは根拠に乏しいという、当時としては注目すべき自治体職員の対応でした。いま進む個人情報の国家による集中管理の時代に、こうした良心的な運用は難しくなってくるのでしょうか。
治療という正義を掲げる医療観察法の収容に関わる世界を拙著『ルポ刑期なき収容』で描きまして、現代書館から出版されました。サブタイトルはどうするか、私は「司法精神医療と人権」ではどうかと担当の編集者に相談しました。すると「人権」という言葉を使うのはやめましょうと提案されました。その編集者は人権にかけてはその真髄を知っている優れた方でした。でも本屋で手に取ってもらえなくては仕方ありません。
人権啓発というのは、行政が一時期、盛んに行ってきたようですが、一般市民にはまだまだなじめない、ゴツゴツとした響きを持つのでしょうか。いくら正論であっても、厳しく声高に人権問題を主張しても、耳にする人々との間に高い壁をつくってしまうかもしれません。そこでひと工夫。編集者は「医療観察法という社会防衛体制」というサブタイルを考案しました。
本日の「プライバシーを考える会」の例会は先ほど少し触れた合田悟さんが熱心に切り盛りしてきました。没後10年に当たる2019年10月、合田さんを追想する会合を報じた毎日新聞の記事に氏の足跡が紹介されています。
「合田さんは大阪市西成区出身で、1962年に東大阪の教会に転任した。『日韓問題を考える東大阪市民の会』の代表などを務め、在日外国人の人権保護や、無実の在日韓国人政治犯の釈放運動の先頭に立ち、反差別・反戦・環境保護の活動を貫いた。2008年に76歳で亡くなった」
まさに人権擁護に奔走された人生でした。没して3年後に合田さんの足跡が刊行されますが、タイトルは「共生への思い」。とても柔らかい温かなメッセージですね。サブタイトルも優しい言葉を使い「 合田悟牧師東大阪・草の根40年の歩み」でした。やはり人権というお堅い言葉は使っていません。
「プライバシーを考える会」は1980年、「国民総背番号制に反対し、プライバシーを守る東大阪市民の会」として発足しました。その後、インターネットが普及し、流出する規模もマニュアルデータの時代とは規模がまったく違うようになり、「守る会」と言い切るにはおこがましいと、1995年ごろ「考える会」に改称されたそうです。本日の冒頭、代表の黒田さんはあいさつの中で「マイナンバーは国民総背番号制であり、私たちの運動は敗北しました」と述べておられました。例会などの活動も縮小すると聞いています。
いまこそ「共生への思い」の版を重ねてほしいです。そして改訂するごとに、あとがきなどを追加し、厚みを増して行かれたらどうでしょう。この貴重な書籍の命を延ばしてほしいですし、奈良県立図書情報館にもぜひ置いてほしい一冊。合田さんたちの運動により、国勢調査用紙の密封提出が原則になるまで30年もかかっているのですね。
密封提出が当たり前と思っている若い世代にも、実現までの長い道のりを知ってほしいです。奈良市の近鉄大和西大寺駅辺りから快速急行に乗れば、わけなく大阪市内に到着しますが、その間、各駅停車の若江岩田や八戸ノ里、そしてこの会場の河内永和など東大阪市は実に歩いて楽しく深い魅力が備わっている都市です。そして人権の学びの宝庫だと思います。ご清聴ありがとうございました。