朝鮮からの動員 地元中学の社会教科書は強制性言及 天理・柳本飛行場跡説明板の撤去 生徒学ぶ歴史と距離
天理市の市立中学校が使用している社会(歴史的分野)の教科書。「多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ」との記述がある(書き込みは「奈良の声」が古本を購入した時点ですでにあった)
撤去された柳本飛行場跡の説明板(天理市教育委員会提供)
奈良県天理市は2014年、市の公園に設置されていた大和海軍航空隊大和基地跡(通称・柳本飛行場跡)の説明板を撤去した。市は、強制連行された朝鮮人が飛行場建設工事に動員されたとの記述があることなどを問題視した。市は、強制性を巡ってはさまざまな歴史観があるとする。日本が朝鮮から人々を連れてきて働かせた歴史は、地元の市立中学校で使用されている社会の教科書ではどう表現されているのか、確かめた。 後半に並河健市長へのインタビュー
同市教育委員会が採択した市立中学校の社会(歴史的分野)の教科書は、「多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ」との表現で強制性に言及していた。生徒が学ぶ歴史と市の取った対応の間には距離がある。
柳本飛行場跡の説明板の強制連行に触れた部分 | 天理市教委採択の市立中学校社会(歴史的分野)教科書の記述 | 並河市長のコメント(主要部分) | |
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説明板撤去後、市民団体の抗議を受けて報道向けに発表(2014年6月26日) | 市民団体からの質問に回答した際に報道向けに発表(2014年7月18日) | ||
この建設工事には、多くの朝鮮人労働者が動員や強制連行によって、柳本の地へつれてこられ、きびしい労働状況の中で働かされました。(中略)また、「慰安所」が設置され、そこへ朝鮮人女性が、強制連行された事実もあります。その女性たちの過酷な半生は戦後一切わかっていません。 | 日本は植民地や占領地でも、厳しい動員を行いました。多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ、鉱山や工場などで劣悪な条件下で労働を強いられました。こうした動員は女性にもおよび、戦地で働かされた人もいました。(東京書籍「新編 新しい社会 歴史」の「植民地と占領地」から) | さまざまな歴史観があり、国全体においても議論が行われている中で、いわゆる「強制性」の点も含め天理市および天理市教育委員会の公式見解と解される掲示を行うことは適当でないと判断し、いったん看板を撤去保存しています。今後、歴史専門家等による国全体での研究・検証等を見守りたいと考えています。 | 説明板記載内容は、わが国全体の歴史認識に関わる事項を含んでいます。また「公」の見解と解釈される表明は、各国との二国間関係および国際社会におけるわが国の立場に関わり、本市として、いわゆる広義の「強制性」の検証や「強制連行」の言葉を含め、従来の関連する政府見解等を超えて、基礎自治体の立場から独自の認識を示す考えはありません。 |
説明板が設置されていた公園内の支柱。破れた覆いのシートは、撤去からの時間の経過を物語る=2020年10月1日、天理市遠田町
同飛行場は太平洋戦争末期の1944年に着工。説明板には建設の経緯や施設の規模、当時の地図とともに強制連行に触れた記述があり、「この建設工事には、多くの朝鮮人労働者が動員や強制連行によって、柳本の地へつれてこられ、きびしい労働状況の中で働かされました」と記されていた。当時の朝鮮人労働者らから聞き取りした証言の一部も引用されていた。
また、「(飛行場の建設に伴って)『慰安所』が設置され、そこへ朝鮮人女性が、強制連行された事実もあります」との記述もあった。
説明板撤去後、並河健市長が市民団体「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」の抗議を受けて、2014年6月26日に報道向けに出したコメントは「さまざまな歴史観があり、国全体においても議論が行われている中で、いわゆる『強制性』の点も含め天理市および天理市教育委員会の公式見解と解される掲示を行うことは適当でないと判断。今後、歴史専門家等による国全体での研究・検証等を見守りたい」というもの。
さらに同年7月18日、「考える会」からの質問に回答した際に報道向けに出したコメントは「説明板記載内容は、わが国全体の歴史認識に関わる事項を含んでいる。『公』の見解と解釈される表明は、各国との二国間関係および国際社会におけるわが国の立場に関わり、本市として、いわゆる広義の『強制性』の検証や『強制連行』の言葉を含め、従来の関連する政府見解等を超えて、基礎自治体の立場から独自の認識を示す考えはない」というものだった。
同市教委が採択した市立中学校の教科書名は、市のホームページで公開されており、教科書は同市勾田町の市教育総合センターで閲覧できる。
2016~20年度用の社会(歴史的分野)の教科書、東京書籍「新編 新しい社会 歴史」は、「第3節 第二次世界大戦と日本」の「植民地と占領地」という項目で、「多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ、鉱山や工場などで劣悪な条件下で労働を強いられました。こうした動員は女性にもおよび、戦地で働かされた人もいました」と記している。
記述に強制連行の言葉そのものはないが、強制性に言及する表現になっている。
同教科書は、文部科学省が学校教育法で使用を義務付けている検定済み教科書。同省が示している義務教育諸学校教科用図書検定基準は、審査の観点の一つとして、教材の客観性・公正性・中立性を挙げており、市教委が採択した同教科書は国が示すこうした条件を満たしているものといえる。
さらに学びを深める高校はどうか。本県の県立高校で選定された日本史の教科書は5つの出版社の計13点。うち9点が強制連行の表現を使っていた。
県のホームページで公開されている昨年9月12日の県教育委員会第9回定例会議会議録から、県立34校の2010年度使用高校用検定済み教科書選定状況一覧を入手でき、田原本町秦庄の県立教育研究所でこれらの教科書を閲覧できる。
奈良高校など18校が採用している山川出版社の「詳説日本史改訂版」は、「数十万人の朝鮮人や占領地域の中国人を日本本土などに強制連行し、鉱山や土木工事現場などで働かせた」「戦地に設置された『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安)」と記している。
説明板が同市遠田町の公園に設置されたのは1995年。同飛行場の強制連行の解明に取り組むグループが、建設工事に従事した朝鮮人ら当時を知る関係者への聞き取りなど調査を重ね、その成果を踏まえて、市と市教育委員会が連名で設置した。
撤去のきっかけは、強制連行や慰安婦を批判の標的にする団体の関係者とみられる人たちから市に寄せられたメールや電話。設置から20年を経て、市役所内では知る人も少なくなっていたが、これを機に市はあらためて存在を認識、2014年4月、撤去した。「考える会」は現在も市に対し、説明板の再設置を求めている。
並河市長「強制連行の定義固まっていない」
質問に回答する並河健・天理市長=2020年9月25日、市役所(撮影・浅野詠子)
「奈良の声」は、天理市が柳本飛行場跡説明板を撤去したことについて、市立中学校の教科書に強制性に言及した記述があることを踏まえて、市と市教委あてに文書で質問。9月25日、並河健市長から記者に直接、市役所で回答があった。並河市長は「朝鮮の人にとって植民地支配は不本意で意思に反するもので、それにまつわるものはまさにそうだ」としながらも、「強制連行の定義は固まっていない」と強調した。
質問は4点。回答は並河市長が述べた内容を、質問項目に合わせて再構成した。
並河市長は回答の冒頭、自身の歴史観を明らかにしておきたいとして、「戦争、植民地は、人が人を傷つけ、虐げ、人間の尊厳を踏みにじる最も残虐な行為であり、二度と繰り返してはならない」と述べた。
【質問1】文科省が示す中立性などの検定基準を満たした教科書が「意思に反して連れてこられ」と動員の強制性に言及しており、市の撤去理由は成り立たないのではないか。
「朝鮮の人にとって植民地支配は不本意で意思に反するもので、それにまつわるものはまさにそうだ。『意思に反して連れてこられ』と強制連行は同じ趣旨というかもしれないが、強制連行という言葉の定義は固まっておらず、通説に至っていない」
「慰安婦に対する強制性の定義を巡って2007年、辻元清美衆議院議員が提出した質問主意書に対し、安倍晋三首相は、1993年の河野談話の発表までに政府が発見した資料の中に、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった、と答弁した。国会で意見の対立があることは否定できない。市としては中立を保たざるを得ない」
「市が独自に強制連行について調査することは難しい。証言ベースだけではうまくいかない」
【質問2】教科書の記述と市の取った対応の整合性について生徒に説明しているか。
「軍や官憲の指揮命令系統と関りがあるのかどうかなど、大学レベルならよいが、児童・生徒にこの機微を理解するのは非常に難しい」
【質問3】説明板の撤去は教科書の記述の否定にも映るが、生徒らに混乱を招かないか。
「生徒には教科書のラインで教えていただくべきだ。行政の立場で申し上げることはない。ネット右翼にくみして説明板を外したのではない。説明板はいったん外して保管している」
【質問4】市の見解を添えて説明板を再展示するなど、撤去以外に方法はないのか。
「説明板を展示して横に市の見解を掲示しても、また、横で私のビデオメッセージを流しても、人は説明板しか見ない。説明板から市と市教委の名前を削って市民団体に渡すことも考えたが、市の財産でありできない。市民団体も市と市教委の名前があることに意味があるとお考えだろう。ジレンマ(板挟み)の中に立たされている」
「市が取り組む夜間中学、人権、平和の尊重はゆるがせにできないと考えている。これが本来、考えているところ。当初にもう少し丁寧に話していればよかったと反省している」 関連記事へ