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2026年1月17日第2回「奈良の声」読者会のお知らせ

ジャーナリスト浅野詠子

関西広域)紙芝居の芸術性、見つめた米研究者の著書翻訳 京都先端科学大名誉教授・堀田さんの手で実現

堀田穣さんが翻訳したタラ・マックガワンさんの「紙芝居教室」

堀田穣さんが翻訳したタラ・マックガワンさんの「紙芝居教室」

 昭和の初めから戦後(1950年ごろ)にかけ、日本全国の街頭で子どもたちを夢中にさせた紙芝居。その歴史に学び、研究と創作、実演に取り組んで来た米国人女性、タラ・マックガワンさんが2010年に刊行した「The kamishibai Classroom」(紙芝居教室)が、京都先端科学大学名誉教授の堀田穣さん(児童文化)が日本語に翻訳、「紙芝居教室~「ペーパーシアター」の芸術を通じて子どもたちのリテラシーを高める」と題して刊行された。

タラ・マックガワンさん(左)と堀田穣さん

タラ・マックガワンさん(左)と堀田穣さん

 マックガワンさんは1966年、米国バーモント州生まれ。プリンストン大学で比較文学と東アジア研究を専攻し、卒業後、日本語学校の幼稚園教諭になった。日本語の教育現場で紙芝居と出合い、2000年から研究にまい進。2012年には論文「紙芝居のパフォーマンス性」でペンシルバニア大学大学院教育学部で博士号を取得した。

 インターネットの発達により、人と人とが仮想空間で出会うことが可能になったが、裏返せば、私たちは身近な環境から分断させられ、コンピューターに向き合っている時間は、お隣さんとの出会いも減少―。マックガワンさんは日本語訳巻頭の寄せ書きでそう指摘し、「手作り紙芝居を演じ合うことによってコミュニティで共有する」ことの素晴らしさを知ってほしいと呼び掛けている。

 本書は、紙芝居を通して、どんな地域活動をしたら良いか、具体的かつ平易に説明していて、8歳以上の子どもたちを対象にしたワークショップなどを紹介している。子ども自らが紙芝居のストーリーを創造し、自ら演じることにより、日本の紙芝居全盛期に大道芸人らが発展させた形式の基礎的な知識を学べるという。

 紙芝居は、絵本より映画や演劇に近いジャンル。「巧みな演技が二流の絵を活気づけることも、美しく洗煉(せんれん)された絵が、下手な演技によって損なわれることもあり得る」と著者。絵本や操り人形などとは異なる紙芝居の際だった特徴は、舞台から絵を抜くことであり「サッと抜くか、スルリと抜くか、ゆっくりか、ガタガタか、コソコソか、恐る恐るかは、抜き方次第」とする。

 ワークショップでは、子どもたちの演技力を伸ばす時間が大切にされ、拍子木をたたく練習も行われる。創作活動を通して、いかにヤマ場を構築するか、そうした挑戦的な段階に子どもたちが向かっていくためには、どう手助けしたら良いのか、そんなヒントについても多くの名作を挙げて紹介している。

 マックガワンさんは研究を始めたころの2003年、「たべられたやまんば」(松谷みよ子脚本、童心社、1970年)などの作品で知られる紙芝居画家の二俣英五郎さんを訪問した。二俣さんは、紙芝居について何も講義をしてくれなかった。それどころか、落語の本を数冊持ってきて「紙芝居にしたい話を見つけるように」と勧められた。大変な試練であり、有意義な訓練になったという。

 堀田さんとマックガワンさんは紙芝居を通じた交流があり、堀田さんは刊行間もない「The kamishibai Classroom」の提供を受け、その内容に親しんできた。日本語が堪能なマックガワンさんに「日本語訳を出してほしい」と要望したが、「日本人向けの日本語訳の刊行は自信がない」と言われた。そこで堀田さんが助太刀し、堀田さんの訳にマックガワンさんが詳細な検討を加えることに。1年半のキャッチボールを経て今年10月、日本語訳が日の目を見るに至った。

 堀田さんによると、マックガワンさんは世界紙芝居会議(World Kamishibai Forum)を設立、現在、ヨーロッパやアジア、南米などの10カ国くらいから「Kamishibai Artist」(紙芝居アーティスト)の参加がある。

 今年10月18、19日に兵庫県宝塚市で開かれた「全国紙芝居まつり宝塚大会」(同市教育委員会など主催)にも、アメリカ、フランス、インド、ブラジルから6人の参加があり、皆、日本語で紙芝居を演じた。堀田さんは「世界への広がりの元になったのが『The Kamishibai Classroom』で、英語のテキストによって紙芝居文化が普及した」とみる。

 堀田さんと紙芝居の付き合いは長い。紙芝居名人と呼ばれた阪本一房、紙芝居画家の小森時次郎と1988年に出会い、研究を深めていった。「箕面紙芝居まつり」(大阪府箕面市立図書館主催)、「箕面紙芝居コンクール」(同)の創立にも努め、運営に携わってきた。

 堀田さんは「『紙芝居教室』には、モノにも心が宿るという日本文化のアニミズム的な点も視野に入れた、達磨の根付(和装小物)が主人公の紙芝居なども描かれているが、私などは、同作品については、アメリカ発祥の哲学であるプラグマティズム(実用主義、実際主義)的な論理性に引かれた」と話す。

紙芝居の発展で、さらにクールな文化創造へ

 阪本、小森らと共に堀田さんが創刊した「月刊絵芝居」という月間の専門誌に最近、マックガワンさんは「日本と世界の紙芝居」という一文を寄稿した。日本の紙芝居イベントに参加した海外の人々に感想を聞いたところ「日本にはこんなに多様な演じ方のスタイルがあるのか」と皆、口々に述べたという。街頭紙芝居や手作り紙芝居、教育紙芝居などのジャンルを超えて、「紙芝居は今も変化していく生きている芸術」と実感を込めて書いている。

 堀田さんは「クールジャパンと言われるマンガ・アニメ、そしてそのご先祖様である紙芝居というユニークな文化を生み出したのに、なぜか理論について弱いのが日本文化ではないか。茶道や華道を揶揄(やゆ)するつもりはいが、つい家元制になってしまう日本の偏差が、アメリカ人の視点を借りることで明らかになると思う。考えてみれば、街頭紙芝居の加太こうじ(「黄金バット」作者)を「思想の科学」(鶴見俊輔、丸山眞男らの創刊)に受け入れたのは鶴見で、鶴見はプラグマティズムを日本に紹介した。日本語になった『紙芝居教室』を、創造的な作品を産出したい方はぜひ読んで、世界的視点から日本文化を客観的に見直して、さらにクールな文化を生み出してほしい」と力を込める。

 B5判、136ページ、1980円。表紙の装画も著者のタラ・マックガワンさん。問い合わせは発行所「くるんば」、電話0797(61)8462。

筆者情報

関西広域)黄金バットや民話題材 「紙芝居の歴史と阪本一房」展 大阪府吹田市で

「黄金バット」をはじめ、街頭紙芝居の名作の数々を展示した会場=2024年11月3日、大阪府吹田市立博物館、浅野詠子撮影

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